パパとわたし。
「きゃーっ!!」
今日も我が家で男性のファルセットが怪音となって響き渡る。
わたしの家にはパパとわたしが生活してる。わたしは生きてる人間はふたりだけだと思ってる。でも、パパは「ママも一緒に何時も一緒にいるんだよ」ってよくわからないことを言う。
子供部屋から出て、勢いよく階段を降りいつもより響きのよい場所を目指して、丸めた新聞紙を片手に引戸を開ける。
「パパ!!」
「ひ、ひなた、ひなた、どうしよう!」
「だいじょうぶ、ひなたが来たから、パパはもう、だいじょうぶ」
鍛えられた筋肉に日焼けした肌、少しワイルドに手入れをした髭男が全裸で震え縋<すが>って来るのを軽くいなしてから前に出て仁王立ちする。
見据えるのは外殻の焦げ茶色を蛍光灯で輝かせ、二本の長い触角を動かす四センチ程のゴキブリで、お尻に卵がついたままこちらを伺っている。
どちらに動いてもいいように足を肩幅まで広げて丸めた新聞紙<ぶき>をぎちりと握る。いつでも叩けるように振り上げると、不利だと覚ったゴキブリ(推定♀)がタイルの窪みに沿って石鹸置き場の方に逃げていく。
障害物の影に隠れることに成功し、動かないゴキブリを見て、にんまりと笑いシャワーコックを片手に温度調整して、60度の熱湯をゴキブリが潜んでいる一帯に満遍なく降らせる。暫くして少し縮んだゴキブリ(推定♀)がお湯と一緒に排水口側まで来たのを確認してから、かぽりと排水口の蓋を開けてサヨナラをする。
が、推定♀のお尻に卵が無い。
そのまま熱湯を通ったと思われる場所に横から押し流すようにすると、チョコビッツよりも大きな卵がゆっくりとゴキブリ(推定♀)のあとを追って逝くのを見送る。
通ったタイルの溝も、椅子も桶も熱湯を掛けてから通常温度に戻して振り返ると、パパが半泣きの全裸で待っていた。
「パパ、敵はもういない。床も、きれい」
「ひなた、有り難う。このままパパと一緒にお風呂入らない?」
宿題は、あと少し。でもパパとのお風呂は大好き。
「はいる」
「じゃ、ひなた万歳」
「ばんざーい♪」
今日も我が家はさわがしい。パパとわたしのふたりだけのおうち。でも、パパは「ママも何時も一緒」だと笑顔で言う。
そんな不思議な、ふしぎなおうち。