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背中しか見えない

「あのさ、気付いてる?」

 久方和喜ひさか かずき龍田翔たつた かけるにとって、付き合いやすい友人の一人だ。自分とは違い、気さくで、友達付き合いも広く、クラスが一団となる行事でも積極的に行動を起こしている。仲良くなるきっかけも、彼の面倒見の良さからだ。

「さっきから安土しか見てないんだけど」


 久方は前から知っていた。言う機会を伺っていたのだ。龍田は眉を少し上げて驚いた様子を見せたが、すぐに元の表情に戻ってしまった。この彫刻像に似ている顔は女子からは不満らしいが、久方はこの顔だから惹かれたんだ。


「好きなわけ?」


 何て答えを出すか、あの薄くて柔らかそうとは言い難い、その唇からどんな言葉を紡ぎ出されるのか。胸を高鳴らしている自分がいた。表情に変化を出さないように頑張っているが、視線だけは地面の靴の先に逃げていた。内心はきっと何を言おうか、言える言葉が頭に浮かんでこないのだろう。困っている彼を見るのに飽きはこないのだが、避けられたくはない。久方は昂揚としている様子は隠さず、口から思ってもいないことを吐き出した。


「まあ確かに美人だよな。このクラスの中でも特に」


 逃げ腰だった龍田に対して、久方は追求してこなかった。自分に対して不利な質問があると、押し黙ってしまう癖は中々治らない。言いたいことは前から分かっているのに、いざ聞かれるとパニックになってしまう。龍田は自分が嫌いだった。背だけが伸びていったのに、心はまだ幼い頃のままでいる自分が恥ずかしかった。


 久方は笑顔で対応してくれるが、内心どう思っているのだろう。彼に対して甘えている自分は、迷惑ではないのかとマイナス思考になってしまう。


「何してるの、俺も混ぜてよ」

 ハスキーな声が二人の頭上から鳴り響いた。見上げれば、肩まで届いている髪の根元は黒いなのに下になるにつれ茶色くなっていき、毛先は傷んでいることもあり朱くなっていた。長い睫毛が瞬きする度に、バサバサと強調して動く。堀田潤ほった じゅんの口からは、何か含んだ笑いが漏れていた。


「嫌だよ、お前混ぜると面倒だし」

「面倒って何だよ、ひでえな」

「本当のことだろ」

 堀田はひでえと口には出しているが、笑っていた。書き込んでいる眉毛と、釣り上がり気味の三日月に似ている目、身体は男子の中でも細く、無駄な肉は存在するか疑問なのに、声は一番大きかった。龍田は仲良くなるまで、堀田は別の世界の人だと思っていた。実際話してみると、彼が持ち出す明るい雰囲気に助かることが多い。


「久方は冷たいよな。だからお前安土に睨まれるんだよ」

「えっ」


 堀田は空気が読めて言っているのか、読めてないため言っているのか分からない。気楽に発したその言葉により、思わず龍田が声を上げた。声を上げてしまった龍田は、視線だけだったのが頭まで下に向いてしまった。


「何でカラアゲの方が驚いてんだよ」

「仕方ないだろ。お前が変なこと言うから」

「変なことって、そんなことないだろ」

 堀田が垂れ下がる自分の髪を耳にかけた。久方は龍田の肩を二、三回叩いて、その後頭に手を置いていた。手を置いたまま何もしてこない久方を、龍田はそっと上目で覗いた。気づかれないように見たつもりだったが、久方と目があって心臓が止まるかと思った。久方は特に気にする様子もなく、頭から手を退かした。退かされた後、龍田は頭を上げ、真っ正面から久方を見た。


「久方お前、嫌われたじゃねえの」

 軽口だった。堀田自身、久方と付き合ってみて、特別に嫌われるような人間ではないことを知っていた。だから最初にその視線に気付いた時は、久方の隣にいる、大きな身体なのにそれと反比例した性格を持っている友人を睨んでいると思った。しかし何度見ても、“彼女“の怒りを宿した瞳には、久方しかいなかった。

「嫌いってことはないだろ」


 久方は今龍田が真っ正面から向き合ってくれるように、己の真実を打ち明けたら真っ正面に受け止めてくれるか考えたことがあった。しかし瞬く間に、その考えは消え去っていった。夢を抱くより、現実と対面した方がいい。


「もし嫌いだとしても俺だけじゃなくて」

 自分と一緒の人種なのに、“彼女“はそれを理解しようとしない。現実を拒否して、嫌いなものとは接しない、日常から遠く離れた幻想を抱いてる姿が憐れで、馬鹿げていて、思い知らされる。


「俺らみんなだろ」

“彼女“が男を嫌悪する以上に、自分が“彼女“を吐き気を覚えるほど嫌悪していること。


「一緒にするんじゃねえよ。お前より、俺らの方が好かれてるからな」

 堀田は久方の肩を押して、上半身を揺らした。声は先程と一緒の陽気なものなのだ。冗談で言っていると思っているため、ふざけて返した。龍田に同意を求めたものの、首を小さく傾げただけだった。何だよ、と間延びした声で小突いたりもしたが反応は薄かった。


「こんなこと言っててもしょうがないしさ。確かめてやるよ」

 現実を突き詰めたいと心の底から感じていた。受け身の“彼女“に、お前は受け入れられない感情を抱いていると突き付けたい。夢見る姿に苛立ちを覚える。よりにもよって、どうしてお前なんかが選ばれたのか。立場は変わらないのに、あいつだけ、目の前の彼が受け止めてしまったらと考えたら、背中に悪寒が走った。


「マジで」

「直接は無理でもさ。俺島田とは喋るし、島田から聞いてみるよ」

 島田唯子はバレー部に属している。垂れ目な上、巨乳、厚ぼったい唇もあり、正に癒し系の女子だ。末っ子気質な甘えん坊の性格も、可愛く思える。堀田にしてみれば、好きな子。島田の行動は全て愛おしく見えてしまう。


「部活終わる時間重なる時あるんだよ」

 久方は地面から立ち上がる。長く座っていたせいか、膝の負担が大きかった。そろそろ全員が走り終えて、授業が終わるはずだ。龍田も時間を見て、ゆっくりと腰を上げた。実際立って並んでみると、龍田とは15cmくらい違う。目線がよく合うのは、龍田は下を向いていて、自分は上ばかり見ているからだ。今の維持が出来ればそれがいい。これが久方の願いだった。

「大勢の前では聞かないからさ」

 

戻るぞと、堀田と龍田に笑いかけ、先頭切って歩き出した。それに続いて堀田も、踵を引きずりながら着いていく。龍田は前に進み出した二人の背中を見て、進んでいく。

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