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かつての剣聖、死んだら宿敵の娘に転生してしまった 〜パパが世界最強の親バカすぎて復讐どころか修行もままなりません〜  作者: ぱすた屋さん
第一章:「最強の家族」と「秘密の修行」

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第五話:襲来!兄たちの過剰な抱擁!


 平和な朝だった。

 窓から差し込む陽光は暖かく、鳥のさえずりは心地よい。

 俺ことリリア・ハルトマンは、リビングに設置された特等席ベビーサークルの中で、己の内なる魔力を練り上げる作業に没頭していた。


(……よし、右足の親指先まで魔力の循環を確認。次は左の足首だ。この微細な操作の積み重ねが、将来の神速を生む)


 生後半年を過ぎた俺の肉体は、少しずつだが確実に俺の意志に従い始めていた。

 首は完全に座り、腰もしっかりしてきた。視界が安定したことで、この屋敷の構造や住人たちの動きもより詳細に把握できるようになった。

 俺が静かに瞑想(という名の昼寝)に入ろうとした、その時だ。


「リリアーーーッ! おはよう! 今日も世界で一番可愛いね!」


 ドゴォォン! と扉が激しく開き、凄まじい熱量と共に一人の少年が突進してきた。

 ハルトマン家の長男、シオン。俺より三歳上の、この家の『特攻隊長』である。


(……来たか、破壊神。相変わらず、足音が重いんだよ)


 シオンは、ゼフ譲りのガッシリとした骨格を予感させる元気な少年だ。だが、その溢れんばかりのエネルギーは、時として赤ん坊のリリアには脅威となる。

 彼はサークルに飛び込むなり、俺の小さな体を力任せに抱き上げた。


「うおぉぉ! リリア! リリア! 大好きだ! 見てくれ、今日は稽古でパパに褒められたんだぞ!」


(ぐっ、ぬぅぅ……!? 力加減を……考えろ……っ!)


 シオンの抱擁は、もはや拘束術の域に達していた。

 三歳児とはいえ、この家の血筋だ。その腕力は同年代の子供とは比較にならない。俺の肋骨が悲鳴を上げ、視界がチカチカと明滅する。

 普通なら泣き叫ぶところだが、俺の魂は剣聖だ。ここで泣くのはプライドが許さない。


(纏え……魔力の鎧を……! 内圧を高めて、骨の強度を上げろ……!)


 俺は咄嗟に全身の魔力を循環させ、衝撃に備えた。

 赤ん坊のぷにぷにとした外見を維持しつつ、内側の骨格だけを鋼鉄並みの硬度に高める。

 シオンの「大好き攻撃デス・ハグ」を、俺は不動の心で受け止めた。


「あれ? リリア、なんだか今日は一段としっかりしてるね。パパの盾みたいに硬いぞ!」


(貴様の抱き方が……殺人的なだけだ……!)


 シオンが俺をぶんぶんと振り回す。三歳児の無垢な暴力。

 だが、襲撃者は彼一人ではなかった。


「シオン、リリアが驚いているよ。そんなに乱暴に扱ったら、また母様に叱られるよ」


 静かな、だがどこか底知れない声と共に、次男のカイルが姿を現した。

 彼はシオンより一歳年下だが、その言動は非常に落ち着いている。手には相変わらず難解そうな本を抱え、眼鏡の奥の瞳は常に何かを分析しているようだ。


(……こいつも来たか。知略派の次男坊)


 カイルはシオンの腕から俺を優しく奪い取った。

 シオンの抱擁が物理的な圧迫なら、カイルの抱擁は「粘着質な観察」である。

 彼は俺を膝の上に乗せると、じっと俺の瞳を覗き込んできた。


「……不思議だね、リリア。君の目は、赤ん坊のそれにしてはあまりに理性的だ。まるで、僕たちの言葉を全て理解した上で、呆れているような……そんな光を感じる」


(……ギクリ。相変わらず、こいつの勘の良さは厄介だな)


 カイルは俺の手を握り、その脈動や筋肉の張りを確認し始めた。

 知的好奇心が服を着て歩いているような少年だ。彼はリリアという存在に、学術的な興味を抱いている節がある。


「見てよ、シオン。リリアの指先。無意識に何かを握り込もうとする動き……。これ、剣の柄を握る動作に似ていないかい?」


「えっ、本当か!? さすがリリアだ! やっぱり僕の妹だなぁ!」


 シオンが再び俺の頬をすりすりしてくる。

 カイルが俺の反応を冷静にメモしようとする。

 ……左右から押し寄せる、過剰なまでの兄弟愛。


(……やれやれ。俺の修行時間は、こうして毎日削られていくわけか)


 だが、俺は気づいていた。

 前世の俺には、兄弟も家族もいなかった。俺が強くなることは、ただ敵を殺すための手段であり、俺を守ってくれる者も、俺が守るべき者も存在しなかった。

 今の俺の周りには、騒がしい父親、恐ろしい母親、そして全力で愛をぶつけてくる二人の兄がいる。


(……ふん。シオンのこの筋肉。鍛え甲斐はありそうだな。カイルのこの洞察力。軍師としては最高だ。……今のうちに、俺の『部下』として仕込んでおくのも悪くない)


 俺はおじさんの魂を奮い立たせ、二人への『評価』を下した。

 もちろん、表面上は可愛い妹だ。俺はシオンの鼻をむぎゅっと掴み、カイルの本のページを適当にめくってやった。


「あぶー! だぁー!」


「わあ! リリアが僕の鼻を掴んだ! 強い! この握力、将来は剣聖間違いなしだ!」


「……本をめくったね。偶然かもしれないけど、僕が読んでいた箇所の要約を知りたいのかな? よし、リリア。お兄ちゃんが解説してあげるよ」


 一人は鼻を赤くして喜び、一人は幼児に高度な魔導理論を語り始める。

 ……なんというカオス。


 その光景を、扉の陰からゼフとエリナが目を細めて眺めていた。


「見てくれ、エリナ……。ハルトマン家の絆が、リリアを中心に一つになっている。僕は今、世界で一番幸せな父親だよ……!」


「ふふ、本当ね。リリアちゃん、お兄ちゃんたちに囲まれて、とっても楽しそう。……でも、後でお部屋の片付けはさせないとね」


 楽しそう?

 心外だ。俺は今、物理的な圧力と精神的な疲労に耐える高度な修行をしているのだ。

 だが、二人の兄が俺を巡ってわちゃわちゃと騒いでいるのを見ていると、不思議と悪い気はしなかった。


(……おい、シオン。その構え、腰が浮いているぞ。カイル。その理論、第三章の記述に矛盾がある。……あー、面倒だ。喋れるようになったら、全部叩き直してやる)


 俺は兄たちの愛情という名の猛攻を受け流しながら、密かに彼らの『再教育プラン』を練り始めた。

 宿敵の息子たちを、俺好みの最強の駒……いや、頼もしい兄貴に育て上げる。

 それはそれで、新しい人生の楽しみ方かもしれない。


「あー、ばぶ!(よし、二人とも。今日はそのくらいにして、俺を寝かせろ!)」


 俺の小さな咆哮は、兄たちのさらなる抱擁によってかき消された。

 ハルトマン家の賑やかな朝は、今日も元剣聖の平穏(と肋骨)を容赦なく奪い取っていくのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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