第三十六話:帰還!実家崩壊の危機を救うのは姉の抱擁!?
王宮魔導師団の精鋭たちが、私の「深淵」を垣間見て精神を崩壊させた直後。
私の左腕の銀のブレスレットが、これまでにない激しさで熱を帯び、真っ赤な警告の光を放ち始めました。
「――っ、いけませんわ! テオの『寂しい爆発』が、ついにハルトマン邸の防衛結界の許容量を超えましたわ!!」
脳裏に響くのは、あの子の悲痛な叫びと、メキメキと建物の骨組みが折れる不吉な音。
もはや、遠隔の子守唄(魔力同調)で誤魔化せる段階は過ぎ去りました。
「お父様! お母様! 兄様たち!! いつまでそこで油を売っていらっしゃるの! 今すぐ領地へ戻りますわよ!!」
私の凛とした怒声が学園中に響き渡りました。
事務局の前で抗議者たちを平伏させていた家族たちが、弾かれたようにこちらを振り返ります。
「リ、リリアたん!? どうしたんだ、そんなに血相を変えて――」
「お父様、黙りなさい! テオですわ! あなたたちが揃いも揃って私を追いかけてきたせいで、あの子の孤独が臨界点に達しましたわ! 今すぐ戻らなければ、私たちの帰る場所は『ハルトマン更地』になりますわよ!!」
「「「「な、なんだってーーー!!?」」」」
家族全員の顔から、余裕の色が消え失せました。
テオの規格外の魔力は、彼らが一番よく知っています。あの怪童が本気で「嫌だ!」と地団太を踏めば、一国が沈みかねないことを。
「カイル兄様、空間転移の座標指定を! お母様、増幅を! シオン兄様とお父様は、到着と同時にテオの放つ衝撃波を物理的に受け止める準備をなさい!!」
「了解だ!」「リリア、私に任せなさい!」「おうっ! 俺の体を盾にしてでもテオを止めてやる!!」
学園の規則? 王家への報告? そんなものは知ったことではありません。
今、この瞬間において、ハルトマン家の最優先事項は「テオの機嫌」の一点のみ。
お母様が扇を広げ、カイル兄様が数千の魔導数式を虚空に展開します。
眩い光が私たちを包み込み、次の瞬間――。
――ドォォォォォォン!!
視界が開けた先は、地獄絵図でした。
王国有数の堅牢さを誇ったハルトマン邸は、屋根の半分が消失し、庭園の百合の花は衝撃波で粉々に散り、中央の広間では、黄金のオーラを全身から噴き上げたテオドールという名の「歩く災厄」が、真っ赤な顔をして叫んでおりました。
『ねえね……! ねえね、どこぉぉぉーーーー!! ぶわぁぁぁーーーーっ!!』
テオが腕を振り回すたびに、真空の刃が走り、残っていた壁がチーズのように切り裂かれます。執事や侍女たちが、必死に結界を維持しながら隅で震えておりました。
「テオ!! お父様が帰ったぞぉぉー!!」
「テオ君、パパですよ! ほら、高い高いを――ぐおぉぉっ!?」
不用意に近づいたお父様が、テオの無意識の斥力によって一瞬で壁まで吹き飛ばされました。王国最強の『盾』をもってしても、寂しさに荒ぶる幼児の魔力は防ぎきれません。
「お父様、どきなさい! 余計に事態が悪化しますわ!!」
私は、飛んでくる瓦礫や魔力の礫を、歩法一つで優雅に回避しながら、嵐の中心へと進みました。
ガガガガッ!!
私のドレスの裾を掠める黄金の雷。ですが、私は眉一つ動かしません。
かつての剣聖アルスとして培った、あらゆる事象を「見切る」瞳。そして、リリア・ハルトマンとして育て上げた、無窮の慈愛。
「テオ。……お姉様ですよ」
私は、荒れ狂う黄金のオーラの中へと、迷わず飛び込みました。
『……ぁ……。ねえね……?』
テオが、涙に濡れた碧眼を上げました。
私は、あの子の小さな、しかし膨大な熱量を放つ体を、力いっぱい抱きしめました。
――ッ!!
その瞬間、世界から激動が消え去りました。
テオから放たれていた破壊の魔力が、私の体に触れた瞬間、温かな光へと浄化され、霧散していきます。
「ごめんなさい、テオ。……寂しかったわね。でも、もう大丈夫。お姉様はどこへも行きませんわ」
私はテオの柔らかい首筋に顔を埋め、あの子のミルクの香りを深く吸い込みました。
『……ねえね。……ねえね。……あうぅ……』
テオは、私の胸の中でしゃくり上げながら、小さな手で私の服をぎゅっと握りしめました。
あんなに世界を壊さんばかりだった「災厄」が、私の腕の中では、ただの甘えん坊な弟に戻っていく。
静寂。
崩壊した広間に、テオの穏やかな寝息だけが響き始めました。
「……ふぅ。これで一安心ですわね」
私が顔を上げると、そこには瓦礫の中から這い出してきたお父様や、涙を拭うお母様、そして安堵で座り込む兄様たちの姿がありました。
「リリアたん……。お前が、お前こそがハルトマン家の真の守護神だ……っ!」
「お父様。……とりあえず、この惨状をどうにかしてください。テオが起きたとき、家が壊れているのを見たら、また悲しんでしまいますわ」
私は、腕の中の「世界の宝」を揺らしながら、冷徹な(しかし口元は緩んだ)命令を下しました。
ハルトマンの絶対序列。
それは、世界を滅ぼしかねない最強の幼児を、たった一度の「抱擁」で鎮めることができる唯一の存在――リリア・ハルトマンが頂点であることを、家族全員が(そして崩壊した屋敷が)改めて思い知らされたのでした。
(……テオ。もう離しませんわ。学園など、あなたの寝顔に比べれば、ただの砂利遊びに過ぎませんもの)
私は、まだ鼻をすすっている天使のような弟を抱いたまま、冬休みを前倒しで満喫することを心に誓うのでした。
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次回お楽しみに。




