陣宮家-5
「陣宮コンツェルンって名前、ダサくないか?」
未来の話の一言目がそれだった。
「『ダサくないか?』って言われてもなあ。生まれる前からその名前だったから、ダサいなんて感じないけど」
「そうだろうか。だって、コンツェルンだぞコンツェルン。なんだか腑抜けていると思わないか」
全然思わないが。たしかコンツェルンはドイツ語の『Konzern』から来ていたはずだ。ドイツ語って、英語ほど有名じゃなくて、かと言って全く分からないというほどの無名さでもなく、丁度いい具合のかっこよさとかっこ悪さを兼ね備えているようにも思う、といった旨の曖昧な返事をする。
というか、はっきり言ってどうでもいい。
「陣宮コンツェルン。これの略称、君は知っているか?」
「JK、じゃなかった?」
「そう。『Jingu Konzern』だから『JK』だ。これも気に食わないだろ。JKだぞ、『女子高生』じゃないか」
「『JKイコール女子高生』ってのは、ちょっと古い感じも否めないけど……」
「だから、変えたい。例えば『グループ』に。陣宮グループ。略称はJG」
女子学院なんてのもあるんじゃないだろうか。略称はJG。
「どうだろう?」
「どうだろうって……」
なんだその変な質問は、やめてくれよ。なんだその真面目な顔は、やめてくれよ。
「まあいい。とりあえず、俺が会長に就任した暁には陣宮グループに改名する」
「あっそ。勝手にすればー。反対はしないよー」
俺と基也は同時にコーラを飲む。
「ではこの議題終わり」
つまらない議題だったな。
「次。陣宮一族の目標について。これは未来の話であるとともに、過去の話でもある」
「目標? 何それ。陣宮コンツェルンの規模拡大、とかそういうことか?」
「そうだけれど、もっと目標は高い。陣宮一族はな、初代陣宮克伴のときから目標はただ一つ」
基也はコーラを飲む。コップを置き、「ふーっ」と息を吐く。目を閉じて、十秒くらい経ってから、開ける。
そういう演出いらねーから。本当に。マジで。
たっぷり三十秒待って、ゆっくり口を開いて、基也は言った。
「宇宙統御だ」
確認しなくてはいけない。
「ウチュウってのは、この宇宙のことだよな」
上を指さしながら訊く。
「ああ、そうだ。宇宙だ。君が指さしている上だけではない、下も、前後左右斜め上斜め下斜め前斜め後ろ斜め右斜め左、どこを指さしても辿り着く、宇宙だ」
その言葉は、キリッとしたキメ顔で言うほどかっこよくはなかった。
「で、そのトウギョってのは、何?」
魚の種類かなにかだろうか。
「統率の『統』に制御の『御』で『統御』。意味は、全部丸ごと支配すること、ってのでいいだろう」
なるほど。初めて聞いた。
「つまり、陣宮は、宇宙を支配することが目標だったのか」
世界征服を掲げる悪党が思い浮かぶ。
「……って、何言ってんだお前は! 馬鹿か! 阿呆か!」
思わず叫んでしまった。
「まあ、落ち着け」
「落ち着いていられるか。お前、ちゃんと考え直せよ。自分が言ったことを確認しろよ。わかったか?」
「まずは人の話を聞け。そもそもこれは俺個人の目標ではない。陣宮一族の目標だ。今更俺や君が批判したところでどうにかなるようなものではない。どうしても批判したいなら、タイムマシンでも作って初代に会ってきたらいいんじゃないか」
タイムマシンだなんて、そんな無茶な。
今更批判したところで死者には届かないし、届いたとしてもどうしようもないし、もしタイムマシンが存在したとしても、過去なんかには行かないし。声を荒げるだけ無駄か。
「陣宮は将来的に、地球を支配し、太陽系を踏破し、銀河系を網羅し、宇宙を統御する」
「なんだか大層なことを言ってるけどさ、それ、実現できるの?」
いい大人が何を言っているんだか。聞いて呆れるし、聞いてるこっちが恥ずかしい。
「『何がなんでも実現してやるという気持ちと時間があれば実現できる』という言葉を初代は遺している。二代目も三代目もその言葉通りに着々と実現へ向けて進めてきた。俺もそうするつもりだ」
しかし残念なことに、と残念そうではなく――むしろ当然だという諦めを持った顔で、基也が続ける。
「俺が生きている内に実現させるのは無理だろう。俺の概算だと、たとえ陣宮があと百代続いたとしても、達成できているかどうかは五分五分だ」
聞いただけだと分からないが、よく考えてみると、それって案外確率高くないか?
けれど、でも、百代後なんて、俺も基也も生きてはいない。今、その目標達成に向けて頑張っている人だって、生きてはいない。
「そんなこと、やる価値はあるのか?」
「ある」
「なぜそう言い切れる」
「それが、陣宮の目標だからだ」
はっきり言い切って、コップに残っていたコーラを一気に飲み干す基也。
なんだかんだ言って、結局そこに戻るのかよ、と思った。
「話題を変えよう。明るい話にしよう」
にこやかに基也が言う。こいつに笑顔は似合わないと確信。
ちょうどそのタイミングで着信音が鳴る。三咲さんの『幹也様、お電話ですよ』五回ループ。スマホを取り出し、大己からの電話だと分かる。
「君、着信音が三咲の声って……」
基也の似合わない笑顔が引きつっている。そこまでセンスないだろうか。俺は好きなんだけど。
「うるせえ。俺の勝手だろ」
電話に出る。
「もしもーし、幹也だー。大己、どうした?」
『……み……よった』
「ん? なんて?」
『……道に……迷った……』
ハロー、月暈です。
一昨日には書き上げていたはずなのに、やっと投稿。すっかり忘れてました。こうなると、毎週決まった曜日に、とか定期化したほうがいいような気もしますが、そうするといつか辛くなる可能性もあると言えばあるので、不定期で。ご了承を。