第三十三話:蜂起!不敬者は一族が許さない!?
第一王子ジュリアン殿下が、サロンの床で「己の矮小さ」に打ちひしがれ、廃人のように運び出されてから半日。学園内には、嵐の前の静けさというにはあまりに粘りつくような、不快な熱気が満ちておりました。
「……ふぅ。テオ。今日のお姉様は、マフラーの端にあなたの魔力を安定させるための『銀の刺繍』を施していますわ。これを編んでいる時だけが、唯一、私の心が平穏でいられる瞬間ですのに」
私が寄宿舎の自室で、アイリスが用意した最高級の銀糸を針に通していた、その時。
窓の外から、何百人もの怒号と、金属が擦れ合う騒がしい音が響いてまいりました。
「――リリア・ハルトマンを出せ! 王子殿下への不敬、断じて許されるものではない!」
「ハルトマン家は王国の盾にあらず、王家の権威を脅かす逆賊なり! 今すぐその首を差し出せ!」
どうやら、ジュリアン殿下を次期国王として信奉する上位貴族の師弟たちが、我慢の限界を超えて「蜂起」したようですわね。彼らは学園の事務局前を占拠し、私の退学、あるいはそれ以上の処罰を求めて気炎を上げているとのこと。
(……やれやれ。鏡を見せてあげたというのに、まだ自分の立場が理解できていない方がこれほどいらっしゃるとは。この学園の教育レベル、テオが通う頃には抜本的な改革が必要ですわね)
私が溜息をつき、編み物を置いて立ち上がろうとした瞬間。
学園全体が、これまで経験したことのないような「物理的な戦慄」に襲われました。
――ズ、ゥゥゥゥゥン。
それは地震ではありません。
圧倒的な質量を持った「意志」が、学園の門を叩き潰して侵入してきた際の余波。
「――おい。今、誰が俺の娘を『逆賊』と呼んだ?」
地平線の彼方から響くような、重厚で、かつ一切の慈悲を排した声。
学園の正門付近から、物理的な衝撃波を伴って、白銀の巨躯が歩み寄ってくるのが見えました。父ゼフ・ハルトマン。彼は既に学園の警備責任者としてここにいましたが、今、その纏っている気配は「講師」のそれではありませんでした。
お父様が一歩踏み出すたびに、石畳が円形に砕け、周囲の空気は鉄板のような重圧となって抗議者たちを地面に叩きつけます。
「俺の娘、リリアが何をした? 王子に鏡を見せてやっただけだろう? 己の醜さを知ることは教育の一環だ。それを不敬だと叫ぶ貴様らのその貧相な舌、今すぐ俺が根元から引き抜いてやろうか?」
「ひ、ひいぃっ!? ゼ、ゼフ・ハルトマン……!!」
抗議していた貴族の子女たちが、次々と腰を抜かして泥の中に這いつくばります。しかし、お父様の怒りはまだ序の口に過ぎませんでした。
「……あら。お父様、少々暑苦しすぎますわよ。もう少し『冷徹』に片付けられませんの?」
お父様の背後から、陽炎のように揺らめく空気の中から、一人の女性が姿を現しました。
麗しき知性派美女。我が家の実権を握る母、エリナ・ハルトマン。
彼女の手には、母がかつて「氷炎の魔女」と呼ばれた際、一国を一夜にして凍土に変えたという伝説の魔導媒体――ではなく、ただの淑女用の扇が握られていました。
しかし、お母様がその扇を軽く一振りした瞬間。
学園の空気が一変しました。
左半分が焼けるような熱風に、右半分が魂まで凍てつく冷気に。
二つの相反する極限の理が、お母様を中心に渦を巻き、抗議者たちの周囲を物理的に封鎖しました。
「リリアは、私の愛娘。……その子に不快な言葉を投げかける不潔な輩は、この学園には必要ありませんわ。……学園長。貴方、私の娘がこれほどまでに侮辱されているというのに、まだその椅子に座っていられるのですか?」
お母様の視線が、事務局の二階へと向けられました。
そこでは、学園長が窓枠を掴んだまま、口をパクパクと金魚のように動かして震えておりました。
「リリア!」「リリア様!!」
さらに廊下からは、兄シオン、カイル、そしてアイリスが、それぞれの武器と魔力を全開にして駆けつけてまいりました。
「リリア、安心しろ! 外の害虫どもは俺がすべて焼き払ってやる! お前の視界に一粒の塵も残さない!」
「リリア。君への抗議に参加した貴族家、既に全三十四家の経済状況と弱点を把握した。今夜中に、彼らの家門は王都から消失する。……公的にね」
シオン兄様から放たれる熱気と、カイル兄様の冷徹な言葉。
そしてアイリスが、狂気的なまでの笑顔で「リリア様の聖域を汚した罪、その命を持って償っていただきますわ!」と叫びながら、影の中で鋭利な魔力を練り上げています。
(……はぁ。お父様にお母様、そして兄様たちまで。……ハルトマン家の全戦力が、この学園という狭い鳥籠に集結してしまいましたわね)
私は窓辺からその光景を見下ろしながら、そっと額を押さえました。
階下では、王家を支持していたはずの貴族たちが、もはや抗議の内容さえ忘れ、命を乞うようにその場に平伏しておりました。ハルトマン家という「王国最強の暴力」が、一つの目的――「愛娘リリアの安寧」のために牙を剥いた時。それは国家の存亡さえ危うくするほどの、圧倒的な破壊の予感。
「……皆様。少々、やりすぎではありませんこと?」
私は、窓から優雅に身を乗り出し、階下の家族たちに声をかけました。
私の声は、騒乱の中でも凛として響き渡り、家族たちの動きをピタリと止めさせました。
「リリアたん!!」「リリア!」「リリア様!!」
全員の視線が私に集中しました。
私は淑女としての完璧な微笑みを絶やさず、しかしその紫の瞳には、かつて軍勢を統べた「剣聖」としての威厳を色濃く宿して告げました。
「不敬な方々の教育は、既に私が済ませております。……ですから、お父様もお母様も、あまりこの美しい学園を壊さないでいただけますかしら? テオが将来ここに来たとき、瓦礫の山では可哀想ですもの」
「リリアたんが……っ! 弟のために学園を守ろうとしている……っ! なんという姉愛! なんという慈悲深さ……っ!」
お父様が再び鼻水を垂らして号泣し始め、お母様も「あら、テオのためなら仕方ありませんわね」と扇を閉じました。
抗議者たちは、私の「慈悲」によって命を救われたことに気づく余裕もなく、ただただハルトマン家という名の絶対的な力の前に、己の無力さを思い知らされるばかり。
ハルトマンの絶対序列。
それは、私の指先一つで、王国最強の家族たちが世界を壊し、そして再構築するという、究極の「家族の肖像」を見せつけることで、二度と誰も逆らえない神話として学園に刻み込まれたのでした。
(テオ。……見ていましたか? あなたのために、お父様たちも少しだけお仕事をしましたよ。……さあ、悪い虫はいなくなりました。お姉様はまた、あなたへのマフラーに専念することにいたしますわ)
私は、静寂が戻り始めた(そして全員が地面に伏せている)学園を見渡し、慈愛に満ちた(周囲を戦慄させる)微笑みを浮かべるのでした。
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次回お楽しみに。




