第十五話:沈黙!新入生総代は重圧を放つ!
礼堂の空気は、もはや透明な鉛へと変わっていました。
私が壇上で一言発するたびに、千人を超える聴衆の肩に目に見えない「重り」が積み重なっていくのがわかります。新入生たちは椅子に深く沈み込み、教職員たちは額に脂汗を浮かべ、必死に肺を動かして空気を求めている。
……困りましたわね。私はただ、ハルトマン家の令嬢として相応しい、至極真っ当な祝辞を述べているだけなのですが。
「――私たちがこの学び舎に集ったのは、単に知識を蓄えるためではありません。己を磨き、研ぎ澄まし、王国の礎としての『格』を確立するためですわ」
私の唇から溢れる言葉は、魔導具の増幅を必要とせずに大気を震わせます。
かつての私、剣聖アルスが戦場で数万の軍勢を前に放った「言霊」の技法。声に魔力を乗せるのではなく、言葉そのものに意志の重みを乗せることで、聞く者の魂に直接その意味を叩き込む――。
今の私が放っているのは、まさしくそれでした。
(テオなら、私のこの声を聞いて『ねえね、うたってる!』と無邪気に喜んでくれるのでしょうに。……この凡夫たちは、呼吸の仕方さえ忘れてしまっているようですわ)
視線を落とせば、最前列にいた公爵家の令息が、私の「格」という言葉の重圧に耐えきれず、白目を剥いてガタガタと震えています。隣に座る女生徒に至っては、もはや涙を流しながら祈るようなポーズで固まっていました。
なぜでしょうか。私は「一緒に勉強を頑張りましょう」というニュアンスを込めて微笑んだはずです。しかし、彼女たちの目には、私が「私の足元に跪き、絶対の忠誠を誓いなさい」と宣告しているように映っているようです。
……まあ、間違いではありませんけれど。
この学園でテオの将来を脅かすような芽は、今のうちにすべて摘み取っておかねばなりません。私が「平和」と呼ぶ状態は、私が圧倒的な頂点に君臨し、誰もが逆らうことさえ忘れた静寂の上にしか成り立たないのですから。
「ハルトマンの名において、私は皆様に期待いたしますわ。……私を、失望させないでくださいね?」
その瞬間。
礼堂全体の温度が、一気に数度下がりました。
私が放った「失望」という言葉が、物理的な圧力となって天井から降り注いだのです。
ミシミシ、ミシッ……。
大礼堂を支える巨大な石柱に、微かな亀裂が入る音が聞こえました。
壇上の花瓶に活けられていた大輪の薔薇が、私の放つプレッシャーに耐えきれず、一瞬で粉々に粉砕されて散ります。
貴賓席では、国王陛下が顔を真っ青にしながら、震える手で自身の喉元を押さえておられました。その隣では、かつての宿敵であり、今は私の父であるゼフ・ハルトマンが――先程までの号泣が嘘のように、鋭い眼光を放って私を凝視していました。
(おや、お父様。ようやく『盾』としての自覚を取り戻しましたか?)
ゼフは、私の放つ全方位への「重圧」を、その強靭な肉体だけで正面から受け止めていました。彼の周囲だけが、私の圧力を弾き返し、微かな火花を散らしているように見えます。
流石は、かつて私の剣と互角に渡り合った男。
今の私が、無意識のうちに「全力に近い威圧」を全生徒に向けてしまっていることに気づいているのでしょう。彼は、私がこれ以上プレッシャーを強めれば、礼堂が物理的に崩壊することを察し、自身の闘気で建物の構造を補強し始めているようです。
(鼻水を垂らして喜んでいたかと思えば、これですわ。やはり侮れない男……)
私は、ゼフとの無言の応酬を楽しみながら、挨拶の締めくくりに入りました。
「王国の未来は、私たちの双肩にかかっています。……共に、高みを目指しましょう。以上、新入生代表挨拶とさせていただきますわ」
私が最後の一言を終え、深々と一礼した瞬間。
張り詰めていた「糸」が切れたように、礼堂内に凄まじい「風」が吹き荒れました。
私が収束させていた圧力が一気に解放され、その余波でカーテンが激しく揺れ、数名ほど椅子から転げ落ちる音が響きます。
しかし、拍手は起きませんでした。
拍手をする余裕など、誰にも残されていなかったのです。
全員が、ただただ呆然と、壇上で深紅の髪を揺らす一人の少女を、まるで「現世に降臨した神」を見るような畏怖の眼差しで見つめるばかり。
沈黙。
静寂。
それこそが、私の求めていた「回答」でした。
これで、学園内の序列は確定しました。誰も私に不敬な口を利こうとは思わないでしょうし、私の背後にいるハルトマン家がいかなる存在かを、その魂に刻み込んだはずです。
「……ふぅ。お疲れ様でしたわ、自分」
私は誰にも聞こえない声でそう呟くと、優雅な足取りで壇上を降りました。
通り過ぎる教師たちが、本能的に直立不動の姿勢をとり、道を譲る様子を見ながら、私は満足げに頷きます。
これで、平和な学園生活の土台は整いました。
あとの問題は――。
「リリアたぁぁぁーーーーん!! 天使! 神! 我が愛しきリリアたんの挨拶で、俺の魂は今、異世界へ昇天しかけたぞぉぉー!!」
再び鼻水を垂らしながら、貴賓席から飛び出そうとして国王陛下に羽交い締めにされている、あの暑苦しい「宿敵」の対処だけですわね。
私は、客席で「流石です、リリア様……! 今の祝辞、一言一句すべて私の血肉として刻ませていただきましたわ!」と鼻血を出して倒れているアイリスと、誇らしげに胸を張る兄様たちを見送りながら、次の「戦場」――すなわち、テオへの報告書を書くための自室へと、足早に向かうのでした。
学園生活初日。
私の目的である「絶対序列の刻印」は、これ以上ないほど完璧に果たされたと言えるでしょう。
(テオ、見ていましたか? お姉様、頑張りましたわよ。……さあ、早く帰ってあなたのほっぺを吸いたいものですわ)
私の紫の瞳に宿る冷徹な光は、弟を想う甘い熱に溶かされながら、春の日のように穏やかに(周囲を威圧しながら)輝くのでした。
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次回お楽しみに。




