第十三話:侵入!兄たちの防犯は過剰すぎ!?
王立アカデミーの入学式当日。
本来であれば、新入生たちは期待と緊張に胸を膨らませ、鏡の前で何度も制服の襟を正しているはずの時間です。しかし、私――リリア・ハルトマンの朝は、耳を劈くような金属音と、物理的な空間の軋みによって幕を開けました。
「――よし、ここの蝶番はドラゴンスケール合金に差し替えた。これでオーガが体当たりしても、一時間は持ち堪えられるはずだ」
「シオン兄様、一般の女子寮にオーガが攻め込んでくるような状況は、もはや学園生活ではなく戦争ですわ」
私が鏡の前で深紅の髪に櫛を通している背後で、長兄シオンは汗を拭いながら満足げに頷いていました。その手には、およそ寄宿舎には似つかわしくない、王国騎士団が城門の補強に使う重厚な工具が握られています。
「甘いぞリリア! 王都の害虫どもは、オーガよりも執念深く、そして卑怯だ。特にお前のような、ハルトマン家の至宝を狙う不届き者が、いつこの部屋に侵入しようとするか分かったものではないからな!」
シオン兄様は、もはや病的なまでの形相でドアの隙間を埋める特殊なゴム材――魔法伝導率を遮断する、国家機密級の素材――を叩き込んでいます。
「リリア、兄さんの仕事も見てほしいな。床下と天井裏、さらには隣室との境界すべてに『強制排除式・重力結界』を敷き詰めておいたよ。君の許可のない者が足を踏み入れた瞬間、その者は地面にめり込んで再起不能になる」
次兄カイルが、涼しい顔で恐ろしいことを口にしながら、魔法銀の粉で複雑な術式を絨毯の下に描き込んでいきました。
「カイル兄様まで……。それでは、私が友人を招くこともできませんわ」
「友人は僕が精査する。ハルトマンの家名に相応しく、かつ君に一切の害を及ぼさないと判断した者だけに、この『入室許可証(指紋・魔力・網膜照合式)』を発行するから安心していいよ」
安心など、微塵もできませんわ。
視線を部屋の隅に向ければ、ルームメイトのセレスティア様とベアトリス様が、自分たちのベッドの上で小さく丸まって震えていました。彼女たちの持ち物は、兄様たちの「防犯点検」という名の家宅捜索によって、一度すべてひっくり返され、不審な魔道具が含まれていないか厳密にチェックされた後です。
「リリア様……。あの、私たちの枕元に置かれた、あの『目玉のついたガーゴイルの像』は何ですの……?」
セレスティア様が、涙目になりながら棚の上の不気味な置物を指差しました。
「ああ、あれはカイル兄様特製の監視装置ですわね。不審な動きを察知した瞬間、相手の脳内に父上の怒号を直接響かせる仕様だそうです。……皆様には害が及ばないよう調整させておきますから、どうか気にしないでくださいませ」
「無理ですわぁ……!!」
ベアトリス様が悲鳴を上げて布団に潜り込みましたが、私はそれ以上、彼女たちを慰める言葉を持ち合わせていませんでした。なぜなら、廊下からはさらなる喧騒が近づいてきていたからです。
「リリア様! リリア様ぁぁ!! 失礼いたしますわ!!」
扉が(シオン兄様が補強したばかりなのに)凄まじい勢いで開放されました。現れたのは、鼻息も荒いアイリス・バルガスです。
「アイリス、ノックくらいなさい。それと、その抱えている物騒な箱は何かしら?」
「失礼いたしました! ですが、一刻を争う事態なのです! 学園の食堂から提供される食事の中に、リリア様の美貌を損なうような低俗な添加物が含まれている可能性が浮上しました! ですので、私がこの部屋に『自動調理・毒見機能付き魔導キッチン』を設置いたしますわ!」
彼女が持ち込んだのは、王宮の厨房でもお目にかかれないような、最新鋭の魔導装置でした。
……もう、突っ込むのも疲れてきましたわね。
かつての私、アルスがこの光景を見たら、間違いなく「戦う前に自滅する組織の典型」だと断じたことでしょう。ですが、今の私を形成しているのは、この異常なまでの愛情という名の濁流です。
「皆様。私のことを案じてくださるのは大変喜ばしいことですが、今日は入学式ですわ。お父様も来賓としてお見えになるのでしょう? 家族が揃って遅刻するなど、ハルトマン家の名に傷がつきますわよ」
私が静かに、しかし有無を言わさぬ「重圧」を僅かに込めて告げると、部屋の中の喧騒がピタリと止まりました。
兄様たちは動きを止め、アイリスは感極まったように胸を押さえてその場に跪きました。
「……リリア。その、たった一言で空間を支配する威厳。流石は俺の妹だ。分かった、仕上げはカイルに任せて、俺は式典会場の警備(という名のリリアの座席周辺の索敵)に行ってくる!」
「僕も、君の登壇時に不敬な視線を送る輩がいないか、魔導双眼鏡の調整をしてくるよ。……行こう、アイリス」
「はい、カイル様! リリア様、式典での凛々しいお姿、全身全霊で拝見させていただきますわ!」
嵐が去るように、三人は部屋を飛び出していきました。
後に残されたのは、不自然に補強された強固なドア、重力結界が仕込まれた床、そして震えるルームメイト二人。
「……ふぅ。テオがいれば、もう少し場が和んだのでしょうけれど」
私は、カイル兄様が設置した『テオの等身大肖像画』にそっと触れました。離れていても、あの子の魔力の残り香を感じるだけで、ささくれ立った心が穏やかになります。
「リリア様……。あ、あの……。本当に、私たちはこの部屋で生きていけるのでしょうか……?」
セレスティア様がおずおずと尋ねてきました。
「大丈夫ですわ、セレスティア様。兄様たちは少々……いえ、かなり心配性なだけです。彼らの仕掛けた罠さえ踏まなければ、この学園で最も安全な場所であることは保証いたしますわ」
「罠を踏まなければ、ですのね……」
彼女たちの不安を完全に拭い去ることはできませんでしたが、私は鏡に向き直り、最後の一仕上げを行いました。
淑女としての完璧な仮面。
そして、その奥に潜ませた「元剣聖」としての鋭利な闘気。
入学式。
そこは、私がこの学園において誰にも文句を言わせないための、最初の戦場。
「さあ、行きましょうか。ハルトマンの絶対序列というものを、皆様の骨に刻んで差し上げなくては」
私は、重厚すぎるドアを優雅に開け、王立アカデミーの廊下へと踏み出しました。
一歩歩くごとに、私の周囲の大気が僅かに歪み、廊下に並んでいた他家の子女たちが、本能的な恐怖に駆られて左右に割れていきます。
その光景は、あたかも王者が凱旋するかのような、静謐で、かつ圧倒的な蹂躙の予感に満ちていました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。
次回お楽しみに。




