陣宮家-4
「君、誕生日は?」
「四月四日。今更何言ってんだよ。アメリカ行って記憶喪失にでもなったのか?」
「いっそ君のことだけ全部忘れられたらどれだけ楽だったことだろうね」
「俺もお前がいない内にお前のことなんてすっかり忘れておくべきだったな。いい具合に顔の輪郭がぼやけてきてた頃だったのに」
三十秒間睨み合う。基也が先に目を逸らした。
「そんなことより、ちゃんと話すべきことを話してしまわないと」
スーツの胸ポケットから茶色の封筒を取り出し、机に置く。
「会長から君――陣宮家次男に向けた手紙だ。あとで読みなさい」
「手紙? そんなの来たことなかったけどな」
「あと二ヶ月もしないうちに君が十八歳になるからだ」
「十八歳? 何か重要なことあったっけ?」
「馬鹿か君は。とても重要なことがあるだろう」
生まれた時から家のしきたりや儀式には(強制的に)参加してきたけれど、十八歳が関係するものなんかあっただろうか。
「御家回りに決まってるだろう」
「……あーっ、あれかー」
陣宮コンツェルンには十二の分家がある。十八歳を迎えた陣宮家の者が、同世代の分家の人と共に、陣宮家と全ての分家を回る。それが御家回り。
「目的は、各分家当主と次の当主候補者への挨拶、各分家担当部門の学習、陣宮家と分家間、分家と分家間に強固な交友関係をつくることだ」
「すっかり忘れてた。じゃあ、この手紙はそのことが書いてあるのか?」
「そうだ。もちろん、今すぐってわけではない。恐らく夏だろう。一か所を三泊四日ずつで回ることになるから、夏休みがなくなることを覚悟しておくべきだな」
…………、こいつ、さらっと恐ろしいこと言ったな。
「夏休みがなくなる? お前、何言ってんだよ。そんなの死と同等の意味を持っているぞ」
「仕方ないだろう。俺だってそうだった」
「鞠姉も?」
「いや、あの人は誕――」
「あの人?」
「……鞠姉、は誕生日が一月二十日だから春休みを使っていた。そのせいで免許を取る時期が遅れてしまったと愚痴を零していたな。まあ、年中飲酒しているあの……鞠姉では運転なんてしてはいけないだろうけどな」
鞠姉。俺と基也の姉。陣宮鞠祢。『鞠姉』と呼ばないと、ぶっ飛ばされる。比喩じゃなく世界の果てまで。俺はマダガスカルに一週間放置された。確か基也は、鞠姉の力で小学校入学前には六大陸プラス北極を踏破していたとか。財力と権力を行使することによってそれを可能としている。
「諦めることだな。これは陣宮家に生まれたからには通らなくてはいけない」
「いやいやいや。高三の夏休みだぜ? わかってるか? 花火、海、女の夏休みだぜ?」
「分家回りだって花火も海も女もあるけどな」
「マジ?」
「花火なら閣部、海なら陣宮。いや、海なら柵階がハワイに本拠地があるから、そこでも楽しめるだろう。女なら他の分家にだっている。さっき言ったように、御家回りは交友関係をつくることも目的になっているんだ。それにお前は陣宮家の人間だ。あちらから話しかけてくれ――」
「よし行こう」
夏だっけ? 遅いな。今からでも十分だ。いや、待て待て。このままの体だといささか魅力に欠けるな。夏までにもっと筋肉つけておかないと。いいや、違うな。今の流行りは筋肉じゃない、頭の良さだ。ここから少しでも勉強をして女子にうんちくの一つや二つ披露していかないとな。いやいや、そんな風に知識をひけらかす男はモテないだろう。嫌味な男だと思われて終わりだ。基也がそういう男なんだ、『陣宮家の坊ちゃんは二人とも性格悪いわね~』などと言われてはいけない。言われるとしたら『幹也くんはお兄さんと違って皮肉も言わないし、女の子に優しいのね~』だ。これを目指さなくてはいけない。
「突然ブツブツ言いだしたな。何か画策しているのか。女がいるからと言って浮かれるのはよくない。俺が一つだけ注意しておく。閣部には気を付けろ」
「……ん? 閣部? なんで?」
「閣部の長男が一緒に行くことになるだろう。もしかしたら次男かもしれないがな。誰を出すのかは分家に委ねられているからそこは分からない。とにかく、長男だろうが次男だろうが気を付けておけ。あいつらは君なんかよりも、下手をすると俺よりも、頭が良い。天才と称しても過言ではないほどに」
「……鞠姉よりも?」
「いや、それはないだろう」
けれど、と続ける。衝撃的なこと言った。
「うっかりしていると、陣宮コンツェルンを乗っ取られるかもしれない」
眼を見開いて驚いた。思わず立ち上がってしまう。
「お前! さすがにそういうことは言っちゃだめだろう! まさか、分家に陣宮が乗っ取られるなんて!」
「うっかりしていると、と言っただろ。絶対ではない。……しかし、有り得るとは思っている。ただでさえ閣部は分家の中では群を抜いて力を持っているのに、親父が閣部のことを好みすぎている。依怙贔屓をしているようにも見えることだってある。一度や二度じゃなく、な」
「それに加えて次期当主候補は優秀だと。だから乗っ取られるかもしれないと。そういうことか」
基也は頷く。
「だが、そうはさせない。俺が次の会長になって、陣宮をもっと大きく成長させる。あくまで一分家である閣部如きに乗っ取らせはしない」
基也は立ち上がり、キッチンに行って冷蔵庫を開ける。中からコーラを取り出す。
「幹也、コップを用意してくれ。もうこの話は終わりだ。これからは兄弟で未来の話をしよう」
おはようございます、月暈です。つきがさです。
鞠姉、名前だけ出てきました。実は二話目で出そうと思っていたのになかなか出てきてくれません。六話目には出てきてほしいものです。