陣宮家-6
俺の親友、桜林大己は方向音痴だ。折り紙つきの方向音痴。毎日同じ通学路のはずなのに、週に一回は辿り着かないらしい。
その話を初めて聞いた時の俺と大己の会話。
「それ、病気だろ」
「さあね。でもさー、俺自身にはなんの自覚もないのさ。なぜか、いつの間にか、知らない内に、どういうわけか、道に迷ってるんだよなー」
「より一層病気っぽいじゃねーか」
「ああ、俺に道を指し示してくれる女神様は現れてはくださらないものか」
「なんか変なこと言い出した。精神科の診療をおすすめするよ」
「病院は嫌ーい。行きたくなーい」
「ガキかよ」
「方向音痴って病院行っても治らない気がするんだけど」
「治そうと思えば治る」
「そんな無茶な」
「俺が方向音痴じゃないから分からないんだけど、方向音痴の人って、なんで方向音痴なんだ?」
「方向音痴だから方向音痴なんだろ」
「それは答えになってないだろ」
「方向に関して音痴だから方向音痴なんだろ」
「日本語を学び直すべきだな」
「治すと直す。かけてるのか」
「かけてねーよ。全然うまくねーし」
「方向音痴の理由はさ、心理学でも学べば分かるんじゃねーの。俺はちっとも興味ないから学ぶ気はないけどさ」
「心理学ねえ……。別に俺だって、そんなのを学んでまで知りたいわけじゃないからいいや」
「適当だなー」
「それは『適切』とか『相応しい』という意味の『適当』?」
「一緒に日本語学び直そうか」
「なあなあ大己くん?」
『……なんでしょうか幹也くん』
「俺の記憶によると、『迷子になるなよ』という俺の言葉に『子供じゃないんだから。心配いらないって』と君は答えていたはずだ。しかし、君は今、『道に迷った』と言った。自家撞着しているのではないだろうか」
『はっはっは。そこそこ頭の良い幹也くんも、会話を一言一句丸暗記することはできないみたいだな。俺は『子供じゃないんだから。心配いらないって』と言ったのではなく『子供なんだから。心配いるよ。とってもすっごくチョーベリーソーマッチ心配してくれよ』と言ったのだ』
電話を切った。
「お、おい。幹也……。相手は友達じゃないのか。そんな適当な扱いをしていいのか?」
基也が軽く驚いている。うっかり『君』じゃなく、名前で呼んでいる。愉快愉快。
「それは『適切』とか『相応しい』という意味の『適当』?」
「『いい加減』とか『おざなり』という意味の『適当』だ。それくらい文脈でわかるだろう」
「へぇー。知らなかった。そうなんだ。勉強になりました」
棒読みで返す。
「ちょっと鞠姉のところ行ってくる」
基也からの返事はない。駄目だと言われても行くから関係ない。
家を出たところで、着信音が鳴る。大己から。三十秒待ってから通話に出る。
『ごめんなさい。反省しました。僕は『子供じゃないんだから。心配いらないって』と言いました』
「認めるなら許してやろう」
『有難き幸せ……って、そんな小芝居はどうでもいいから、早く鞠音さんと替わってくれよ』
「無理。まだ俺の家を出たとこだから」
『じゃあ早く鞠音さんのところ行けよ』
「今向かってるから待ってろ」
『お前、優しいな』
気持ち悪っ。突然変なこと言うなよ。
若干引いた。
「……やべえ、道に迷った」
『嘘吐くなよ。幹也のとこの敷地内で迷子になるはずないだろ』
「お前だって市内で迷子になるはずないだろ」
『敷地内と市内は全然違う。規模と人口密度と交差点の数と家の数が』
「それだけ具体的に違いが述べられるなら、どうして迷子になるのかも分かるだろ」
『《なぜ迷子になるのか》。それは哲学……』
また電話を切る。鞠姉に電話をかける。
「もしもし、鞠姉? そう、幹也。また大己が迷子になったらしくて。そう。うん。お願い。それは大己に頼んで。つーか、俺たち未成年だから酒買えないよ。無茶だって。すぐ着く。よろしくー」
切って、大己にかける。
「あと少しで鞠姉のとこに着くから待ってろ」
『おう、ありがと。なんだかんだ言って、やっぱり幹也は優しいよな』
「…………。なんだよお前。さっきから変なことばっかり言うな。気持ち悪い」
かなり本気で引いた。大己って、こんな奴だったっけ……。
『あ、いや! 別に!! 男好きって訳じゃないよ!!』
「知ってる。それは重々承知している。むしろ逆に、今、そんなセリフを言ってしまったせいでそういう印象がついてしまったかもしれない」
『マジか……やめろよ。俺、すげー女好きだから。女の子大好きだから。小学校の頃から好きな女子とデートするって妄想を毎晩してんだからさ……』
「それは……それで引くな……」
大己との付き合い方を考えた方がいいかもしれない。
根本的に。
本質的に。