第九話:判明!纏う魔力は鎧の如く!
木刀を没収されてから数日が経過した。
俺ことリリア・ハルトマンは、屈辱という名の「ピンクのうさぎのぬいぐるみ」を抱きしめながら、リビングの片隅で静かに己の肉体と向き合っていた。
(……ふん、パパ(ゼフ)め。剣を遠ざければ俺の牙が抜けるとでも思ったか。甘い。あまりにも甘すぎるぞ、宿敵よ)
確かに今の俺に武器はない。だが、剣士にとって真の武器とは、手にした鉄の塊ではない。その一振りを支え、加速させ、叩き込むための『肉体』そのものである。
俺は一歳児の小さな体内に渦巻く、あの「放出できない魔力」を再び意識の底から手繰り寄せた。
(出ようとして出られないこのエネルギー……。これまでは身体強化、つまり『動力』としてのみ使ってきたが、視点を変えればどうだ?)
俺は魔力を一本の糸から、一枚の『膜』へと変えるイメージで、全身の皮膚の直下に薄く、だが極限まで高密度に広げていった。
魔力が外へ逃げ出せない性質を持っているということは、内側からの圧力に対して、皮膚という境界線が絶対的な防壁として機能しているということだ。
(纏え……。俺の意志を、不可視の防護層へ。……肉体を、不壊の要塞に変えろ)
ジリジリと、肌の表面が熱くなる。
俺の体は今、内側から超高圧の魔力によって「充填」されている状態だ。
試しに、自分の小さな右手で、左腕を力いっぱい抓ってみる。
(……ほう。痛みがない)
痛みがないどころか、指先が弾き返されるような感覚がある。
見た目は赤ん坊特有の、白くて柔らかい「ぷにぷに」とした肌。だがその内側には、物理的な干渉を一切許さない魔力の鎧が定着していた。
これだ。これこそが、魔力放出不可という欠陥がもたらした、神からの嫌がらせに近いギフト。
(纏う魔力は、ただの動力ではない。それは肉体を鋼鉄以上の硬度へと変質させる、文字通りの『鎧』だ)
俺は確信した。
この鎧を完璧に使いこなせば、重厚な甲冑など必要ない。俺自身が、世界で最も硬く、そして最も速い最強の武具になれるのだ。
俺が新発見の喜びに浸り、独りご満悦(バブバブと笑う)になっていた、その時だ。
「リリアー! 今日も一段と可愛いね! お兄ちゃんとの『突撃抱っこ』の時間だよ!」
ドォォン! と扉が開き、ハルトマン家の破壊神こと長男シオンが、満面の笑みで突進してきた。
四歳になり、パパの指導でさらにパワーアップしたシオンの抱擁は、もはや成人男性の体当たりに匹敵する衝撃を伴う。
(……来たか、若造。ちょうどいい。この新しい『鎧』の耐久試験、貴様で試させてもらおう)
俺は逃げなかった。
それどころか、両手を広げてシオンの突撃を真っ向から受け止める構えをとった。
全身の魔力を一気に沸騰させ、皮膚の直下へ「定着」させる。
出力、最大。
見た目は柔らかい綿菓子のようだが、中身は神代のオリハルコン並みの密度。
「いっくぞぉー! リリアァァー!!」
ドガァッ!!
鈍い衝撃音がリビングに響いた。
シオンの全力のタックルが、俺の小さな胸板に直撃する。
通常なら俺は吹き飛ばされ、シオンの腕の中で「ぐえっ」と情けない声を上げていたはずだ。
だが。
「……いたたたたたっ!? な、なにこれ!? 痛いよっ!」
悲鳴を上げたのは、シオンの方だった。
彼は俺を抱きかかえたまま、まるで大岩に激突したかのようにその場でのけぞり、自分の腕を必死に擦り始めた。
「リリア……? 君、なんだか今日……すっごく硬くない? パパの付けてる鉄の胸当てにぶつかったみたいだ……!」
(ククク……。勝った。完璧な防御だ)
俺はシオンの腕の中で、微動だにせず冷徹な笑みを浮かべた(ように見える顔をした)。
今の衝撃、俺には一切のダメージがなかった。それどころか、シオンの突進のエネルギーは、俺の纏う魔力の鎧によって全て無力化され、反動としてシオン自身へと跳ね返ったのだ。
「どうしたんだい、シオン? そんなに大きな声を出し……て、おや、リリア。またシオンと遊んでいたのかい?」
そこへ、パパことゼフが顔を出した。
シオンは涙目でゼフに訴えかける。
「パパ! リリアが変だよ! 抱っこしようとしたら、僕の腕の方が折れるかと思ったんだ! リリア、中身が石でできてるんじゃないの!?」
「ははは! 何を言ってるんだいシオン。リリアはこんなに柔らかくて、温かくて、愛らしいじゃないか。ほら、見てごらん」
ゼフは俺をヒョイと抱き上げると、俺の頬を指でつついた。
……あ、マズい。
(魔力を……瞬時に切れ! 表面の質感を柔らかく保て!)
俺は慌てて魔力の出力を調整した。
全身の硬化を解きつつ、表面の「ぷにぷに感」だけを残す、超高度な魔力操作。
ゼフの指先には、いつも通りの、赤ん坊特有の吸い付くような柔らかい肌の感触が伝わる。
「ほら、シオン。いつものリリアだよ? 君が稽古のしすぎで、自分の腕が筋肉痛になってるだけじゃないのかい?」
「そんなはずないよぉ……。本当に、一瞬だけ鉄の壁みたいだったんだもん!」
シオンが不思議そうに俺を見つめる。
ゼフは「全く、シオンは想像力が豊かだねぇ」と笑い飛ばしたが、部屋の隅で本を読んでいた次男カイルだけは、眼鏡を光らせてこちらを見ていた。
「……シオンの言ったことが本当なら、リリアは無意識のうちに『魔力の局所集中による物理防御』を行っていることになるね。……パパ、リリアの体重を量ってみたら? もし僕の仮説が正しければ、特定の瞬間にだけ彼女の比重が変化しているはずだ」
(……ゲェッ、やはり次男坊は鋭い! 余計なことを言うな!)
俺はカイルの追及を逃れるべく、ゼフの首筋に顔を埋めて「あうー、あぶー」と全力で甘えてみせた。
ゼフは瞬時にノックアウトされた。
「おおお! リリアが僕を求めている! カイル、体重計なんていいよ! リリアが元気ならそれが一番だ! よしよし、リリア。パパと一緒に庭をお散歩しようねぇ〜!」
ゼフは俺を連れて、鼻歌混じりにリビングを出て行った。
……ふぅ。なんとか誤魔化せたか。
庭に出ると、冷たい風が俺の頬を叩いた。
俺はゼフの腕の中から、自分の小さな拳をじっと見つめる。
(判明した。俺の魔力は、鎧だ。……この防御力があれば、どんな過酷な修行にも耐えられる。……そして、いずれこの『鎧』を拳に乗せて放てば、それは盾をも砕く最強の『鉄槌』となるだろう)
一歳のリリアには、まだ本物の鎧を纏うことはできない。
だが、俺には誰にも見えない、誰にも壊せない、至高の魔力の鎧がある。
俺はゼフの胸板をペチペチと叩きながら、心の中で不敵に笑った。
見ていろ、ハルトマンの家族たちよ。
俺はただ守られるだけの聖女ではない。
自らを鋼鉄に変え、あらゆる災厄を跳ね返す、不壊の剣聖なのだから。
「リリア、どうしたんだい? そんなにパパの胸を叩いて……。ははっ、やっぱりリリアは将来、僕のような立派な盾の騎士になりたいんだね!」
(……いや、だから違うと言っているだろう。……まあいい、今はその勘違いに甘んじてやろう)
俺はパパの分厚い胸筋を『鎧』の強度テスト用のサンドバッグとして利用しながら、二度目の人生の着実な手応えを感じていた。
最強の防御を手に入れた俺の修行は、ここからさらに過激な領域へと踏み出していくことになる。
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次回お楽しみに。




