金曜日の午後6時
仕事を終えて車に乗り込むと、外はもう少し暗かった。
エンジンをかける。
ラジオをつける。
いつもの道を帰る。
それだけだった。
けれど、私はこの「それだけ」が、案外好きだった。
以前は、金曜日になると「何かしなければ」と思っていた。
友達と会う予定を入れたり。
新しい本を探したり。
知らない場所へ出かけたり。
将来のためになることを調べたり。
休日を無駄にしてはいけないような気がしていた。
けれど今は違う。
家に帰って、温かいご飯を食べて、
お風呂に入って、
好きなゲームをする。
それでいい。
家に着くと、玄関から夕飯の匂いがした。
「おかえり」
「ただいま」
家族の声がする。
今日の出来事を少し話して、
くだらないことで笑って、
テレビを眺めながらご飯を食べる。
特別なことは何もない。
でも、ふと箸を止めた。
――こういうの、幸せっていうのかもしれない。
温かいご飯があって。
帰る場所があって。
たまに会いたいと思える友達がいて。
好きな作品があって。
休日にゲームをして。
来月のお茶を楽しみにして。
今日一日、特に嫌なこともなく眠れる。
それで人生は、ちゃんと続いていく。
窓の外で雨が降り始めた。
静かな雨音を聞きながら、私はゲームを一時停止する。
そして、小さく息を吐いた。
「……幸せだな」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
明日、何か特別なことが起こるわけではない。
来週も、たぶん似たような毎日だ。
でも、それが少し嬉しかった。
何も起こらない日を、
「何もない」と思わなくなったから。
何もない日は、
何も奪われなかった日でもある。
そして時々、
何もない一日の中にしか見つからない幸福がある。
私はもう一度ゲームを始めた。
雨は、静かに降り続いていた。




