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表裏

 龍田翔はくじ運がなかった。引けば空くじ、おじさんからティッシュを手渡されるのが当たり前だった。



 しかし今、彼は自分のくじ運が当たりをひいたのか、はたまた最悪を引いてしまったのか、頭の中がてんやわんやと騒がしかった。

「お互い行きたい場所も違うのだし、それぞれで別れたら」

「いやいやいや!せっかくだしねえ、ここは一緒に廻ろうよ!」

「そうだよ。そんなに行きたい訳ではないし、みんなで行こうよ」

不機嫌を隠していない安土未来、焦って慌てている堀田潤、未来を宥めている島田唯子がいた。三者三様の反応を翔はただ黙っている見つめていた。


「二人はこう言っているし、安土が行きたい場所を中心に全員で巡れば問題ないよね。カラアゲも、杉崎さんもそれでいいかな?」

「大丈夫だよ」

普段より語調を優しくして久方和喜が同意を求めてきた。翔はすぐに頷き、杉崎歩は苦笑いを浮かべて返事をした。二人の返答で和喜は微笑を零し、最後念を押すように未来へと尋ねた。

「安土もそれでいいだろ」


 翔は斜め前に座っている未来を見つめた。未来は背筋を綺麗に伸ばし、翔の隣に座っている和喜を見据えていた。猫のような瞳は威嚇していて、一言でも余計なことを口に出してしまえば噛まれそうな勢いだ。翔はそれこそ息を潜めるように、彼女の横顔を眺めていた。しかし今まで和喜しか眼中になかった眼が、翔を一瞬捕らえた。最初は驚きが走り、それから不安が過ぎった。彼女を怒らせてしまった、なんとなく気づいていた事実を現実としてぶつかって、ほんの少しだけ浮かれていた気持ちは飛んで消え去り、翔の頭が真っ白になってしまった。



 今の現状を作り上げた張本人を一睨みすれば、すぐにたじろいだ。その余りに弱々しい姿に、未来の感じてきた苛立ちが馬鹿馬鹿しくなった。こんな奴に、今まで負の感情だとしても、向けてきたのかと思うと時間が勿体なく思う。隣に座る唯子を見れば、言葉に出さないが、小さく厚ぼったい唇が動いて『お願い』と頼んでいた。垂れた目元で縋り付いてくれるだけで、溜まっていた不満の感情が払拭される。彼女の頭を撫でて、安心させるように微笑んで『大丈夫』と、同じように返した。それから目の前の彼と向き合うことにした。


「それでいいわよ。でも私も特にここがいいって所がないから、もう一度みんなで廻る場所考えない?」

「安土がいいなら、いいけど」

「ええ、それがいいの。それと…今まで馬鹿なこと言ってごめんなさい」

「気にしないでくれよ!こっちも気にしてないし」

未来が頭を下げて謝ると、潤が陽気な声で盛り上げようとしていた。潤は開いている地図を手に取り、和喜にさっそく希望を出していた。和喜は希望場所を目に留まると、呆れたため息と共に潤の足を踏み付けた。


「痛ってえ!手加減しろよな」

「お前が馬鹿やるからだろ」

「ほら、でもせっかくみんなで行くわけだしさ」

「島田は他に何処行きたい?この辺りも結構あるけど」

「無視するなよ」

「本当だあ!久方ナイス。いいねえ、名所もあるし。私ここ希望しますっ」

「無視しないでくれる」

唯子が未来の右腕に手を回して、行きたい場所に指を差し、意見を求めていた。未来は唯子の左肩に持たれかかり、彼女が指す場所を見て、柔らかい口調で話していた。



「龍田君、大丈夫?具合悪いの?」

 唐突に話しかけられたので、始め翔に言っているのか分からなかった。ただ目の前で、心配そうに机に身を乗り出して、囁く声で尋ねる歩がいたので、やはり翔にかけられている言葉だったと漸く気付いた。

「平気だから。具合悪くないし」

しっかり意識して聞こえる彼の声は、低いが伸びるものではなく、よく注意しないと聞きそびれてしまう音だった。

「さっきから下向いてたでしょ。具合悪いのかと思ってて、勘違いでよかったよ」

歩から指摘された通り、翔は顔を下に向けていた。頭が白くなった自分は、自然に頭が下がってしまっていた。都合が悪い時、怖くて逃げてしまいたい時、視線が怖く、視線を受け止めるのが嫌で、癖になっていた。下げたまま、この斑のくじ引きを引き当てたことを後悔していたら、未来の明るい声が耳に入ってきた。彼女が普段の様子だという安心とともに、いつ頭を上げたらいいか、タイミングが失っていた。


「龍田君はどこ行きたいの?」

「決まってない」

「私もだよ。どこがいいか迷うよね」

 翔を見れば見るほど、未来が本当に好きなのか疑問を感じてしまう。翔にとって、未来は好意の対象より、脅威の対象に近い。和喜や唯子がはやとちりをしたと言ったら、歩はすぐ信じられるだろう。


「何話してんだよ。こっちに混じって応援してくれよ、俺の」

 潤からの呼び掛けにより、二人に視線が集まった。気まずい思いから、歩は机に身を乗り出していた上半身を引っ込め、自分の席へと戻した。未来は何やってたのか、と歩に問い質していた。彼女の視線が外されて安堵するはずなのに、翔にあるのは寂しさだった。矛盾する気持ちが、余計にその気持ちを大きくした。

「お前何笑ってんだよ」

本当に僕は何やってるんだろう。

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