第四十四話:凱旋!学園の支配者は冬休みに突入!?
王宮の正門を魔法銀の塵に変え、国王陛下を物理的かつ精神的に完全に平伏させた、あの盛大なお掃除から数日後。私、リリア・ハルトマンは、再び王立アカデミーの土を踏んでおりました。
正面ゲートを潜った瞬間に広がっていた光景は、私が王宮へ向かう前とは劇的に、そして異様な方向へと変化を遂げておりました。
「リリア様がお戻りになられたぞ! 全員、直ちに道を空けろ! 直視は禁じられている、頭を垂れて祈りを捧げなさい!」
私が廊下を歩み進めるたびに、すれ違うはずの生徒たちがモーセの十戒のごとく左右に分かれ、一斉に大理石の床へ額を擦り付けます。
教師陣に至っては、壁際に張り付きながら震える手で何かの聖印を切り、私の通過をただ嵐が過ぎ去るのを待つように耐え忍んでおりました。
どうやら、私が王宮でどのような「清掃活動」を行ったかという情報が、カイル兄様の意図的かつ巧妙な情報操作によって、尾ヒレどころか巨大な竜の翼まで付いた状態で学園中に広まりきっているようです。
一瞥しただけで近衛騎士千人を蒸発させたとか、覇気だけで王宮の玉座を粉砕して国王を奴隷にしたとか。
事実はもっと優雅に、かつ平和的にお掃除して差し上げただけですのに、噂というものは実に恐ろしいものですわね。
「……やれやれ。皆様、私がいないほんの数日の間に、随分と信心深くなったようですわ。テオの神聖さを理解し始めたのなら、悪くはありませんけれど」
私が純白の扇を優雅にパタパタと仰ぎながら自室の扉を開けると、そこには既にハルトマン領への帰還に向けた荷造りを完璧に、いえ、異常なまでの過剰さで終えたアイリスの姿がありました。
さらに部屋の中央では、もはやテオ教の筆頭司祭と化したセレスティア様とベアトリス様が、私を待ち構えるように控えておりました。
「リリア様! お帰りなさいませ! 王宮の粗大ゴミ処理、誠にお見事でございましたわ! 冬休みの移動準備は、馬車十台分の貢ぎ物と共に完全に整っております!」
アイリスが興奮で鼻息を荒くしながら報告すると、続いてセレスティア様が恍惚とした、どこか焦点の合っていない表情で語りかけてきました。
「ああ、リリア様……。私たちは、貴女様が王宮から無事にお戻りになられるまで、一睡もせずにこちらのテオドール様の神聖なる肖像画に向かって祈りを捧げておりました。あの方の放つ後光は、もはや王国の守護聖人として大聖堂に祀られるべきレベルですわ!」
「セレスティア様、落ち着きなさい。テオをそのような、カビの生えた胡散臭い神話の偶像と一緒にしないでくださる? あの子は、それよりも遥かに高貴で、実在する至高の天使なのですから」
私が極寒の一瞥をくれると、二人は「ひぃっ、失礼いたしましたぁ!」と、なぜか喜び勇んで平伏しました。どうやら彼女たちの精神構造も、ハルトマン家の常識に順応しつつあるようですわね。
さて、いよいよ明日からは、待ちに待った冬休みの始まりです。学園という名の退屈な箱庭を離れ、私は愛しきテオと四六時中、一時も離れることなく一緒にいられる至福の時を過ごすことができるのです。
そのための、テオへの貢ぎ物もといお土産は、王宮の宝物庫から合法的に徴収した最高級の魔導布地や、国王から涙ながらに譲り受けた伝説の魔導玩具など、馬車数台分にも及んでおりました。
「リリア。冬休みの領地への移動経路の警備だけど、念のために王国の第一から第三騎士団を無給で総動員して、街道周辺の全魔物を事前に絶滅させておいたよ。テオドールが馬車の窓の外を見た時、醜い魔物の死骸で碧眼を汚さないようにね」
部屋に入ってきたカイル兄様が、眼鏡を光らせながら涼しい顔でとんでもない国家権力の私物化を報告してきました。
「カイル兄様、素晴らしい配慮ですわ。ですが、騎士団の連中が汗臭い匂いを街道に残していないでしょうね? テオの繊細な嗅覚に障るようなら、街道ごと土を入れ替えますけれど」
「抜かりはないよ。彼らには無臭化の魔法を強制的にかけさせてあるからね。それに、シオン兄さんも、テオのそり遊びのために領地の山を一つ丸ごと切り崩して、世界最大級の滑り台に改造している最中らしいよ」
「あら、シオン兄様ったら。山を一つ崩すだなんて、テオを喜ばせるにはいささか規模が小さすぎませんこと? まあ、手始めとしては妥協して差し上げますわ。お父様はいかがなさいまして?」
「父上は、テオドールに『パパはあの偉そうな王様よりも遥かに偉くて強いんだぞ』と自慢するための演説劇の予行演習に余念がないよ。……カレンがその横で、王宮から奪ってきたフルーツを全部平らげているけどね」
皆様、相変わらず極端で頭のネジが数本吹き飛んでおりますわね。まあ、テオが喜ぶのであれば、山の一つや二つ、国の一つや二つ、好きに改変すればよろしいのです。
私は窓の外を眺めました。学園の喧騒や、生徒たちの恐れおののく気配は、もはや私の耳には一切届きません。
私の心は既に、雪降る領地の屋敷で私を待っているであろう、ミルクと幸福の香りがする小さな天使の元へと飛んでおりました。
テオ。お姉様は、この学園という場所で、あなたが将来いかなる不自由もしないための絶対的な権力基盤をすべて整え終えました。これからは、誰に遠慮することも、誰の目を気にすることもなく、ただひたすらにあなたを甘やかし、愛でて差し上げますわよ。
窓ガラスに映る私の紫の瞳には、かつて戦場を統べた剣聖としての冷徹さは微塵もなく、ただ弟を想う底なしの、そして狂気的なまでに深い慈愛だけが満ち溢れておりました。
ハルトマンの絶対序列。それは、学園というコミュニティにおいて不可侵の神域として完全に確立されました。私は満を持して、真の聖域である実家へと凱旋するのです。
「さあ、出発いたしましょうか。アイリス、忘れ物はありませんわね? テオが私の顔を忘れてしまう前に、一秒でも早く帰りましょう。馬車の速度は、音速を超えて構いませんわよ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。
次回お楽しみに。




