第三話:帰省!二人の兄と「兄の座」争奪戦
ハルトマン邸に、待ちに待った賑わいが戻ってきた。
俺ことリリア・ハルトマンが十一歳の誕生日を迎えてから数ヶ月。末弟テオドール――テオが誕生してからは、もうすぐ一年になろうとしている。現在、テオはまだ自力で動き回ることはなく、ふかふかのクッションに囲まれて「あー、うー」と声を上げている段階だ。
(……ふむ。平和なものだ。……いや、嵐の前の静けさと言うべきか)
俺は、窓辺の特等席でページを捲りながら、静かに紅茶の香りを愉しんでいた。
今日という日は、王都にある「王立アカデミー」へと入寮していた二人の兄、シオンとカイルが、長期休暇を利用して帰省してくる日なのだ。
ここで少し、二人が通う「王立アカデミー」について説明しておこう。
そこは、この王国の十三歳から十八歳までの貴族や、卓越した才能を持つ平民の子弟が集う最高峰の全寮制教育機関である。
将来の国を担う文官、魔導師、そして騎士を育成する場所であり、中等部から高等部までの六年間をかけて、徹底的な英才教育が施される。現在、十四歳の長男シオンは「騎士科」の中等部ニ年生として、将来の騎士団長候補の一人と目されるほどの有望株だ。そして十三歳の次男カイルは「魔導科」の中等部一年生として、入学早々に既存の術式を改良したことで学園中を驚かせたという。
そんな「学園の有名人」たちが、今まさに、この屋敷の門を潜ろうとしていた。
「リリアァァァッ! テオォォォッ! お兄ちゃんが帰ってきたぞぉぉぉっ!!」
玄関の扉が、物理的な衝撃波を伴って開き、野性味を増したシオンが飛び込んできた。
騎士科の厳しい鍛錬の賜物か、去年の帰省時よりもさらに肩幅が広くなり、纏う闘気が一段と鋭くなっている。その後ろから、洗練された魔導師のローブを優雅に翻し、知性的な輝きを増したカイルが、呆れたような溜息と共に現れた。
「シオン兄上、あまり大声を出さないでください。テオが驚いて泣き出してしまいます。……それに、リリアに対しても、もっと紳士的に接するべきだと学園で習わなかったのですか?」
「固いこと言うなカイル! 僕は半年間、この日のためだけに、学園の地獄のような模擬戦に耐えてきたんだ! 早く……早く僕の可愛い天使たちに会わせろ!」
俺は、立ち上がって淑女の礼で二人を迎えた。
「おかえりなさいませ、シオンお兄様、カイルお兄様。学園での研鑽、お疲れ様でしたわ」
「ああ、リリア! また一段と綺麗になったね。君が学園に来たら、間違いなく王都中の男どもが狂い出すよ!」
「リリア。……元気そうでよかった。君のために、学園の秘蔵図書館から特別に閲覧許可を得た、古い植物魔法の図譜を持ってきたんだ。後で一緒に読もう」
兄たちの熱烈な歓迎を受けつつ、俺たちはリビングへと移動した。
そこには、母エリナに抱かれ、まどろんでいたテオがいた。
「……あ、……あうー?」
テオが、見慣れぬ(あるいは半年ぶりに見る)二人の少年に、不思議そうな顔を向ける。
瞬間、シオンとカイルの目が「獲物を見つけた猛獣」のように輝いた。
「テオ! 僕だぞ、一番目のお兄ちゃんだぞ! ほーら、お土産だ! 王都で一番腕の良い鍛冶屋に作らせた、特注の『超高密度合金製ガラガラ』だ!」
シオンが取り出したのは、赤ん坊が持つにはあまりに重厚すぎる、鈍い銀色の塊だった。……あれは、下手をすれば筋力のない大人でも持ち上げられない重さだ。
「何を言っているんですか、シオン兄上。テオに必要なのはそんな粗暴な道具ではありません。テオ、僕の方においで。これを見てごらん。開くたびにマナの粒子が舞い踊る、『精霊魔導絵本』だよ」
カイルが広げたのは、繊細な術式が幾重にも組み込まれた、幻想的な輝きを放つ絵本だ。……赤ん坊が触れるには、あまりに高度な魔導具である。
「剣だ! 男はまず握力を鍛えるべきだ!」
「知性です。ハルトマンの血を継ぐなら、感覚的にマナに触れさせるべきです!」
二人の兄が、テオの左右に立ち、自分の方へテオを振り向かせようと必死にアピールを始める。
「テオ! 兄上じゃなくて、僕を見るんだ! 『シオン兄上』って言ってみて!」
「無理を言わないでください。テオ、僕の方へおいで。さあ、どちらのお兄様が素敵かな?」
テオは、左右から迫る「暑苦しい期待」に、次第に顔を引きつらせ始めた。
彼の中の膨大なマナが、周囲の混乱に反応して、パチパチと小さな放電を起こし始める。
(……やれやれ。シオンもカイルも、学園で優秀な成績を収めているはずなのに、テオの前ではただの語彙力の乏しい兄バカに成り下がるのだな。……このままでは、テオが泣き出すか、あるいは無意識に爆発(魔力放出)してしまう)
俺は、お茶のカップを静かにテーブルに置いた。
「お兄様方。……少し、騒がしすぎますわ」
俺の声は、可憐な少女の響き。だが、その背後に『剣聖』の鋭利な威圧と、全周囲を均等に抑え込む『重圧』をわずかに乗せた。
ピタリ。
シオンとカイルの動きが止まった。
彼らは本能的に、自分たちが「食物連鎖の頂点」ではないことを思い出したのだろう。
「……あ、ああ、すまないリリア。つい、テオが可愛すぎて……」
「……失礼しました。僕としたことが、冷静さを欠いていました……」
「……あうー」
圧力が消えたテオが、俺の裾をぎゅっと掴んで、安心したように顔を埋める。
それを見た兄たちは、ショックで膝を突き、滝のような涙を流し始めた。
「リ、リリアが一番なのか……。僕の特注ガラガラが、リリアの裾に負けるなんて……!」
「……僕の魔導絵本よりも、リリアの傍にいる方が心地よいというのか……。……やはり、リリアには勝てないのか……!」
二人の兄による「一番のお兄ちゃん決定戦」は、リリアという絶対王者の前で、無惨な敗北に終わった。
夜。
夕食の席では、ゼフが「ああ、家族全員が揃うなんて! 僕は、僕は幸せ者だぁぁっ!!」といつものように号泣し、エリナは兄たちの学園での成績を聞いて満足げに微笑んでいた。
シオンとカイルは、食事の間もテオの機嫌を取ろうと、あーんをしたり、変顔をしたりと忙しそうだったが、テオは相変わらず俺の顔ばかりを見ていた。
(……家族、か。……前世では、誰かにこうして奪い合われることも、守り合われることもなかったな)
俺は、そんな賑やかな光景を眺めながら、自分の中に芽生えた確かな愛着を感じていた。
二人の兄は、あと数年で学園を卒業し、王国の中心へと進んでいくだろう。
そして俺も、あと一年と少しで彼らの後を追い、あの学園へと足を踏み入れる。
(……それまでの間、この騒がしい平和を全力で守り通さねばな。……まずは、この兄たちの過剰なシスコン・ブラコン体質をどうにかするのが先決かもしれんが)
俺は、テオの小さな手をそっと握り、来たるべき学園生活と、この愛すべき家族の未来に想いを馳せるのであった。
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次回お楽しみに。




