第四十話:対決!兄と野生児の真剣勝負!?
カレンをハルトマン邸に迎えてから三日が経過しました。アイリスによる徹底した洗浄と、私による厳しい姿勢矯正を経て、彼女はようやく人間らしい外見を手に入れました。ですが、その本性は未だに、空腹に忠実な小動物のままです。
そんな彼女の存在を、ハルトマン家の男性陣が黙って見過ごすはずもありません。屋敷の訓練場には、不機嫌そうに木剣を構えるシオン兄様と、それを見守るお父様の姿がありました。
「おい、野生児。テオの隣を歩くということが、どれほどの重責か分かっているのか?」
シオン兄様が練習用の木剣を向け、威圧するように問いかけました。その背後でお父様も、そうだ、テオ君の遊び相手を自称するなら、まずは我ら親子の壁を越えてもらわねばな、と無駄に高い熱量で鼻息を荒くしています。
「……よくわかんねーけど、あんたを倒せば飯が豪華になるのか?」
カレンは、アイリスに無理やり着せられたメイド服の裾を気にしながら、ひょいと足元に落ちていた木の枝を拾い上げました。構えも何もない、ただ突っ立っているだけの無防備な姿です。
ですが、私の元剣聖としての目は、彼女の筋肉の微かな弛緩と、大地の震動を捉える足裏の感触を見逃しませんでした。彼女は無意識のうちに、最も効率的に動ける重心を保っているのです。
「シオン兄様、本気でやりなさい。手を抜けば、貴方が恥をかきますわよ」
「リリア、何を……。いくらなんでも、ただの少女相手に――」
シオン兄様が言いかけた、その刹那でした。カレンの姿が、かき消えました。
「な……っ!?」
次の瞬間、シオン兄様の喉元には、カレンが拾った木の枝がぴたりと突きつけられていました。魔力による加速ではありません。純粋な肉体のバネと、獲物の隙を突く野生の本能。それは、私がかつての戦場で出会った一流の暗殺者たちにも通じる動きでした。
「……あ。捕まえた。これで、肉、増やしてくれんのか?」
「……お、おのれぇ! 今のは不意打ちだ! もう一度だ!」
顔を真っ赤にしたシオン兄様が、再び構え直しました。しかし、何度繰り返しても、カレンの理屈を超えた動きに翻弄され、兄様の闘気は空を切るばかりです。それを見守るカイル兄様も、彼女は脳筋の予感だが筋は良い、と冷静に分析し、アイリスに至っては、彼女は埃を仕留める際の目つきが本物ですわ、と独自の視点で評価を下していました。
「かねん! かねん、しゅごーい! ぱちぱちー!」
訓練場にテオの明るい声が響きました。トコトコと駆け寄ってきたテオがカレンのスカートを握ると、カレンは照れくさそうに、あ、チビ、見てたか、と呟きテオの頭を優しく撫でました。その瞬間、テオ君が一度も俺を褒めてくれたことのない言葉をあんな野生児に、とお父様が血涙を流して崩れ落ちました。
「お父様、見苦しいですわ。……カレン、合格です。今日から貴女を、ハルトマン家専属のテオドール様警護見習いとして正式に雇用します」
私はカレンの前に立ち、その瞳の奥に剣聖としての重圧を少しだけ叩き込みました。
「ただし、テオを傷つけるような兆候を見せれば、その時は私が貴女を塵のように処理して差し上げますわ。よろしいかしら?」
「……あんた、一番ヤバい。わかった。あいつのことは、私が守る。飯のためにな」
カレンは恐怖に震えながらも、真っ直ぐに私の目を見返しました。その欲に忠実な目は、今のところ信頼に値するでしょう。
(テオ、良かったですね。あなたには私のような完成された強者だけでなく、こういう泥臭い強さも必要です。さあ、これから賑やかになりますわよ)
私は、テオとカレンが戯れる姿を、氷のように冷徹で、しかし暖炉のように温かい眼差しで見守り、次なる教育プログラムを練り上げるのでした。
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次回お楽しみに。




