中に人は居ません。
ウィキータ・ペディ・グリュア
うちの父はツンデレだ。もしかしたらツンギレ、または素直な天然とギレ=デレとも言えるかもしれない。
正直何を考えているのか分からない。が、分かりたくもないのも素直な気持ちだ。
例えるならば奥さんが過労で倒れました→心配で心配で怒鳴り散らす→奥さん病院に行き回復する→普段からのアレコレを説教し始める→奥さん苛立ち紛れに舌打ち→気後れしながらご機嫌伺い&心配なんてしてないけど普段からもうちょっとゆっくりと自分に気を使いなさいとか言い出す。
言うなれば最初から最後まで1人空回り状態が、父の大事な人対象に対して発生する。
対象として挙がるのは母(奥さん)と家の後継ぎの私(次女)とたまに嫁に行った姉。
そして自分ルールが大好きで、自分に甘く家族に厳しく、他人には無関心の皮を被った構ってちゃんだ。
自分からご近所さん以外の他人に声を掛けず、ひたすら声が掛かるか雑談の輪に入れてくれるのを待ち、お世辞の『持ち上げ』には謙遜や苦笑を浮かべて対応するものの、家に帰ると笑顔で家族に1日のご報告をする。
そして夕飯に出された食べ物に逐一「コンナモノクエルカ」と激怒し、「何年一緒に居ると思ってるんだ」と自分を押し付け、舌の根も乾かないうちにペロリと3人分平らげる。
そんな父を嫌がる母と私。
ぶっちゃけ母の年金が父と離婚すると貰えない現実がなかったら、さっさと家から追い出していたし「俺の意見が理解できないなら、もう離婚だな」の言葉に口腔内の頬肉を噛み千切る寸前まで我慢するとこもない。
因みに若いときの苦労の代償が母への個人年金が支給されない現実になっているのも、母がお金を貯めようと働きに出たが自分の見栄の為に辞めさせて貯金が無いのも、会社を退職したのも、自己破産で総て失ったのも、その都度母が犠牲になり頭を下げた事実を、知ってはいるけれど理解も感謝も出来ていない父のせいだ。
私としてはまだ言うのかこの父は。という気持ちを込めて「出された食べ物は感謝して食べる」「作ってもらっているのに文句は言うな」「誰の家に住まわせて貰っているんだ」「下げ時を知らぬ頭は要らないんじゃない?」と、段々とえげつないモノになって行くけれども、矜持だけではお腹は膨れないし親戚からの借金は完済しないし、病は彼方に去っては行かないのもまた現実なのです。
そして、頑張っても辛過ぎる現実に涙したくなると、台所のシンク下奥に保存されている名匠作の玉鋼より打ち出した出刃包丁と万能包丁をじっくり握りを確かめながら見つめているのもまた、現実なのです。
そんな毎日に嫌気がさして、仕事で顔を合わせなくなった事を良いことにあまり対話しなくなった父が、たまの休みに静かに過ごしていた私に嬉しそうに話しかけてきた。
どうやら今日、仕事の事で疑問に思った仲間がスマホを弄り直ぐに答えに行き着いたらしい。
これは凄い事だと詳細を聞きたかったが自分から聞くのはやはり矜持が赦さない。
どうやらもう1人凄い事だと思った同僚が聞いた時に零れ聞いた話によると、中にウィッキーさんなる人物が居て教えてくれたらしい。
そして家に帰ったら娘が居て、これは自分もパソコンやスマホを知っていると自慢できると思ったのかもしれない。
「パソコンの中にウィッキーさんが居て、分からない事や効率的な方法を伝授してくれるんだって聞いたんだ。知ってるか?」
「それはググレカs…グーグルさんじゃなくてウィッキーさん??朝の英会話の人?」
「なんだ、知らないのか?」
たぶん、Wikipedia。
それは知ってる。昨日も使った。……が、知らないのか?と言った時のドヤ顔に正直カチンときた。
反省?後悔?混ぜて攪拌したら零れて無くなってたよ。
「それってもしかしてウィキータさんの事?」
「え?」
「ウィキータ・ペティグリューさんだったかな?女性でどこ出身か分からないけど、名前からイタリアとかスペインって言われてるけど、個人情報だしね」
「よく名前でてきたな、会社の若いのだって徒名位しか出てこなかったぞ?」
「昨日もお世話になったからね」
「ちゃんとお礼はしたか?」
「いつも検証したり編集してくれたり知識が豊富でね、感謝してるよ」
「ーー…はぁ、世の中には凄い人も居るんだな」
人 じゃ あ り ま せ ん よ。
最初から最後まで至極真面目な顔で答えた。
一週間後、友達に話したら、鬼娘と言われたが助言もいただき、早速父に話す。
「こないだのウィキータさん覚えてる?」
「ん?あぁ、凄い人な」
「私名前間違ってた。ウィキータ・ペティグリューじゃなくてウィキータ・ペディ・グリュアさん。もしかしたらシルクロード辺りの向こうの方の人かもだって。確かに向こうの人の九九って桁数違うし計算に強いものね。ペティグリューってイギリスの魔法のネズミ男だよね。私うっかりしてた」
「そうだよなぁ、どっかで聞いたことがあると思ってたんだよなぁ」
「因みにウィキータ・ペディ・グリュアさんは本名なので、皆さんパソコン内ではウィキペディアって呼んでます。んで愛称でウィキって呼ばれてるの」
「なんだかいっぱい詰め込んできたな」
「ひとまず色々まとめて教えてくれるのはウィキで教えてほしい事を調べてくれるのがグーグルさんだって覚えとけばおけー」
「そっか、覚えとく」
「ん、覚えといて。ただ本名は個人情報だからWikipediaかウィキって覚えとけばいいから」
「ああ、分かった」
ん?良心は痛まないのかって?
ブラックに勤めていて、ただでさえ少ない休暇に自分のワガママで私の休日と少ない給料内の金銭を万単位で消費する父に対すると、事と場合によってはこれっぽっちも痛まないですよ?
今回の件は生温い位だ。