第三十五話:露呈!漏れ出す片鱗は絶望を呼ぶ!?
五人の特待生騎士を「歩行の余波」だけで石畳に沈めた私は、埃一つついていないドレスの裾を翻し、足早に演習場の出口へと向かいました。
「……急がねば。テオ。聞こえますか、お姉様ですよ。……っ、あの子の『寂しい』の波長が強まっていますわ。今すぐ寮に戻り、精神統一して遠隔子守歌の出力を最大にしなければ……」
私の意識の九割九分は、遥か彼方の領地でシャンデリアを破壊し尽くし、次は庭園の噴水を更地にしようとしている愛しき弟に向けられていました。
背後からアイリスが編みかけのマフラーと荷物を抱えて小走りでついてきます。
「リリア様! お待ちになって! ああ、その背中から漂う『一刻も早く弟君の元へ魂を飛ばしたい』という焦燥感すら、絵画のように美しいですわ!」
私がアイリスの賛美を聞き流し、角を曲がろうとした、その時でした。
――ヒュンッ! ドォォォン!!
私の眼前に、突如として巨大な火球が着弾し、爆発しました。
石畳が砕け、熱風が舞い上がります。とっさに展開した防御結界でドレスへの被害は防ぎましたが、私の足は止められてしまいました。
「……誰ですの。私の貴重な時間を奪う不届き者は」
私が冷徹な視線を向けると、爆煙の向こうから、深紅のローブを纏った数人の男たちが現れました。彼らの胸には、王家の紋章と、魔導師団の精鋭であることを示す金の刺繍が輝いています。
「そこまでだ、リリア・ハルトマン。我々は王宮魔導師団、第一部隊。ジュリアン殿下への不敬、および学園内での度重なる暴挙の罪により、貴様を拘束する」
先頭に立つ男が、杖を突きつけて尊大に告げました。どうやら、アイリスに「お掃除」された王子の後ろ盾となっていた派閥の幹部たちのようです。彼らの目には、私の力が「ハルトマン家の違法な魔道具によるもの」としか映っていないのでしょう。
「……拘束? 貴方たち、今が何時だと思っているのですか? テオの機嫌が最も損なわれやすい黄昏時ですわよ?」
「問答無用! 抵抗すれば、実力行使も辞さぬ!」
男たちが一斉に詠唱を始めました。
――ピシッ。
その瞬間。
私の左手首の銀のブレスレットから、微かな亀裂音が響きました。
彼らの魔力干渉によって、テオと私の精神を繋いでいた「子守りのリンク」が、一瞬だけ途絶えてしまったのです。
(……あっ)
私の脳裏に、遠い領地で、不安げに虚空を見上げ、そして次の瞬間に顔をくしゃくしゃにして泣き叫ぶテオの姿が浮かびました。
『……ねぇね? ねえね、きえちゃった……? やだ、やだぁぁぁぁーーーーっ!!』
ドォォォォォン!!
領地のハルトマン邸が、テオの悲しみの大爆発によって物理的に半壊する映像が、私の脳裏に鮮明に焼き付きました。
「…………」
世界から、音が消えました。
私の周囲の大気が、絶対零度を超えて、物理法則そのものを凍結させました。
「……おい、なんだこの魔力は……!? 詠唱が、うまくできない……っ!?」
「空気が……重い……。息が、できない……っ!」
魔導師団の男たちが、突然の異変に杖を取り落とし、喉をかきむしり始めました。
私はゆっくりと、彼らの方へ向き直りました。
扇で口元を隠す必要さえ感じませんでした。
私の紫の瞳は、もはや人の色をしてはいませんでした。それは、数多の戦場を血で染め、理すら斬り裂いてきた「剣聖の深淵」そのもの。
「……貴方たち。やってしまいましたわね」
私の声は、鼓膜ではなく、彼らの脳髄に直接響く「呪詛」となって突き刺さりました。
「私のテオを……。私の愛しい弟を、泣かせましたわね?」
――ゾワリ。
男たちの全身の毛穴が開きました。
私が一歩踏み出した瞬間、彼らの視界が暗転し、強制的に「別の場所」へと引きずり込まれました。
そこは、見渡す限りの荒野。
大地には、数え切れないほどの折れた剣が墓標のように突き刺さり、空は血の色に染まっています。
彼らは理解しました。ここは、目の前の少女が前世で築き上げてきた「死の心象風景」。彼女が斬り伏せてきた、数万の英雄たちの魂の残骸が漂う場所。
「ひ、ひいぃぃっ!? な、なんだここは……っ!?」
「たすけて……たすけてくれぇぇぇっ!!」
彼らは逃げようとしましたが、足が動きません。
そして、彼らは「視て」しまいました。
剣の丘の頂上に立つ、一人の影を。
それはドレス姿の少女ではありませんでした。
全身に返り血を浴び、ボロボロの外套を羽織り、虚ろな瞳でただ「次なる獲物」を探している、伝説の剣聖アルスの姿。
その影が、ゆっくりと彼らを見下ろし、ニィッ……と笑いました。
「……『邪魔だ』」
たった一言。
その言葉が放たれた瞬間、精神世界の中で、彼らの魂は無数の見えない刃によって寸断され、ミンチのように切り刻まれました。
――パリンッ。
現実世界で、何かが砕ける音がしました。
それは、王宮魔導師団の精鋭たる彼らの「精神」が崩壊した音でした。
「あ……あ、あばば……。け、けんが……血が……くるな、くるなぁぁぁっ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさいぃぃっ! もう二度と、魔法なんて使いませんからぁぁぁっ!!」
男たちは、白目を剥いてその場に倒れ伏し、涎を垂らしながら幼児退行したように泣き叫び始めました。彼らのプライドも、魔導師としての未来も、私の「片鱗」を覗いてしまった代償として、永遠に失われたのです。
「……ふん。脆い精神ですこと。この程度の『殺意』で壊れてしまうとは」
私は冷徹に彼らを見下ろし、再びブレスレットに意識を集中しました。
(テオ! お姉様ですよ! ごめんなさい、少し悪い虫を追い払っていただけですわ! すぐに戻りますから、泣かないで!)
私は再び足早に歩き始めました。
背後では、アイリスが失神した魔導師たちを踏みつけながら、恍惚とした表情で叫んでおりました。
「見ましたわ……! 私、見ましたわリリア様! あの深淵、あの絶対的な死の具現化! ああ、あれこそがリリア様の真のお姿……! 一生ついていきますわぁぁぁん!!」
遠巻きに見ていた生徒や教師たちは、もはや悲鳴を上げることさえ忘れ、ただただ「触れてはいけない禁忌」を目撃した恐怖に震え上がっておりました。
ハルトマンの絶対序列。
それは、リリア・ハルトマンという少女が、ただの天才児ではなく、魂の底に「本物の怪物」を飼っているという絶望的な事実が露呈したことで、決定的なものとなったのでした。
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次回お楽しみに。




