第二十二話:喝采!兄シオンの無双は暑苦しい!?
昨日の演習場消失事件の余波が冷めやらぬ中、本日の王立アカデミーは別の意味での熱狂に包まれておりました。
騎士科による年次対抗戦。王国の未来を担う若き武人たちが、その技と力を競い合うこの行事は、本来であれば清々しい武の祭典であるはずですわ。
「……はぁ。日差しが強いですわね。テオの柔らかな肌なら、一瞬で赤くなってしまいますわ。あの子を連れてこなくて正解でしたわね」
私は、騎士科高等部の観客席――その中でも、ハルトマン家の権力と兄様たちの根回しによって用意された、冷房魔法の効いた特等席で扇を動かしておりました。
私の周囲には、入学式以来の「序列」によって、他の生徒たちが十メートル以上の距離を空けて座っております。おかげで風通しだけは抜群ですわ。
「リリア様、見てくださいまし! 次はいよいよ、シオン様の出番ですわよ! ああ、あの燃え盛る炎のような闘気……流石はリリア様のお兄様ですわ!」
隣で鼻息を荒くしているのは、もはや私の指定席の調度品と化したアイリスです。彼女の視線の先、中央演習場には、ハルトマン家の長男にして高等部一年生のシオン兄様が立っておりました。
十五歳。騎士科の有望株。そして――救いようのないシスコン。
シオン兄様は、対戦相手である三年生の先輩を前にして、剣を抜くどころか腕組みをしたまま仁王立ちしておりました。
「おい、一年坊主。ハルトマンの名に泥を塗りたくなかったら、さっさと剣を――」
「黙れ。不浄な口で我が家の名を呼ぶな」
シオン兄様の声が、演習場全体に低く響きました。
その瞬間、彼の周囲の大気が、陽炎のようにゆらりと歪みました。
それは魔力ではありません。ただ純粋な、鍛え抜かれた肉体から発せられる「熱」と「圧力」の奔流。かつての宿敵ゼフ・ハルトマンが、戦場で敵の戦意を物理的にへし折る際に放っていた、あの「王国の盾」特有の威圧感です。
(……やれやれ。シオン兄様、少しばかり張り切りすぎではありませんか? 相手はただの学生ですのに、本気で押し潰そうとしてどうするのです)
私が内心で呆れていると、シオン兄様がふと、観客席の私の方へ視線を向けました。
私と目が合った瞬間――。
――ッ!!
シオン兄様の瞳に、爆辞的な光が宿りました。
先程までの威圧感が、数倍、数十倍の密度へと跳ね上がります。
「……リリアが見ている。リリアが俺の戦いを、その清らかな瞳に映している……! ああ、なんという光栄! なんという至福! この程度の有象無象、一秒たりともリリアの視界を汚させるわけにはいかん!!」
シオン兄様が、リミッターを解除しました。
彼が一歩踏み出した瞬間、演習場の石畳がバキバキと放射状に砕け散りました。
「『熱い』!? なんだ、このプレッシャーは……っ!?」
対戦相手の三年生が悲鳴を上げました。彼は既に、立っていることさえ困難なようです。シオン兄様から放たれる圧倒的な質量を伴った闘気が、彼の肺から空気を絞り出し、重力そのものを増幅させているかのように錯覚させているのでしょう。
シオン兄様は、剣を抜きませんでした。
ただ、腰に下げた鞘のまま、一閃。
――ドォォォォォン!!
激しい衝撃波が演習場を駆け抜け、対戦相手は防御する間もなく、文字通り「弾丸」のように後方の壁まで吹き飛ばされました。
頑丈なはずの防御壁が粉々に砕け、土煙が舞い上がります。
「次だ! 次の相手はどこだ! リリアの昼食の時間までに、このトーナメントを終わらせるぞ!」
シオン兄様の咆哮が、学園全体を揺らしました。
そこからは、もはや試合ではなく「蹂躙」でした。
次々と現れる対戦相手――中には王国有数の実力者と言われる特待生もいましたが――その誰もが、シオン兄様が放つ「過保護な熱気」に当てられ、剣を振るう前にその場に跪くか、あるいは一撃で演習場の外まで排除されていきました。
シオン兄様が動くたびに、演習場には熱波が押し寄せ、観客席の生徒たちは汗だくになりながら恐怖に震えておりました。
「すごいですわ……。あの方が、リリア様を守るための『盾』の一部……」
「暑い……。物理的に、命の危険を感じるほどの熱気だ……」
周囲の囁きを耳にしながら、私は深くため息をつきました。
(……暑苦しい。あまりにも暑苦しすぎますわ。テオがここにいたら、きっとこの熱気で知恵熱を出してしまいますわね)
ついに決勝戦。
シオン兄様は、もはや全身から赤いオーラを立ち昇らせ、地面を溶かしながら中央に立っておりました。相手は、騎士科最強と謳われる三年生の首席でしたが、彼はシオン兄様の「リリアへの愛」によって増幅された圧力の前に、一歩も動けずにガタガタと震えておりました。
「貴様。先程からリリアの方をチラチラと見ていたな? ……その不敬な眼球、今すぐ俺が焼き潰してやろうか?」
「ひ、ひいぃぃっ! ごめんなさい! 棄権します! 棄権させてくださいぃぃっ!!」
騎士科首席が、全校生徒の前で涙ながらに命乞いをするという前代未聞の事態。
審判の教師も、シオン兄様の殺気に気圧されて「……ゆ、優勝、シオン・ハルトマン!」と宣言するのが精一杯でした。
その瞬間、割れんばかりの喝采――というよりは、生存を確認した安堵の叫びが学園中に響き渡りました。
「リリアーーー!! 見たか! 俺の勇姿を! お前のために、この学園の『武』の頂点を獲ったぞ!!」
シオン兄様が、砕け散った演習場の中央で、私に向かって大きく手を振りました。
彼の周囲だけ、あまりの熱気で陽炎が立ち昇り、もはや人の形を保っているのかさえ怪しいほどの猛々しさです。
「……ふぅ。お疲れ様でしたわ、兄様。……アイリス、行きましょう。この熱気に当てられては、淑女の肌が荒れてしまいますわ」
「御意にございます、リリア様! さあ、冷たい飲み物と、テオドール坊ちゃまからの『あうあう録音魔石』の準備を急ぎますわよ!」
私は、感動の涙を流しながらこちらへ駆け寄ってこようとする兄様を無視し、優雅に背を向けました。
ハルトマンの絶対序列。
それは、妹を愛しすぎる兄という、最も制御不能で暑苦しい「無双」によって、騎士科の全員の心に深いトラウマと共に刻み込まれたのでした。
(テオ。あなたの兄様は、相変わらずのようです。……でも、安心してくださいね。あのように無駄に力を使わずとも、お姉様があなたを、もっとスマートに守って差し上げますから)
私は、熱風に揺れる髪をかき上げながら、次なる戦い――テオへの六通目の手紙の内容を考えるべく、涼しい図書室へと足を向けるのでした。
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次回お楽しみに。




