第三十八話:接近!はらぺこな野生児初登場!?
王都の北側に位置する精霊の憩い公園は、四季折々の花が咲き乱れ、貴族から平民までが子供を連れて訪れる、王都で最も平和な社交場の一つのはずでした。ですが、本日のこの場所は、平和とは程遠い軍事的な緊張感に包まれておりました。
「全機、配置につけ! リリアとテオ君の周囲半径百メートル以内には、風の一吹きさえも無断で通すな!」
お父様が公園の入口で、近衛騎士団さながらの鋭い眼光を放ちながら号令を下しました。その後ろでは、武装したハルトマン家の私兵たちが一糸乱れぬ動きで展開していきます。
「リリア、安心していいよ。テオが遊ぶ予定の砂場は、既に魔導索敵班が一センチ単位で地質調査を終えている。鋭利な石も、不潔な微生物も、すべて排除済みだ」
カイル兄様が魔法端末を操作しながら無機質に告げましたが、その安心という言葉の使い方は、一般常識とは大きく乖離しているように思えます。私は溜息を吐きながら、テオの小さな手を握り、ゆっくりと歩みを進めました。
「……皆様、落ち着きなさいな。私はただ、テオに普通のお外遊びを経験させてあげたいだけですのよ。そんなに殺気を振り撒いては、鳥の一羽も寄り付きませんわ」
私たちが一歩踏み出すたびに、楽しそうに遊んでいた一般の親子連れが、本能的な恐怖で一斉に道を空けていきます。その光景は、もはやお散歩ではなく、覇者の巡幸そのものでした。
「あな、きれー!」
テオが噴水の近くに咲く色鮮やかな花を指差して、無邪気に笑いました。
「見たか、シオン! 今、テオ君が花を……。なんて慈悲深い眼差しなんだ。あの花は今、神の祝福を受けたに等しいぞ、ううっ!」
「ああ、父上。テオのあの笑顔を守るためなら、俺はこの公園の維持費を百年分前払いしてもいい!」
背後で膝をつき、感極まって涙を流す男たちを無視し、私はテオを柔らかい芝生の上に座らせました。私が指先を軽く鳴らすと、周囲の空気が微かに歪み、テオの周囲にだけ不純物を一切通さない絶対的な浄化領域が形成されます。
すると、その時でした。大きな樫の木の影から、一人の少女がひょっこりと顔を出しました。ボロボロの服を着ていますが、その瞳には野性味溢れる強い光が宿っています。少女は、周囲の家族が放つ絶望的なプレッシャーを無視して、真っ直ぐにテオへと歩み寄ってきました。
「……不審者か? リリア様の聖域に足を踏み入れるとは、消去しますわよ!」
アイリスが短剣に手をかけようとした瞬間、私は扇を広げて彼女を制しました。
「待ちたまえ、アイリス。あの子、魔力を持っていませんが、この重圧の中で平然と歩けるとは、面白い子ですわ」
少女はテオの目の前で止まると、汚れた手で一輪の野花を差し出しました。
「……これ、やる」
「あぅ! おはな、ありがとー!」
テオが満面の笑みでお花を受け取り、少女の手をぎゅっと握りました。その瞬間、お父様とシオン兄様から放たれる殺気が臨界点を突破しましたが、私はあえて何も言わず、その微笑ましいやり取りを見つめました。
「貴女、お名前は?」
「……カレン。おなかすいた」
どうやらテオの初めてのお友達候補は、食欲旺盛な野生児のようです。
(ふふ。テオ、あなたにはこういう予測不能な要素も必要かもしれませんわね。もちろん、後で私がじっくりと身辺調査させていただきますけれど)
王都の平和な公園に、新たな嵐の予感が芽生えた瞬間でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。
次回お楽しみに。




