第三十四話:蹂躙!模擬戦に剣など必要ない!?
お父様とお母様、そして兄様たちが学園の事務局前を「聖域」として占拠し、不敬な貴族たちを泥の中に平伏させてから数刻。学園内は、嵐が去った後の静寂ではなく、いつ爆発してもおかしくない火薬庫のような緊張感に包まれておりました。
「……ふぅ。テオ。聞こえますか。お姉様のこの慈愛に満ちた(必死な)魔力の波長が。……お父様たちがあまりにも思慮浅くこちらへ駆けつけてしまったせいで、貴方に寂しい思いをさせてしまって、お姉様は胸が張り裂けそうですわ」
私は、左腕の銀のブレスレットをそっと撫でました。
そこからは、遥か数千キロ離れた領地で、「ねえねもパパもいない!」と地団太を踏み、ハルトマン邸の応接間のシャンデリアを粉砕し始めたテオの、凄まじい「寂寞の奔流」が伝わってきております。
(急がねばなりません。あの子の寂しさが臨界点を超えれば、冬休みを待たずしてハルトマン家は更地になってしまいますわ……)
そんな私の焦燥を、目の前の凡夫たちは「戦いへの高揚」だと勘違いしたようです。
演習場の中央。そこには、王家支持派の最後の手駒――騎士科でも「天才」と称される特待生たち五人が、抜き身の剣を構えて立っておりました。彼らは家族の乱入という「権力の介入」に反発し、正々堂々とした模擬戦で私を屈服させることで、騎士としての矜持を示そうとしているようです。
「リリア・ハルトマン。一族の威光を傘に着た振る舞い、我ら騎士科の誇りが許さぬ。我ら五人を相手に、貴公の真の実力を見せてもらおう!」
「……騎士の誇り、ですか。それはテオの機嫌を直すよりも優先されるべき事象かしら?」
私は、手にしていた編み物を、控えていたアイリスに預けました。
武器は持ちません。ましてや、今の私には剣を振るうために割ける「意識の余裕」など、一分も残されてはいないのです。私の意識の九割は、領地のテオの精神を鎮圧するための遠隔子守りに費やされているのですから。
「剣を抜かないのか!? 我らを侮辱する気か!」
「……侮辱? いえ、これは単なる『時間の節約』ですわ。……アイリス。一分で終わらせますわよ。帰ってテオに謝罪の手紙を書かねばなりませんからね」
「御意にございます、リリア様! その不敬な輩、今すぐ塵へと還元されてくださいまし!」
私は、優雅な足取りで一歩、踏み出しました。
――ッ!!
瞬間、演習場全体の重力が増したかのような錯覚が聴衆を襲いました。
それは魔術ではありません。私がテオを鎮めるために全身から放っている「慈愛」の副産物――すなわち、元剣聖としての純粋すぎる殺気を、愛という名の重石で無理やり圧縮した結果、漏れ出した「存在の重圧」です。
「う……あ……。な、なんだ、この空気の重さは……っ!」
剣を構えていた五人の騎士が、一歩も動けずにガタガタと膝を震わせ始めました。
私はただ、彼らの間を「歩く」だけ。
私の周囲数メートルの大気は、物理的に「硬質化」し、触れるものすべてを拒絶する絶対領域となっていました。
ガキンッ、ガガガッ!!
一人の騎士が耐えきれずに放った剣撃は、私の体に届くどころか、私の周囲に展開されている「慈愛の障壁(=漏れ出た殺気の圧縮体)」に触れた瞬間、紙屑のように捻じ曲がり、粉々に砕け散りました。
「……あら。物騒な音を立てないでくださる? テオに聴かせている子守唄が乱れてしまいますわ」
私は、すれ違いざまに彼らに「視線」だけを向けました。
――ズ、ゥン。
その瞬間、五人の騎士は、見えない巨大な神の掌に押し潰されたかのように、一斉に石床へと叩きつけられました。演習場の石畳が彼らの形に窪み、その震動で観客席の生徒たちが一斉に悲鳴を上げます。
「リリアたん!! なんという、なんという慈悲なき蹂躙……っ! 手さえ触れずに敵を平伏させるその姿、まさしく美しき覇王……っ! ああ、俺も今すぐあの中に入って、その重圧を全身で浴びたい……っ!!」
観客席から鼻水を垂らして身を乗り出すお父様と、扇で口元を隠して「あら、リリア。少し『子守り』の魔力が漏れすぎですわよ」と微笑むお母様。
私は、倒れ伏した騎士たちを一瞥もすることなく、反対側の出口へと歩を進めました。
彼らのプライド、彼らの技術。そのすべてが、私の「弟への愛」という名の副産物の前では、塵ほどの価値も持たない。
「終了ですわね。……アイリス、撤収いたしますわよ。……テオ、良い子にしていなさい。お姉様は今、この学園で最も無益な時間を終わらせたところですから」
私が演習場を出た後には、もはや動くことさえできない「敗者」たちと、伝説として刻まれる新たな「蹂躙」の記憶だけが残されていました。
ハルトマンの絶対序列。
それは、剣さえも、魔術さえも必要としない。
ただ、一人の少女が「愛しき弟のために時間を惜しむ」という、その一点の意志だけで、世界は跪くしかないのだと、誰の目にも明らかになったのでした。
(テオ。……待っていてくださいね。お姉様、明日にはお父様たちを無理やり領地へ追い返して、私もすぐに後を追いますわ……)
私の紫の瞳には、倒した敵への感慨など微塵もなく、ただ遠く離れた我が家への焦燥と、溢れんばかりの姉バカな熱情だけが宿っていたのでした。
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次回お楽しみに。




