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ワンライ自選集

記憶薬

作者: yokosa

【第12回フリーワンライ】

お題:毎食後の薬


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 目が覚めると、どこかで横たわっていた。

 白い天井が見える。人工の光が灯っていた。

 視界の端にはこれまた白い壁が見える。右側にはカーテンの引かれた窓があった。あまり広くない、どこかの部屋の中であるらしい。

 不意に影が視界を遮った。灯りが逆光になってよく見えなかった。

「――さん、お目覚めですか? ここがどこだかわかりますか?」

 影が囁く。

 しかし、その言葉に何も響くものがない。何も応えられない。

「いいんですよ。まずお食事にしましょう。その後に“記憶薬”をお渡ししますね」

 影は一旦引っ込み、何かごそごそやる気配があってから、もう一度視界に入ってきた。

 口元に何かが添えられる。半開きの口の中に、ぬるいゼリー状のものが入って来た。ほんのスプーン一杯のゼリー、それを苦心して嚥下する。

 次に影はカプセルと取り出すと、目の前にかざして見せた。

「見えますか? これが“記憶薬”です。あなたの記憶が入っています。飲み込めばすっきりしますよ」

 またなにやらごそごそした後、再びスプーンを差し出してくる。今度のゼリーにはカプセルが埋没していた。

 先程よりもさらに苦労して飲み下した。

「どうですか? お名前思い出せますか?」

「あ、あきら。はぎわら。……萩原明」


 そっと覗き込んでいたドアの隙間から身を離す。

 素晴らしい。あれが“記憶薬”なのか。

 感動に打ち震える体をどうにか押さえ、病室を離れた。

 かぶりを振る。病院というのは正しくない。なぜなら、ここに病気の人間など一人もいないからだ。

 ここの正式名称をつらつら挙げるのは難しくないが、代わりに理解しにくい。わかりやすい言葉に置き換えれば事実から遠ざかるが、理解はしやすくなる。

 ここは代替クローン精製工場だ。

 精子と卵子を試験管で受精させて人工子宮で産ませる人工ベビーではない。すでに生きている人間の細胞から、まったく同じ人間を生み出すクローン技術の最先端現場である。

 すでに遺伝子技術は頭打ちをして久しいため、瓜二つの生命を造ることは造作もない。ただし、そうやって造ったクローンはまったくの空っぽ、記憶を持たない文字通り脳なしなのだ。

 問題なのは記憶の移植である。オリジナルの頭部を切開して脳を取り出せば、記憶の移植は出来る。だから正確には、記憶のコピーと言うべきか。

 長年この分野において悩みの種とされていたものが、ついに解決された。

 それが“記憶薬”だ。

 詳しい製法、作用は秘匿されているが、それを体内に取り込んだ被験者はオリジナルの記憶を“思い出す”のだという。

 噂は本当だった。

 極秘裏に進められているプロジェクトだったためしっぽを掴むのが遅れたが、ほとんど聞いた通りの作用を目の前で見ることが出来た。

 身体機能すらまともに働いていなかったクローン体が、薬を飲んだだけで記憶の回復を見せた。

 目覚ましい成果である。この研究が公になれば、世界はひっくり返ることだろう。

“記憶薬”を開発したA社に転がり込む利益は計り知れない。

 ――そうはさせない。

 是非ともサンプルを持ち帰らなければ。我が社の栄光として先に世に発表するのだ。

 足早で廊下を進む。

 事前に看護婦――に扮した研究所員――が薬を持ち出すのを確認した、備品庫に忍び込む。

 あった。

 部屋いっぱいに並べられた棚に、無数の瓶がところ狭しと置かれている。

 手近のものを一つ手に取る。

 強化プラスチックらしい透明な小瓶だった。ラベルには記号と番号の組み合わせと人名が書かれている。どこにも“記憶薬”とは書かれていないが、これがそれで間違いないだろう。

 小瓶を患者衣の合わせ目から懐に入れる。

 その時、備品庫の入り口が開いた。

「あなた! 前田歩さん! こんなところで何してるんですか!」


『俺の名前は……まえだ、あゆむ。あそこへは薬の秘密を探りに――』

 モニター越しに、ベッドに拘束された患者衣の女がぼそぼそと呟いている。

 この施設は科学技術の最先端の塊だが、記憶という曖昧なものを扱う手前、本人の覚えてない記憶を引き出すために催眠療法の備えがしてあった。

「まさかこんな形で使うことになるとは、思いも寄らなかったが」

 白髪白衣、初老の男が言った。

 初老の男よりは随分若い、助手らしき男がクリップボードを手にして近付く。

「彼女、本名を前田歩――『まえだあゆみ』さん、らしいですね。本人は男性、三十一歳の『まえだあゆむ』だと言って譲りませんが。漢字はまったく同じです」

「同姓同名……記憶をすり替えたのか」

「そのようで。ここへ進入する手段がないものだから、そのような手に出たのでしょう」

「“記憶薬”が本物ならば、すり替えによって復活した男の『まえだあゆむ』が、女の『まえだあゆみ』の体を使って施設を自由に動き回って薬を奪い取れるというわけだ」

「企業テロも随分な無茶をするものです」

 モニターの向こうではまだ、うつろな瞳の女が男の口調で、自分のものではない素性を語り続けていた。



『記憶薬』・了

 薬はともかくとして、毎食なの? ていうかそもそもどういう仕組みなの? というセルフツッコミ。

 薬を消化中に何か脳に対して働きかけるんじゃないですかね。たぶん。

 消化中って、冒頭のクローン爆速で思い出してたやん、というセルフツッコミ2。

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