彼女の病
ベッドから起き上がると、後頭部に少し痛みを感じた。今はまだいいが、時間が経つにつれて痛みが増していく嫌な予感がする。大抵この直感は当たるため、友達にドタキャンのメールを送り、一日をベッドで横たわることになるのだが、今日はそうもいかない。ソファーに置かれた昨日悩みに悩んだ服が私の決心を固くする。薬を飲めば大丈夫だよね、と自分に何回も唱え、私は部屋を出て行った。
「島田雰囲気違くない」
堀田が悪いわけではない。分かっている、理解しているのだが、心より先に表情が私の本音をさらけ出してしまった。
「何だよ、その顔」
彼の目の前で浮き出ている私は、きっと不細工なのだろう。すぐ顔に出てしまう自分の幼稚さが、今だ抱えている頭痛を悪化させる。
今日は新たな自分を見てもらいたくて、重い道程を来たというのに、早くも挫折しそうだ。
「あっ、久方が来た。久方こっちこっち」
過ぎ去る人々の目など気にせず、大きく手を振る堀田に対して、私は半歩前へ出る。こちらに駆け寄って来る彼に少しでも誰よりも近づきたかった。
彼の姿が鮮明になるにつれて、緊張してきた。今日履いてきたスカートは皺や汚れが出来ていないだろうか、 マスカラが落ちて目の下が隈っぽくなっていないだろうか、色々な不安要素が思い浮かぶ。
昨日から待ち遠しかったはずなのに、私たちと合流した彼の顔をはっきり見られなかった。
「ごめん、待たせた」
「本当になあ。これは何か埋め合わせしてもらわないとな」
「島田何がいい?待たせたお詫びに何か奢るよ」
「俺にも聞けよ」
彼がしゃがみ込み、私の身長に合わせてきた。真正面にある彼の顔、教室で見るいつもの落ち着いた顔。私はどうなってるんだろ、変に赤らめたり、目が泳いでいないだろうか。
気になることが増えていく。彼と会う度に、彼と一緒にいたいために、自身が今まで気にしていなかったことを気にするようになる。そして自分に自信を失くしていく。
「島田?」
「…あっごめんね。ぼーっとしてた」
彼の顔がさらに私に近づいた。彼が私と距離を詰めた瞬間、仄かにに甘い匂いがした。その香りが彼の普段を消していて、彼の特別を見ているようで、心臓音が早くなった。
眉に掛からない前髪のため、彼と目がしっかり合ってしまう。外側に黒い円を描く茶色い色のビー玉のような瞳の世界に吸い込まれる。
その時だった、左手首が熱をまとった。それを感じると同時に、急激に引っ張られる。勝手に進んでいく足、よろけそうな体を必死に抑え、前を向く。そこには彼が居なくなっていて、替わりに堀田の背中があり、気がついた時には衝突していた。
「久方、お前も来いよ!時間ねえんだから」
それだけ告げると、堀田は私を引きずって歩き出す。文句を言おうとはしたものの、何故だかその背中が威光を帯びている気がして、怯んでしまった。堀田に導かれるまま、私はただ進んで行く。
追ってきた彼は私の横を通り過ぎ、堀田の隣を並んで歩いていく。それから二人がたわいない話しをしているのを、店のBGMのように聞き流している。盛り上がっている会話が全くついていけない虚しさ、自分の横より堀田の横を選ばれてしまった敗北感。拗ねてはいけないと、それを顔に出してはいけないと頭で意識する。意識すればするほど、今度は朝から耐えてきた痛みが増していく。
いっそ、このまま家に帰ることを本気で考えた。でも彼が時折、堀田の背隠れている私を目で追っていてくれた。それがとても嬉しくて、一時だが私の抱えている頭痛を和らげてくれる特効薬だった。
高揚する気持ちとともに、私の左手首に込められている熱も強くなることを、私は気付いていなかった。