第七話:特訓!ハルトマン家の平和な(?)休日
雲一つない、突き抜けるような青空が広がる休日。ハルトマン邸の広大な庭園には、朝から空気を震わせるような重低音が響き渡っていた。
俺ことリリア・ハルトマンは、十一歳という「学園入学前」の最終学年を迎え、日々、自らの魔力回路の最終調整に余念がない。そして、俺の隣では、一歳になったばかりの末弟テオが、短い手足を一生懸命に動かし、俺の挙動を食い入るように見つめていた。
(……ふむ。十一歳の春か。前世の俺であれば、そろそろ山籠もりを終え、剣一振りで巨大な地竜を真っ二つにしては、その肉を村人に振る舞っていた頃だな)
俺は、優雅に髪をかき上げ、手にした特注の練習用木剣を軽く振った。
木剣と言っても、俺が魔力で密度を高め、さらに『重圧』を封じ込めているため、その重量は数トンに及ぶ。今の俺にとって、この程度の「重み」は羽毛のようなものだ。
「さあ、リリア! 今日こそはパパの『絶対防御』を、その剣で叩いてごらん! パパは昨日、新しい防御術式『愛の鉄壁』を完成させたんだぞぉぉぉっ!!」
庭園の反対側で、父ゼフが巨大な鉄盾を構えて吠えている。
彼の背後には、母エリナが日傘を差しながら、優雅にハーブティーを楽しんでいる。その瞳には「また始まったわね」という諦めと、子供たちの成長を楽しむ慈愛が同居していた。
「……パパ。あまり調子に乗ると、また屋敷の修繕費が跳ね上がりますわよ?」
「いいんだ! リリアの成長のためなら、僕は破産したって構わない! さあ、来い!!」
俺は、小さくため息をついた。
ゼフの挑発に応じるのは少々子供じみているが、十一歳の俺にとって、全力の騎士団長を相手にするのは良い準備運動になる。俺は、剣を正眼に構えた。
(纏え……。俺の意志を、この木片に。……一点を突くのではない。周囲の空間ごと、重力で『押し潰す』のだ)
俺は一歩、踏み出した。
――ズゥン。
俺が足をついた場所から、同心円状に衝撃波が広がり、芝生が波打つ。
俺は木剣を横一文字に振るった。放ったのは、物理的な打撃ではない。俺の放出した魔力が、指向性を持った巨大な「壁」となってゼフに襲いかかる――俺の得意技の一つ、『重圧波』だ。
ゴォォォォォォォォォォォッ!!
目に見えない空気の塊が、ゼフの盾を真正面から捉えた。
ゼフの足元の地面が、凄まじい圧力で一気に沈み込む。
「ぬ、……ぬおおおおっ!? なんて重さだ! これが十一歳の少女が放つ一撃か!? 盾が、盾が悲鳴を上げているぞ!!」
ゼフは顔を真っ赤にし、全身の魔力を盾に集中させて耐えている。
俺は、彼が限界に達する直前で、ピタリと魔力の供給を止めた。
「……あら。パパ、今のを受け止めるなんて。……流石は王国最強の盾ですわね」
俺は、可憐な微笑みを浮かべて木剣を収めた。
ゼフは、膝まで地面に埋まった状態で「はぁ、はぁ」と荒い息をつきながらも、これ以上ないほどの歓喜の表情を浮かべている。
「リリア……。今のは……完璧だったよ。……パパ、お前が学園に行くのが、ますます誇らしくて……そして恐ろしいよぉ……」
そんな親子(?)のやり取りを、一番近くで見ていた者がいた。
一歳の末弟、テオである。
テオは、俺の放った『重圧波』の軌跡を、爛々と輝く瞳で追っていた。彼の小さな体内では、今の俺の魔力循環を模倣しようと、膨大なマナが猛烈な勢いで回転し始めていた。
「……あ、……あう。……ねぇね、……しゅごい」
テオが、短い足を一歩、前に踏み出した。
そして、俺が先ほど木剣を振ったのと同じ軌道を描くように、小さな、ぷにぷにの手を横に払った。
「……え、……テオ……?」
俺が異変に気づいたのは、その一瞬後だった。
テオの指先から、あり得ないほどの密度のマナが溢れ出した。
それは俺が放った『重圧波』のような洗練されたものではない。もっと荒々しく、本能的で、制御を全く考慮していない「純粋な暴力としての魔力」だった。
――ズガァァァァァァァァァァン!!!!
テオの小さな手から放たれた不可視の衝撃が、庭園を一直線に駆け抜けた。
「なっ、……うわぁぁぁぁぁっ!?」
正面にいたゼフが、盾ごと吹き飛ばされた。
それだけではない。衝撃波は庭園の噴水を粉砕し、観賞用の巨石を紙屑のように砕き、さらにはハルトマン邸の離れの壁を「ごっそり」と抉り取って、ようやく空へと霧散した。
沈黙。
舞い上がる土煙と、壊れた噴水から吹き出す水の音だけが響く。
「……テ、……テオ……?」
エリナが、持っていたティーカップを落として絶句している。
当のテオは、自分の仕業に驚いたのか、それとも楽しかったのか、しりもちをついて「あはは! ねぇね! どーん!」と声を上げて笑っていた。
(……マズい。……今の、俺の技術をコピーしたのか!? 無詠唱、無動作、そして……あんなデタラメな出力で!?)
俺は冷や汗をかきながら、吹き飛ばされたゼフのもとへ駆け寄った。
ゼフは、さらに十数メートル後方の生垣の中に突っ込んでいたが、自慢の防御力でなんとか無事だったようだ。彼は、ボロボロになった盾を握りしめたまま、空を見上げて呆然としていた。
「…………リリア。……パパ、今、確信したよ」
「……何をですの、パパ?」
「……ハルトマン家の家計は、……テオが歩き出す頃には、完全に破綻する。……あの子、一歳にして僕を……物理的に圧倒しやがった……」
ゼフが、喜びと絶望が混ざり合ったような複雑な顔で笑った。
エリナも、ようやく我に返って駆け寄ってくる。
「テオ! あなた、なんてことを……! でも、今の……リリアちゃんの動きを真似したのよね? なんて恐ろしい子かしら……」
俺は、無邪気に笑うテオを抱き上げた。
テオの体は、先ほどの魔力行使の反動でわずかに熱を帯びている。俺は、俺の冷たい魔力をテオに流し込み、彼の高ぶった神経を鎮めた。
(……テオ。……お前は、確かに天才だ。……俺の技術を一度見ただけで、その本質を掴んでしまうとはな。……だが、制御を知らぬ力は、自分をも焼き尽くすぞ)
俺は、テオの瞳をじっと見つめた。
テオは俺の腕の中で「ねぇね、しゅき」と甘えてくるが、その内に秘めた『怪物』は、すでに牙を剥き始めている。
(……やはり、俺が学園に行く前に、この子を徹底的に鍛え直さねばならん。……力の解放ではなく、力の『抑制』。……それを教えるのが、お姉様としての最後の任務になりそうですわね)
俺は、壊滅した庭園を見渡しながら、心の中で、これまでの数倍過酷な「テオ専用英才教育メニュー」を練り上げた。
それは、一歳児に課すにはあまりに残酷な修行内容だったが、このままだとハルトマン家そのものが地図から消えかねないという危機感が、俺の教育者魂に火をつけたのだ。
「……あなた、……リリア。……庭園が……私のバラの庭が……」
エリナが、粉砕された花壇を見て、静かに、だが確実にキレ始めている気配を察知し、俺とゼフは本能的に背筋を正した。
「パパ! すぐに修繕の手配を! そして、リリア……! 今日からテオの特訓は、屋敷から十キロ以上離れた荒野で行いなさい! わかりましたね!?」
「「……はい、ママ!!」」
王国最強の盾と、最強の魔女を恐怖させた一歳児。
ハルトマン邸の平穏な休日は、末弟の『規格外の才能』の開花と共に、物理的な破壊と、お姉様による地獄の特訓の幕開けによって飾られることとなった。
(……テオ。……覚悟しなさい。……お姉様の特訓は、パパの盾よりもずっと『重い』のですからね)
俺は、腕の中の小さな怪物に冷徹な微笑みを向け、明日からのスパルタ修行に想いを馳せるのであった。
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次回お楽しみに。




