第二十九話:心酔!ルームメイトは私の信者!?
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、昨夜の狂乱――精神世界でのテオとの甘美な密会――を浄化するように部屋を照らしておりました。
「……ふぅ。テオの魂は、あんなにも温かく、そして力強い。やはりあの子は、私が生涯を賭して守り、そして導くべき至高の宝物ですわね」
私はゆっくりとベッドから降り、乱れ一つない仕草で寝衣を整えました。一晩中、精神投射という高位術式を行っていたというのに、テオの純粋な魔力に触れたおかげで、私の身体はかつてないほどに研ぎ澄まされ、肌は真珠のような輝きを放っております。
ふと、部屋の隅に目を向ければ。
そこには、昨夜の私の「余波」に当てられ、白目を剥いて転がっていたはずのルームメイト二人の姿がありました。
「……あら。セレスティア様にベアトリス様。まだお休みになられていてもよろしかったのに」
彼女たちは、既にベッドから這い出し、なぜか床に正座をして私を見上げておりました。
その瞳は、昨日までの「蛇に睨まれた蛙」のような怯えではなく、まるで聖地を巡礼する信徒が神像を仰ぎ見るような、陶酔と狂信に満ちた輝きを湛えております。
「……リリア様。私たちは、悟りましたわ」
セレスティア様が、震える声で口を開きました。
「悟る……? 何をかしら。やはり昨夜の私の寝相が、少々騒がしすぎましたかしら?」
「いいえ! とんでもございませんわ! 昨夜、私たちは見たのです……。リリア様から溢れ出す、銀河のような煌めきと、慈愛の奔流を。……あの圧倒的な力こそが、この世界の真理。そして、その愛を一身に受けるテオドール様こそが、新時代の太陽……。私たちは、あまりに矮小な存在でしたわ」
「左様でございますわ、リリア様!」
ベアトリス様が、私の足元に膝行してまいりました。
「私たちは今まで、貴女様を『恐ろしい方』だと勘違いしておりました。……ですが、それは間違いでしたわ。貴女様は、この穢れた世界を浄化し、テオドール様という唯一の光を守護するために降臨された、現世の聖女。……私たちは、貴女様の足元に咲く名もなき花になりたいのです!」
……困りましたわね。
どうやら、昨夜の「遠隔鎮圧」と「魂の投射」の際に漏れ出した、私の元剣聖としての意志と姉バカの執念が、彼女たちの精神の防壁を完全に粉砕してしまったようです。
恐怖の限界を超えた人間は、その対象を神聖化することで精神の安定を図ると聞いたことがございますが――まさか、これほどまでに見事な「改宗」を遂げるとは。
(……まあ、いいでしょう。怯えてガタガタと震えられるよりは、こうして献身的に(勝手に)傅いてくれる方が、学園生活の『お掃除』も捗りますわ)
私は、扇を広げて口元を隠し、慈悲深い微笑みを浮かべました。
「あら。私の本質を理解していただけるとは、お二人とも、存外に鋭い感性をお持ちのようですわね。……ええ、よろしいわ。ハルトマンの絶対序列に、今日から貴女たちも加えて差し上げますわ」
「「ははっ……! ありがたき幸せに存じます、リリア様!!」」
二人は、私の足元の床に額を擦り付けました。公爵家の分家や有力商家の令嬢とは思えぬその平伏ぶりに、私は内なる剣聖としての冷徹な満足感を覚えます。
「では、早速『淑女の朝』を始めましょうか。……セレスティア様、ベアトリス様。私の信者を名乗るからには、その立ち振る舞いに一点の曇りも許されませんわよ?」
「「御意にございます!!」」
それからの朝の準備は、もはや儀式のようでした。
私が着替えを始めようとすれば、セレスティア様が「この指先一つ、リリア様の手を煩わせてはなりませんわ!」と、魔法のような手際でドレスを広げます。
私が髪を整えようとすれば、ベアトリス様が「リリア様の聖なる御髪に触れる光栄、この命に代えても果たしますわ!」と、私の背後で震える手でブラシを握り、真剣な眼差しで髪を梳き始めました。
……少しばかり、力加減が強すぎて髪が抜けそうになりましたが、私が一瞥をくれると、彼女は「ひぃっ! 愛が、私の愛が足りませんでしたわ!」と叫んで、より一層の集中力で作業に没頭しておりました。
「リリア様。……本日の朝食ですが、アイリス様が既に食堂の厨房を制圧……いえ、点検し、リリア様に相応しい最高級の食材を確保されているとのことですわ」
「カイル様からも、本日の講義でリリア様を退屈させるような不届きな講師がいないか、魔導ネットワークを通じて監視を強化したとの伝言を預かっております」
……ルームメイトの二人が、いつの間にかアイリスや兄様たちと連携を取り始めております。
どうやら「リリア教」の組織化は、私の預かり知らぬところで急速に進んでいるようですわね。
「ふふ。……賑やかになりそうですわね、テオ」
私は、鏡の中に映る自分に、そしてその背後で忠誠を誓う二人を見つめました。
部屋を出て、廊下を歩けば。
昨日まで私を避けていた生徒たちが、私の周囲に控えるセレスティア様とベアトリス様の「狂気を孕んだ威圧的な微笑み」を見て、より一層の恐怖と共に道を譲ります。
「どきなさい、皆様。……今、リリア様が通られますわよ?」
「その視線、不敬ですわ。……リリア様の神々しさで目が潰れてもよろしいのかしら?」
二人の令嬢が、まるで門番のように私の左右を固め、すれ違う者すべてに鋭い視線を投げかけます。
……いえ、それ、私が威圧するよりも周囲の恐怖心を煽っている気がいたしますわよ?
食堂に到着すると、そこには既に「聖域」を確保したアイリスが待ち構えておりました。
「リリア様! おはようございますわ! おや……そちらのお二方、ようやく『真理』に辿り着いたようですわね。……ふふ、リリア様の偉大さを理解したからには、もう後戻りはできませんわよ?」
「ええ、アイリス様。……私たちは、リリア様という太陽を仰ぎ見る、ひまわりになりますわ」
「テオドール様という神子を守るための、防壁になりますわ!」
アイリスとルームメイト二人が、熱い握手を交わしておりました。
……恐ろしいネットワークが完成してしまいましたわね。
学園の女子寮は、もはや私の「お掃除」を待つまでもなく、ハルトマン家の支配下に置かれたと言っても過言ではありません。
私は、アイリスが完璧に毒見を済ませた食事を一口運び、満足げに頷きました。
(テオ。……見ていますか? お姉様の周りには、あなたの素晴らしさを理解し、私のために尽くしてくれる愉快な(狂った)仲間たちが集まっていますよ。……これで、あなたがいつこの学園に来ても、誰もが跪いてあなたを迎える準備が整いましたわ)
私の紫の瞳には、かつて戦場を統べた時のような冷徹な輝きと、信者たちを従える支配者の優越感、そして何より――テオへの底なしの愛が、黒く、深く、渦巻いておりました。
ハルトマンの絶対序列。
それは、恐怖を信仰へと昇華させた「狂信者」たちの誕生により、もはや誰にも覆すことのできない不変の法として、学園に根を下ろしたのでした。
「……さて。次は、私のテオへの手紙を『郵送』という名の神事として扱うよう、通信省を再度教育しに行きましょうか」
私は、熱狂的な眼差しを向ける三人の信者を引き連れ、王者のような足取りで食堂を後にするのでした。
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次回お楽しみに。




