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気になるあの娘

 安土未来は友人の杉崎歩と帰るため、教室で一人のんびりと待つ予定だった。


「何でいるの」

 教室に既に占領されていた。普段ならすぐに帰宅するはずの人物が、自分の目の前で、他人の席にも関わらず、椅子にすべてを預けていた。

「別にいいだろ」

視線は窓のまま、彼は投げやりな言葉を返した。目にかかりそうな漆黒の髪、瞬きする度に目立つ睫毛、ニキビなど存在しないきめ細かい肌、それを彼は何もせず持っていた。


「出てって」

「理由は」

「いいから」

 出会った時からあまり表情が変わらない人だった。少しでも笑えば、爽やかなイケメンに進化をするのに、と唯子が愚痴を零していたことを未来は思い出した。目の前でぼんやり窓の外を眺める彼に嫉妬をする。自分が必死に欲しいものを、彼は重たい腰を上げるだけで手に入るのだ。


「島田なら今、久方と喋ってる」

彼は窓の外に指を差す。その方向を覗けば、小さく唯子と久方和喜が並んでいることが分かった。

「楽しそうだよな、島田が」

 表情なんてこの窓から読み取ることなど出来ない。自分と対峙している彼は、唯子の気持ちに気づいている。あの厚い唇は彼だけに囁くために使われている。彼が話す度に、きっと唯子の頬は熱を持ち、桜色へと変わっていく。垂れ下がった愛らしい瞳で、彼を見上げないで欲しい。その瞳も、頬も、唇も、すべて自分に向けて欲しいと切願した。


 見つめていた方向とは別の、彼が座っている席から、パシャリと携帯のカメラの音が教室に鳴り響いた。


「今の顔、見せられないよな」

 携帯を未来に構えていた。彼は得意げな顔を見せることなく、未来から向けられる軽蔑な眼差しを受け流していた。撮れた写真を保存する前に眺めた。美人が顔を強張らせる姿は迫力があり、醜い姿だなと正直な感想を心の中だけにして、そのまま保存のボタンを押した。


「何がしたいわけ」

詰め寄る言い方をする未来に、正直に吐いてしまおうかと考えたが、吐いたところで変わらないのだと気づく。自分の気持ちを言葉にした所で、彼女は変わらない。

「知ってるのに聞くのかよ」


 自分を見つめる彼の瞳には熱がある。その情熱を他の人に与えればいいのにと、未来はずっと思っている。彼の感情は、自分にとっては肌寒いものだから。

「あんたなんて嫌い」

「はいはい」

「大っ嫌い」


 出会った当初は傷付いた。彼女のその一言が重石となりのし掛かっていた。それが今では、何も感じなくなってしまったのは、聞き慣れた為だろうか。それとも、その言葉が自分だけに向けられてるものではないと分かってしまったからだろうか。


「姉さんが会いたいって」

「会いたくないと伝えて」

「自分で伝えろよ。電話もアドレスもそのままだから」

「消した」

「自分勝手だな」


 似ても似つかない姉弟。

 彼から彼女の面影を探し出せない。彼女は一重の瞳、鼻のラインに広がるそばかす、外に跳ねてしまう髪が嫌いだった。だから彼女は愛されるため、自らを愛したいために、色々模索していた。その懸命な姿が愛おしかった。


「会いたいって、どうせまた男に振られたんでしょう」

その質問に答えはなかった。彼は私をただ見つめているだけだった。彼の真っ直ぐな視線は、不愉快な気分にさせるものだった。


「やっぱり」

彼に物事を尋ねても、しっかりと口で返ってくることはない。彼はきっと私が何を考えているか、分かっている。だから言葉で返す必要がない。

「振られて寂しいから会いたいって、自分勝手よね」


 最後の吐き捨てられた言葉は誰に向けられたのだろうか。彼女は窓の奥を眺めていた。視線の先には、まだ談笑を続けている二人の姿があった。

 携帯を開き、フォルダーを開くと、先程の写真が出て来た。写真からメールを作成し、アドレスを張り付け、言葉も何もないまま送信した。



「ごめん未来ちゃん。お待たせ」

「遅い。すぐ帰るよ」

 待ち人が漸く現れた。未来は歩の元に近付く前に、もう一度彼を見る。見下ろされる彼は、いつも何を感じるのだろう。劣等感なのか、はたまた熱情が込み上がるのか。


「それじゃあお先に」

 蔑む視線から外され、彼女に背を向けられた。以前は肩まで伸びていた髪はすっかり失われ、色白な首が剥き出しにされていた。外面からは、ガードするものがなくなったが、彼女の拒絶は中学時代よりも濃くなっていた。

「“姫ちゃん“」


 先輩の愛称であり、後ろにいる彼のあだ名だ。姫川萌ひめかわ めぐみ姫川亮ひめかわ あきら、名字が共通しているために、被ってしまった呼び名。先輩は呼ばれると笑顔を作って対応したが、心の内がどんより曇っていた。弟より外見が劣っている、似つかわしくない名前などと、よく歎いていた。

 後ろにいる彼は知っているのだろうか。


「歩、帰ろうか」

未来は歩と共に教室を去っていった。



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