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ひみつのはなぞの

 杉崎歩(すぎさき あゆむは高校からの友人でもある島田唯子しまだ ゆうこから、ある相談を受けていた。


「未来ちゃんのこと」

「そうそう。みくと中学からでしょ。その時何かあったのかなって」


 歩は中学の時を遡った。頭に描いたのは、くるくると毛先がはねていて、肩より少しだけ長い赤茶の、彼女の髪だった。第一印象は猫だった。毛並みも、釣り上がり髪の色と同系色の大きな瞳も。そして何より、人に対して警戒心を抱いて、目と目を合わせて、じっくり威嚇するその行動が正に猫だと感じた。


「ああ…ない、かな」

「その答え怪しいんだけど」

 唯子は目の前でぼんやりと考えている少女に、顔を近付けた。どこか遠くの空、いやわざと視線を空に向けている歩を追求するためだ。唯子にとっては、今この場にいない“彼女“に恋する男子がいたかどうかが問題なのだから。


「そういう話し自体に疎いから、よく分からないんだよ」

 歩は自分をわざわざ下から見上げて迫って来る唯子を避けるため、嘘をついた。いや嘘はついていない。誤魔化したのだ。杉崎歩は確かに恋愛話には疎い。自分が興味がなかったのもあるが、周りの人間も興味のない人間が集まっていた。しかし、歩は安土未来あづちみくの恋愛歴を知っていた。


「そっかあ。あゆむが知らないとなると、なかったのかな」

 唯子の訝しむ細くされていた目も、眉間に寄せられていた皺も、通常の、目の淵が垂れ下がった愛らしい目に変わっていった。ただ残念なのは厚く小さい口元が今だ突き出て残念そうにしていることだった。近付けてた顔を引っ込めてもらい、歩は心の中でホッと一息吐いた。


「じゃあさ、みくの好みのタイプは?それくらいなら話したりしない?」

 唯子は机に上半身を預けて、廊下の方に顔を向けた。目の前の少女だけが知っている、中学時代の“彼女“。唯子は諦め切れなかった。何としても聞き出したかった。それが誰の為かは分からない。今はそれが知りたいだけだった。


 歩は考えた。どう伝えれば、この拗ねていじけてしまった友人に納得してもらえるか。はっきりいって、好みどころか、中学時代誰を想っていたを知っている。しかしこの事実は本人から言うことで、自分の口を開いて発することではないのと自覚している。歩は出来る限りの共通項を探してみた。

「正反対の人かな」


 正反対とは一体どういうことだろう。唯子は頭を巡らしてみた。正反対、“彼女“と真逆の性格。“彼女“はどんな人だったか。最初の印象なんて遠の彼方。思い出そうとすると、朝の登校を出向かえてくれる、みくの笑顔だった。そして“おはよう“と、朝の憂鬱さを吹き飛ばす明るい声。話題はみくが持ってくる。みくの家で何があったのか、好きな音楽やテレビ、教室であった珍妙なことなど、積極的に教えてくれた。唯子にとって、風だった。強く、強くしっかり立っていないと飲み込まれてしまう北風だった。

風の正反対は、風より強いものは。唯子は昔よく聞かされた童話が蘇った。風は確か壁に負けた。要は壁みたいな人だと結論づけた。

「それってつまり落ち着いた人ってこと?」


 疑いのない瞳で、純粋な瞳で歩を映していた。しかし、少女の出した答えは不正解だった。歩にとっての“正反対“とは、誰にでも分け隔てなく接し、場を和ませ、出会いから尻尾を振ってくれそうな、犬のような人という意味だったのだ。早く誤解を解かなくてはと、歩の急いで次なる言葉を出そうとしていた。

「いや、そうじゃなくて…」

「そっかそっか。カラアゲにも可能性があるってことか」

「えっ」

「えっ!て」


歩の動きが止まってしまった。発しようとしていた言葉は空に消えていき、今あるのは驚愕を露にした口の形だった。唯子は何故友人がここまで驚いているのか不思議だった。倒していた上半身を起こし、歩と目線を合わせた。だが、歩の視点には自分はいない。タイプを言ったのは少女で、それを少し具体的にした。そして、本来の目的だった“彼“と結び付けた。背が無駄に高く、肩も広く、骨が張っている“彼“が、みくのタイプかどうか。落ち着いてる、口数が少ないのもギリギリ入るだろうと思い、つい口にしてしまった。唯子は自分の仕出かしたことに気付いた。

「私声に出してた!?」

「うん。カラアゲってさ、龍田君のことだよね?龍田君って未来ちゃんのこと」


 気付いた瞬間は血が頭に昇っていき、頬から湯気が出ているようだったのが、嘘のように今は血が下へ下へと流れていくように感じていた。貧血に近い感覚だ。このまま貧血を起こして、すべてを忘れてしまいたいと唯子は思っていた。目の前の少女は、先程の驚愕が消えていて、冷静に唯子を見つめている。普段弱気な少女とは思えない、その黒く小さな瞳は榛があり、唯子を逃がさないつもりだった。唯子は決意を新たに、一先ず唾を飲み込み、最初に遣るべきことを述べた。

「このことは内緒でお願いしたいんだけど」

「もちろん、言わないよ。でもさ…唯子ちゃんは頼まれたの?龍田君に」


 龍田翔。歩はこのクラスメイトと話したことがなかった。曖昧な記憶の中で覚えているのは、濃い顔で無口であったということだけだった。目元の掘りが深く、鼻がしっかりしていた。彼が話している姿は授業中以外思い付かない。


「まさか!?違うよ。カラアゲが頼むわけないし。久方からそれとなくね」

「久方君から」

「急にさ、"安土ってさ、あんま俺らと喋らないけど、仲いい奴いるの"って聞いてきたから、どんどん追い詰めたわけ」


 唯子にとって、実は先日の事は余り思い出したくはない出来事だった。勝手にぬか喜びをして、結局は自分がどれだけの存在か思い知らされてしまった。お互いに他愛もない話しが終わり、何か言いかけてくる機会を伺っている、気まずそうにしている顔を見て、赤くしていたあの時間は、忘れたいものだった。


「龍田君が未来ちゃんをね」

 大きなため息をつきたかった。歩は先程と同じように寝そべり始めた少女から視線をずらし、空を眺めた。そろそろ夕方になるために、青い空に赤みが注していた。龍田の恋が実ることはない。歩は断言出来たからこそ現実から目をそらしたかった。


「この際応援するのもいいかなと思うんだ。上手くいかなくても、みくに男友達が出来る機会なわけだし」

 唯子は本当に自分がそう思っているか、考えるのが嫌だった。求めているもの、本当に欲しいと思っているものを追求したくなかった。自分を嫌いになりたくなかった。廊下には誰も通っていない。それを映す自分の瞳は渇き切っていて、少し痛みを感じる。


「あゆむもよかったら、カラアゲの応援してあげてね」


 鈴というのは、小さく可愛らしい音なのに、はっきり聞こえて、すぐに跡かともなく消えていく。でも、その脳裏には鈴の可愛らしい音が鳴り響く。

 少女の言葉は“彼女“にとっては余りにも残酷なものだった。唯子の甘えた声を聞く度に思い出す。思い出したくない記憶。


『“ゆう“はさ、鈴に似ているんだよ。ねえ、あーちゃんもそう思うでしょ』


 唇はリップのせいか、濡れていたせいかは知らない。唇に光りを燈し、大きな瞳には熱がこもっていた。未来と瞳がぶつかるが、歩にとっては怖くはなかった。それは、人よりも大きな鏡には、一人しか映していないのだから。狭い未来の視野。その事実を知るのは、自分だけ。

空は赤く、紅く、染まっていき、青の色は既にのまれていった。


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