第三十七話:感涙!日常の風景!?
テオの「寂しい爆発」によって半壊したハルトマン邸でしたが、王国最強の盾、伝説の魔女、そして次世代のエリートたちが揃えば、修復など造作もありません。翌朝には、魔法と物理的重圧によって強引に繋ぎ合わされた壁が、以前よりもさらに強固な輝きを放っておりました。
ですが、問題は建物の強度ではなく、その中に渦巻く過保護の密度にありました。
「……ふぅ。テオ、おはようございます。今日もあなたの寝顔は、世界の理を書き換えるほどに慈悲深い美しさですわね」
私がテオの天蓋付きベビーベッドの傍らで、あの子の頬を指先で愛でていた、その時です。
「――待てリリア! 今朝のテオ君の『お召し替え』は、この父、ゼフ・ハルトマンが仰せつかる!」
轟音と共に扉が開き、白銀の甲冑を鳴らしてお父様が突進してきました。その手には、王室御用達の職人が三日三晩不眠不休で織り上げたという、金糸入りの特製ベビー服が握られています。
お父様が提示したのは、物理防御力を極限まで高め、将来の王としての威厳を養うための金糸スーツ。対してお母様は、汚れや細菌を瞬時に次元の彼方へ消去する古代魔導の自動洗浄ロンパースを準備しておりました。そして私は、自分の魔力で保護しつつ、抱き心地と精神安定を最優先した、姉の愛が編み込まれた極軟シルクの一着を用意していたのです。
「お父様。その硬そうな服をテオに着せるおつもり? あの子の肌は、朝露に濡れた花弁よりも繊細なのですわよ。そのような野蛮な布、私が許しませんわ」
「野蛮だと!? これは北方の希少な羊の産毛から取った最高級品だぞ! これを着れば、テオ君がハイハイで壁を突き破っても怪我一つしない!」
「壁を突き破る前提なのが既に間違いですわ。……アイリス、例のものを」
影から現れたアイリスが、神々しく光り輝く純白の衣を捧げ持ちました。私が学園で夜な夜な、テオへの想いを込めて編み上げた、魔力伝導率が極めて高い究極の部屋着です。
「……お父様。どいてくださる? 私が今から、テオを完璧な幸福で包んで差し上げますから」
「ぬぉぉぉ! ならば力ずくでも! テオ君にパパの威厳を教えるのだ!」
お父様が放つ王国最強の闘気と、私が放つ元剣聖の冷徹な重圧が狭い子供部屋で正面衝突しました。空間がミシミシと軋み、窓ガラスに微かな亀裂が入ります。
「あうぅ?」
その時。嵐の中心で、テオが眠たげな碧眼を開け、小さく首を傾げました。
瞬間、猛り狂っていた二つの怪物の気配が、一瞬にして消失しました。お父様は「テオ君が……テオ君が俺を見たぁぁ!」と膝から崩れ落ちて号泣し、私は音もなくテオを抱き上げ、その香ばしい首筋を深く吸い込みました。
「……ふふ。やはり、私がお着替えさせてあげるのが一番ですわね。ね、テオ?」
結局、その後の朝食の時間も落ち着くことはありませんでした。テオがスプーンを握るたびに、周囲で護衛の騎士たちが感動のあまり咽び泣き、テオがスープをこぼせば、お母様がそれを芸術的な配置だとして魔法でそのまま絵画として保存しようと試みます。シオン兄様に至っては、テオと剣の稽古と称したお馬さんごっこに興じ、家の床をまた数枚破壊しておりました。
そんな、あまりにもハルトマン家らしい過剰で平穏な時間が過ぎていくのでした。
(学園での静寂も悪くありませんでしたが……。やはり、この理不尽なまでの愛に満ちた混沌こそが、私の守るべき聖域ですわね)
私は、テオの柔らかな手を取り、この平穏を乱すものがいれば、たとえ神であろうと、王家であろうと、その血の一滴までお掃除して差し上げることを、改めて心に誓うのでした。




