第五話:再会!バルガス卿とさらに熱狂的な孫娘
ハルトマン邸の廊下の修繕がようやく終わり、職人たちが「今度こそは……!」と祈るような顔で去っていった数日後。
我が家に再び、北の風と共に騒がしい客人が訪れることとなった。
(……ふむ。あの豪快な笑い声は、三キロ先からでも判別できるな。……パパがそわそわするわけだ)
俺ことリリア・ハルトマンは、十一歳の淑女として、玄関ホールで父ゼフの隣に並んでいた。
ゼフは朝から騎士団の正装に身を包み、何度も髭を整え、落ち着きなく指を動かしている。彼にとって、今日訪れる客人はただの友人ではない。かつての戦場での師であり、ハルトマン流の礎を共に築いた戦友――バルガス卿その人であるからだ。
「来たぞ、リリア! バルガス殿だ! それに、お前の『大ファン』も一緒だぞ!」
門を突き破るような勢いで入ってきたのは、かつてと変わらぬ鋼の肉体を誇る老騎士バルガス。そして、その隣で凛とした歩き方を見せる一人の少女。
少女の名は、アイリス。バルガスの孫娘であり、現在は十三歳。カイルと同じ王立アカデミーの「魔導科」に通う中等部一年生だ。
「ガハハハッ! ゼフ、相変わらず派手に家を壊しているようだな! 門の外までお前の『教育』の余波が響いていたぞ!」
「バルガス殿! お久しぶりです! いや、これは僕ではなく末の息子が少しばかり元気が良すぎまして……!」
豪快に笑い合い、肩を叩き合う二人の巨漢。
俺はその暑苦しい光景から視線を外し、バルガスの後ろに立つ少女へと目を向けた。
(……ほう。以前俺がまだ幼かった頃に会った時とは、魔力の質が別物だな。……カイルと競い合っているというのは、伊達ではないらしい)
アイリスは、学園の制服を崩さずに着こなし、その手には精緻な銀の装飾が施された杖を握っている。
彼女は、ゼフとバルガスの挨拶が終わるのを一秒も待てないという様子で、俺の前へと進み出た。
「……お久しぶりでございます、リリア様! 王都にいても、貴女様の噂を聞かない日はございませんでしたわ!」
アイリスが、勢いよく俺の手を取り、顔を近づけてきた。
その瞳は、憧れを超えて、どこか狂信的なまでの熱量を帯びている。
十三歳の少女が、十一歳の俺を「様」付けで呼び、あからさまに心酔している姿は、周囲から見れば奇妙な光景だろう。
「……アイリス様。お久しぶりですわ。学園での生活はいかがかしら?」
「様などと! どうかアイリスとお呼びください! 学園など、貴女様のいない場所はただの退屈な箱庭に過ぎませんわ! ああ、でもカイル殿とは毎日、リリア様の素晴らしさについて語り合っておりますのよ?」
「……語り合ってなどいない。君が一方的に、授業中も休み時間も僕にリリアの話を振ってくるだけだろう」
廊下の陰から、死んだような目をしたカイルが現れた。
カイルとアイリス。学園では「魔導科の二大天才」と称され、常に成績を競い合うライバル同士。だが、その実態は「リリアへの愛を語り尽くしたい少女」と「それを聞き流すのに疲れた兄」という、極めて偏った力関係にあるようだった。
一行は、修繕されたばかりのリビングへと移動した。
そこには、俺の足元で「うー、うー」と声を上げ、来客に興味津々なテオがいた。
「おお……! これが噂の末っ子か! ゼフ、こいつはまたとんでもないマナを秘めているな!」
バルガスがテオを抱き上げようとした、その瞬間だった。
「――っ! おじい様、下がって!」
アイリスが叫び、咄嗟にバルガスの前に飛び出した。
彼女は杖を構え、俺とテオを保護するように、極小の魔力障壁を展開する。
「……アイリス? どうした、いきなり魔法なんて」
「……気づかないのですか、おじい様!? リリア様の周囲の空間密度が……一瞬で、数倍に跳ね上がりましたわ! 貴方が無防備に近づけば、その腕、重圧でへし折られていましたわよ!」
(……チッ。気づかれたか。……アイリス、意外と鼻が利くようだな)
俺は、無意識にテオを守ろうとして、周囲にわずかな『重圧』を展開していた。バルガスのような剛腕の武人が不用意にテオの魔力に触れれば、反射的にテオが「爆発」する恐れがあったからだ。
アイリスは、震える手で障壁を維持しながら、畏怖と悦びに満ちた表情で俺を見つめた。
「……素晴らしい……! 学園のどの教授も、これほどまでに洗練され、沈着した魔力操作は不可能ですわ! リリア様、貴女様はやはり……本物の、ハルトマンの守護聖女……!」
「……アイリス。君、少し落ち着いて。リリアが困っているだろう」
カイルがため息をつきながら、アイリスの肩を叩く。
アイリスは我に返り、慌てて杖を収めたが、その頬は赤らみ、興奮は収まっていない。
「カイル殿、貴方は恵まれていますわ! こんなにも美しく、強大な妹君と、毎日同じ屋根の下で暮らせるなんて……! 私なら、リリア様の歩いた後の絨毯を家宝にしますわよ!」
「……そういうところが、君が学園で『残念な美少女』と呼ばれている理由だと思うよ」
二人のやり取りを眺めながら、俺はテオを膝の上に引き寄せた。
テオはアイリスの放った魔力に触発されたのか、瞳を爛々と輝かせ、彼女に向かって小さな手を伸ばしている。
「……アイリス。テオは、貴方の魔力に興味があるようですわ。……よろしければ、少しだけ、手合わせ……いえ、遊んであげてくださるかしら?」
「リリア様からのご依頼……!? はい、喜んで!! このアイリス・バルガス、命に代えましても、テオ坊ちゃまの遊び相手を務めさせていただきますわ!!」
アイリスは、さも国家騎士団の任命を受けたかのような悲壮な決意でテオに歩み寄った。
そして始まったのは、十三歳の天才魔導師と、一歳の怪童による「遊び(魔法戦)」であった。
アイリスが空中に描く、七色の光の弾。
テオはそれを笑いながら、小さな手のひらから放つ「無秩序な重圧」で一つずつ握りつぶしていく。
「……っ!? 私の五層構造の光弾が……握力だけで!? いえ、これは重力干渉魔法……!? 一歳児が、無詠唱で!?」
アイリスの顔が、驚愕で引きつる。
対してテオは、「あうー!」と歓声を上げ、さらに激しく魔力を放出する。
リビングの空気が熱を帯び、窓ガラスがガタガタと鳴り始めた。
「バルガス殿、見てください! 我が息子ながら、いい筋をしていますよねぇ!?」
「ガハハ! アイリスが本気で防御魔法を重ねているぞ! いいぞ、テオ! もっとやれ!」
二人の祖父と父は、事態の深刻さを無視して酒を酌み交わしている。
(……やれやれ。アイリス、貴様の魔法は少し『軽すぎる』のだ。……テオの魔力は、力ずくで抑えるのではなく、芯を捉えて流さねば、すぐに暴発するぞ)
俺は、アイリスの魔力回路がテオの圧力で逆流しそうになっているのを察知し、指先をわずかに動かした。
――スッ。
テオとアイリスの間に、不可視の「壁」を一枚差し込む。
それだけで、テオの放った重圧はアイリスを傷つけないベクトルへと逸らされ、アイリスの障壁は俺のマナによって補強された。
「……あ、……あぁ……」
アイリスは、突如として自分を包み込んだ「圧倒的な守護」の感覚に、膝から崩れ落ちた。
彼女には分かったのだろう。今の現象を引き起こしたのが、平然と紅茶を啜っている十一歳の俺であることを。
「……リリア様……。貴女様は……どこまで……」
アイリスは、涙を浮かべて俺を仰ぎ見た。
その目は、もはや単なるファンの域を超え、神を崇める巡礼者のそれだった。
夜。
バルガス卿とアイリスが、満足げな顔(アイリスに関しては半分魂が抜けたような顔)で帰路についた後。
リビングには、ぐったりとしたカイルと、興奮冷めやらぬゼフ、そして満足げに眠るテオが残された。
「……リリア。……学園に来たら、アイリスには気をつけて。……彼女、君のことになると、本当に手段を選ばないから」
カイルの忠告に、俺は苦笑いしながら頷いた。
「ふふ、構いませんわ。……熱心な方は、嫌いではありませんもの。……それに、彼女と競い合っているカイルお兄様が、どう成長なさるか……楽しみですわね」
俺は、兄の成長と、将来の学園生活に想いを馳せた。
アイリスのような「怪物」の卵たちが集う、王立アカデミー。
そこにはきっと、前世の戦場とはまた違う意味で、俺の血を滾らせる何かが待っているに違いない。
(……フン。アイリス。……貴様のその熱量。……学園で俺が、じっくりと『冷却』してやるからな)
俺は、眠るテオの額を撫でながら、来年の学園入学という未来に、これまで以上の興味を抱くのであった。
「リリア! アイリスがお前に贈ったという『リリア様賛美の詩・全百巻』が届いているぞ! 読むかい!?」
(……それは、燃やしてもよろしいかしら、パパ?)
ハルトマン邸に、新たな「厄介な縁」が刻まれた一日。
十一歳のリリアを巡る伝説は、本人の意図しないところで、さらに熱狂的な色を帯びて広がっていくのだった。
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次回お楽しみに。




