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かつての剣聖、死んだら宿敵の娘に転生してしまった 〜パパが世界最強の親バカすぎて復讐どころか修行もままなりません〜  作者: ぱすた屋さん
第一章:「最強の家族」と「秘密の修行」

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第八話:奪取!木刀は私のもの!


 歩行。それは人類が大地を征服するために手に入れた、至高の移動手段である。

 一歳を過ぎた俺、リリア・ハルトマンは、ついに二本の足で直立し、不安定ながらも自らの意思で歩を進める術を習得していた。もちろん、見た目はヨチヨチと危なっかしい足取りだが、その内側では魔力によって骨格と筋肉を精密に制御する、神業に近い調整が行われている。


(……ふん。ようやく視点が高くなったな。ハイハイでは地面の塵ばかりが気になっていかん)


 俺はハルトマン邸の広大な庭園に面した縁側に立ち、外の世界を睥睨へいげいしていた。

 庭では、長男のシオンがパパことゼフの指導の下、木刀を振るっている。

 ブン、ブンと空を切る音。三歳児にしてはなかなかの筋力だが、元剣聖の俺から見れば、その動きは見るに耐えない代物だった。


(……甘い。腰が浮いている。脇の締めが甘い。そんな振り方では、実戦なら最初の交差で首が飛んでいるぞ)


 俺はおじさんの魂を昂ぶらせ、脳内でシオンの動きを添削する。

 ゼフの指導も、どちらかと言えば「守り」に重点を置いた重厚なものだ。それはそれで一つの正解ではあるが、俺が人生を賭して磨き上げた「一撃必殺」の美学とは根本から相容れない。


(やはり、この家の連中は『速さ』というものを分かっていない。……いいだろう、少しばかり本物を見せてやる必要があるようだな)


 俺の中に眠る、剣への渇望が鎌首をもたげた。

 一歳児という殻に閉じ込められて以来、俺の魂は常に飢えていた。かつて俺の分身であった愛剣はここにはないが、目の前には「剣」の形をした木片がある。

 あれを、一度でいい。この小さな手で、あの感覚を再現したい。


「よし。シオン、今日はここまでだ。休憩にしよう」


 ゼフの声が聞こえた。

 シオンは「はーい!」と元気よく返事をし、汗を拭うためにエリナの元へ駆け寄る。

 地面に置かれた、一本の短い木刀。子供用とはいえ、今の俺の身長ほどの長さがある。


(……今だ)


 俺は縁側から飛び降りた。

 魔力で着地の衝撃を殺し、音もなく芝生を踏みしめる。

 ヨチヨチと、無害な幼女を装いながら、獲物へと接近する。

 ゼフはエリナと何やら談笑しており、こちらを見ていない。シオンも麦茶を飲むのに夢中だ。


 俺は木刀の前に立った。

 近くで見れば、やはりデカい。そして、重そうだ。

 普通の赤ん坊なら、持ち上げることすら叶うまい。だが、俺の血管を流れるのは、放出できない代わりに肉体を極限まで変質させる、超高密度の魔力。


(纏え……。俺の意志を、この細い腕に。……剣聖の誇りを、この掌に!)


 ギュッ、と俺は木刀の柄を掴んだ。

 瞬間、俺の意識から「赤ん坊のリリア」が消え、「剣聖アルス」が降臨した。

 魔力が俺の肉体と木刀を一本の線で繋ぎ、一体化させる。

 ズシリとした重みが心地よい。……ああ、これだ。この重み、この肌触り。これこそが、俺が生きる理由だった。


「……リ、リリア?」


 背後で、シオンが呆然とした声を上げた。

 ゼフも異変に気づき、振り返る。


「リリア!? 危ないよ、それは重いから……」


 ゼフが駆け寄ろうとする。

 だが、遅い。

 俺はすでに、呼吸を整えていた。

 一歳児の小さな体。だが、重心は完璧に地に根ざしている。

 俺は木刀を、正眼に構えた。


(……見ていろ。これが、貴様らが忘れた『神速』の正体だ)


 ドンッ、と俺の内側で魔力が爆縮した。

 放たれることのないエネルギーが、俺の全身の細胞を音速の領域まで無理やり引き上げる。

 

 ――閃。


 空間が、一瞬だけ裂けた。

 空を切る「ブン」という音すら置き去りにし、ただ「ヒュッ」という鋭い風切り音が一つ、庭園に響き渡った。

 俺が振り下ろした木刀の軌跡に沿って、目に見えない衝撃波が芝生を左右に割り、その先にある小さな木々の葉を一斉に散らした。


 一撃。

 ただの一撃。

 だが、そこには迷いも、無駄も、妥協も存在しなかった。

 

 俺は残心と共に、ゆっくりと剣を収める動作をした(実際には鞘がないので腰のあたりで止めただけだが)。

 全身から湯気が出るような、凄まじい熱量を感じる。

 一歳児の心臓が早鐘を打ち、魔力の反動で視界が僅かに暗くなる。……やはり、今の肉体でこれを行うのは少々無理があったか。


 庭園は、静寂に包まれた。

 ゼフは、差し出した手の形のまま固まっている。

 シオンは、麦茶のカップを落とし、口を半開きにしている。

 エリナだけが、目を細めて俺の足元に集まった魔力の残滓ざんしを見つめていた。


「…………な……」


 ゼフの口から、掠れた声が漏れた。

 彼の目は、もはや親バカのものではなかった。かつての宿敵、王国最強の盾としての冷徹な観察眼が、俺の立ち姿を一瞬で解剖したのだ。


「今の……一振り……。あり得ない……。重心の移動、魔力の収束、そして何より……あの断ち切るような意志の力……。あれは……」


 ゼフの顔が、驚愕から戦慄へ、そして――。


「……リリア、たん……?」


 再び、親バカへと急速冷凍された。

 

「……ああああああああああっ!! ダメだよリリア! 危ないじゃないか!!」


 ゼフは弾かれたように突進してくると、俺の手から木刀をもぎ取るように奪い取った。


「こんな重いものを持って、もし足に落としたらどうするんだ! それに今の振り、あんなに全身の力を使ったら、可愛い関節が外れちゃうかもしれないだろう!? ああ、神よ! リリア、どこか痛いところはないかい!? パパが悪かった、出しっぱなしにするなんて!」


(……は? 関節? 怪我?)


 ゼフは俺をひょいと抱き上げると、俺の体をくまなくチェックし始めた。

 シオンも興奮して駆け寄ってくる。


「すごかった! 今の、すごかったよリリア! 僕にも教えて! あの『シュッ』ってやつ、どうやったの!?」


「シオンもダメだ! リリアにこんな物騒なものを持たせちゃいけない! リリアはまだ一歳なんだぞ! 剣の稽古なんて十年……いや、二十年早い!」


(……二十年!? 正気か、この男!?)


 俺はゼフの腕の中でもがいた。

 俺の至高の一振り。それを「危険な遊び」として片付けられた屈辱。

 返せ。その木刀を返せ。俺はまだ、パパの守備を崩すための次の型を試していないんだ。


「ダメダメ。木刀はパパが預かっておきます。リリアには、もっとこう、安全な……そうだ、この柔らかいコットンのぬいぐるみで遊ぼうね。ほら、うさぎさんだよぉ〜」


 ゼフが差し出してきたのは、耳の長い、ピンク色のフワフワした物体だった。

 ……ふざけるな。俺の魂に何を突きつけている。


(……アルス、いや、リリア。落ち着け。……ここでキレて魔法(肉体強化)で屋敷を破壊すれば、修行どころではなくなる)


 俺は自分を必死に宥め、脱力した。

 ゼフは俺が大人しくなったのを見て、安堵の表情を浮かべる。


「よしよし、いい子だねリリア。剣なんて危ないものは、パパが全部遠ざけてあげるからね。お前はただ、可愛く微笑んでいればいいんだよ」


(……遠ざける? 俺から剣を奪うというのか?)


 俺はゼフの胸板をペチペチと叩き、精一杯の呪詛(という名のバブバブ)を吐きかけた。

 奪えるものなら奪ってみろ。

 俺はこの屋敷のどこに剣が隠されようとも、必ず見つけ出し、奪い取ってやる。

 

「……それにしても、ゼフ。今のリリアの一振り……あなた、どう思った?」


 エリナが、静かに尋ねた。

 ゼフは俺を抱いたまま、一瞬だけ真剣な表情に戻り、地面に刻まれた微かな衝撃の跡を見つめた。


「……正直、ゾッとしたよ。才能なんて言葉じゃ足りない。……あの一瞬、リリアの中に、僕が昔知っていた『恐ろしい男』の面影を見た気がしたんだ」


 ゼフの腕に、微かな力がこもる。


「だからこそ、僕はリリアを剣の道には入れたくない。あんな風に、全てを斬り捨てて生きるような世界に、この子を置いておきたくないんだ」


(……ゼフ、貴様……)


 宿敵の、意外な本音。

 俺を否定しているのではない。俺を慈しむがゆえの、拒絶。

 

 だが、悪いな。

 俺の魂は、すでに剣に染まりきっている。

 貴様がどれほど隠そうとも、俺は俺の道を進む。


「だぁー! ばぶぅ!(木刀を返せ、この過保護親父!)」


「ははは、リリアはうさぎさんが気に入ったみたいだね! 良かった良かった!」


 噛み合わない対話。

 俺の「剣」は没収され、代わりに「ピンクのうさぎ」が俺の相棒となった。

 

 だが、俺は諦めない。

 木刀がダメなら、別のものを探すまでだ。

 

 元剣聖の再起をかけた「武器奪還作戦」。

 一歳児リリアの戦いは、まだ始まったばかりだった。

 俺は手の中のうさぎの耳をギュッと握りしめ、いつかゼフの腰に差してある本物の剣を奪い取ってやることを、密かに誓うのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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