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かつての剣聖、死んだら宿敵の娘に転生してしまった 〜パパが世界最強の親バカすぎて復讐どころか修行もままなりません〜  作者: ぱすた屋さん
第二章:「最強の姉弟愛」と「勘違いだらけの学園生活編」

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第四話:爆走!テオの初ハイハイは音速超え!?


 ハルトマン邸の静寂は、今や「絶滅危惧種」と言っても過言ではない。

 二人の兄、シオンとカイルが王立アカデミーへと戻り、屋敷に再び静かな日常が戻るかと思われたが、現実はその真逆を突き進んでいた。


(……ふむ。嵐が去って、さらなる大嵐がやってきたというわけか。……いや、これはもはや天災に近いな)


 俺ことリリア・ハルトマンは、十一歳相応の優雅な身のこなしで、午後の読書を楽しむために図書室へと向かっていた。

 背後から聞こえてくる「ゴゴゴゴ……」という、地響きのような音さえなければ、実に見事な貴族の昼下がりであっただろう。


 音の正体は、一歳になった末弟、テオドール――テオである。

 数日前までクッションの上で「あうー」と愛嬌を振りまいていたはずの赤ん坊は、今、ハルトマン家の歴史を塗り替える、物理的な意味での「第一歩」……いや、「第一這い」を踏み出そうとしていた。


「テオ! ほーら、パパのところにおいで! こっちだよぉ〜!」


 廊下の先で、ゼフが両手を広げて満面の笑みで構えている。

 対してテオは、廊下の中央で四つん這いの姿勢になり、じっと俺の背中を見つめていた。彼の澄んだ瞳には、パパの必死の呼びかけなど一ミリも映っていない。そこにあるのは、自分を魔力的に「調教」し続ける最愛の姉に対する、純粋で強烈な執着心だけだ。


「……あ、……あう!!」


 テオが、短く吠えた。

 次の瞬間、俺の背後で空気が爆発した。


 ズドォォォォォォォォォォン!!


「なっ、……うわぁぁぁぁぁっ!?」


 ゼフの悲鳴。

 テオが、その小さな手で床を叩いた瞬間、大理石の床板が衝撃に耐えきれず粉砕され、破片が弾け飛んだ。

 赤ん坊のハイハイ。それは本来、微笑ましく、たどたどしいものであるはずだ。だが、ハルトマン家の第三の爆弾が放ったそれは、もはや「突進」や「噴射」と呼ぶべき代物だった。


(……ほう。無意識に足の裏と手のひらから魔力を放出し、その反動で加速しているのか。……教育が良すぎたな)


 俺は歩みを止めず、背後で起きている惨劇を「感知」だけで把握していた。

 テオの速度は、一歩ごとに倍加していく。

 バキッ、バキッ、バキッ、と規則正しく床が抜ける音が、凄まじい速度で俺の背中に迫ってくる。

 一秒で数メートル。二秒で十メートル。

 赤ん坊のハイハイでありながら、その速度はすでに全力で走る並の騎士を凌駕し、空気との摩擦で「ヒュルルル……!」という、矢が飛ぶような風切り音さえ立て始めていた。


「待て! 待てテオ! 速すぎる! 廊下が壊れる! 家が壊れるぅぅぅっ!!」


 ゼフが慌てて追いかけるが、加速したテオに追いつけない。

 テオは、もはや制御不能な魔力の弾丸と化していた。彼が通った後の廊下には、めくれ上がった絨毯と、同心円状に砕け散った大理石の轍が、一本の太い線となって刻まれている。


(……このままでは、俺に衝突した瞬間に、テオの首が衝撃で折れるな。……あるいは、俺の背後の壁を突き破って庭まで飛び出すか)


 俺は、図書室の扉の前で、静かに足を止めた。

 背後数メートルの距離まで、土煙を上げた「音速の赤ん坊」が迫っている。

 テオの顔は、あまりの速度に皮膚が風圧で波打っているが、その瞳は爛々と輝き、俺のドレスの裾を掴もうと必死に手を伸ばしていた。


 俺は、ゆっくりと振り返った。

 そして、少女が出し得る、最も澄んだ、そして最も容赦のない声を響かせた。


「――待ちなさい(待て)、テオ」


 俺が放ったのは、単なる言葉ではない。

 言霊に、俺の十年の鍛錬の結晶である『重圧グラビティ』を、指向性を持たせて乗せた、絶対的な命令。


 ドンッ!!


 瞬間、テオの周囲の重力が、通常の一〇〇倍へと跳ね上がった。

 音速で滑走していたテオの体が、物理法則を強制的に書き換えられ、その場に「停止」させられる。


 いや、「停止」だけでは済まなかった。


 バキィィィィィィィィィン!!


 テオが停止した場所の床が、あまりの圧力に耐えきれず、巨大なクレーター状に陥没した。

 

「……ふぎゅっ!?」


 テオは、その小さな体を床の穴の中に「みしり」と埋め込まれ、身動きが取れなくなっていた。

 俺の『重圧』は、テオの肉体を壊さないよう完璧に保護しながら、その運動エネルギーだけを大地へと逃がしたのだ。結果として、テオは床の穴にすっぽりとハマり、カブトムシの標本のように固定された状態になった。


 舞い上がる砂埃。

 静寂が訪れた廊下に、遅れてゼフが到着した。


「テ、テオ……!? リリア、今、何をしたんだ!? テオが床に、床に埋まっているぞ!?」


 ゼフが驚愕のあまり腰を抜かし、穴にハマってジタバタしているテオを見つめる。

 テオは、顔を床に押し付けられたまま、「うー、うー!」と、不満そうに、だがどこか楽しそうに声を上げていた。


「あら、パパ。テオが急ぎすぎて危なかったものですから。……少しだけ、落ち着かせただけですわ」


 俺は、何事もなかったかのように微笑み、テオの側へ歩み寄った。

 穴の中に手を差し伸べると、俺の魔力に触れたテオが、パァァと表情を明るくする。


「……テオ。ハイハイは、もっと優雅に行うものです。……魔力を推進力に使うのは、まだあなたには早すぎますわ」


 俺は、テオの襟首をひょいと掴み、大根を引き抜くような動作で床の穴から救出した。

 テオは俺に抱き上げられると、先ほどまでの爆走が嘘のように、満足げに「あうー」と鼻を鳴らして俺の肩に顔を埋めた。


「……リリア。君の『少しだけ』は、パパの『全力』よりも重い気がするよ……」


 ゼフが、粉砕された廊下と、直径一メートルほどのクレーターを見て、遠い目をしながら呟いた。


「そんなことはございませんわ。……それよりパパ。廊下の修繕をお願いしてもよろしいかしら? テオの次の『ハイハイ』が始まる前に、もっと頑丈な素材に変えておかないと、次こそ屋敷の土台が保ちませんわよ」


「……あ、ああ。そうだね。……今度は、王宮の防衛壁に使われる『金剛石混じりの石材』を発注することにするよ……」


 ゼフが力なく立ち上がり、執事たちに修繕の指示を出しに行く。

 その背中を見送りながら、俺は腕の中の小さな怪物を見つめた。


(……フン。たかがハイハイでこれか。……歩き出し、走り出す頃には、この王国自体を平らにしてしまいそうだな)


 テオの溢れんばかりの才能。

 それは、正しく導かなければ世界を壊す凶器となる。

 だが、この俺がいる限り、そのようなことはさせない。


(……テオ。お前がどんなに速く動こうとも。……俺の『重み』からは、一生逃げられんからな)


 俺は、俺の指をぎゅっと握りしめるテオの力を感じながら、姉としての自覚……という名の、最強の教育者としての悦びを、静かに噛み締めるのだった。


 ハルトマン邸の廊下に、再び大工たちの槌音が響き始める。

 伝説のハイハイ事件は、こうして「テオの健康な成長の証」として、ハルトマン家の家譜に(修繕費の請求書と共に)刻まれることとなった。


「ふふ。……テオ。明日は、その重圧の中でも動けるように特訓しましょうか」


 俺の、あまりに物騒な微笑みに、眠りかけたテオがビクッと体を震わせたが、それはまた別の日の物語である。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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