第三十話:完勝!パパの目は誤魔化せない!?
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1章完結です…!
夜が明け、冬の澄んだ朝日がハルトマン邸の無惨な姿を照らし出した。
かつて王都でも指折りの美しさを誇った名門の邸宅は、今や北側半分が完全に消失し、断面からは豪華な壁紙や家具の残骸が剥き出しになっている。広大な庭園には、一本の巨大な溝が数キロ先まで刻まれ、まるで地を這う巨大な龍が暴れたかのような爪痕が残されていた。
静寂を切り裂くように、猛烈な勢いで駆ける馬の嘶きが響いた。
「――リリアァァァァァッ!! エリナ! シオン! カイルゥゥゥッ!!」
王都から不眠不休で馬を飛ばし、予定を一日繰り上げて帰還した王国騎士団長、ゼフ・ハルトマン。
彼は門を潜る前から屋敷の惨状を目にし、心臓が止まるほどの絶望に打ち震えていた。馬が止まるのも待たず、彼は崩れた瓦礫の山へと飛び込んだ。
「嘘だ……こんなことが……僕がいなかったばかりに……!!」
ゼフは泣き叫びながら、瓦礫を素手で掻き分ける。王国最強の盾と呼ばれた男の指先が、恐怖で細かく震えていた。
だが、その背後に静かな足音が近づく。
「……あなた、そんなところで叫ばないで。子供たちが起きるわよ」
振り返った先には、肩にシオンの上着を羽織り、眠る俺を抱きかかえた母エリナが立っていた。その横には、脇腹に何重もの包帯を巻きつつも、しっかりとした足取りのシオンと、彼を支えるカイルの姿。
「エ、エリナ……! シオン! カイル! 無事、無事だったのか……!?」
ゼフは猛然と駆け寄り、家族全員をその太い腕で、折れんばかりに抱きしめた。
鎧の冷たさと、汗と馬の匂い。そして、父親の魂からの嗚咽。
「……ぐはっ、……ぱ、……ぱぱ。……くる、……しい」
俺は、ゼフの腕の中で目を覚ました振りをし、たどたどしく不満を漏らした。
実際、この男の抱擁は物理的な圧迫死を招きかねない威力がある。
「ああ、リリア! ああ、神様……! みんな、生きていてくれた! 賊は……賊はどうしたんだ!? 僕は道中で、この付近に潜伏していた暗殺部隊の死体をいくつも見たぞ!」
ゼフが涙を拭いながら、鋭い騎士の目に切り替わる。
彼は、周囲に転がる「自滅」したような暗殺者たちの残骸と、何より――屋敷を半分消し飛ばし、地平線の彼方まで続く『一本の破壊の道筋』に目を向けた。
「……エリナ。これは一体、何があったんだ。王国の宮廷魔導師が十人がかりでも、これほどの指向性を持った破壊は不可能だ。……誰が、助けに来てくれた?」
ゼフの問いに、エリナは一瞬、俺と視線を合わせた。
俺は、彼女の腕の中で、あざといほどに「無垢な八歳の少女」の瞳をパチパチと瞬かせてみせた。
「……それがね、あなた。不思議なことが起きたのよ」
エリナは、どこか遠くを見つめるような、そして隠しきれない畏怖と誇らしさが混ざったような声で語り始めた。
「昨夜、賊がこの大広間まで攻めてきたわ。私は魔封石に囲まれ、絶体絶命だった。……そこへね、リリアちゃんが二階からトコトコと降りてきたの」
「リリアが!? 危険じゃないか!」
「ええ。私もそう叫んだわ。でも、リリアちゃんったら、あまりに慌てていたみたいで……。そこで、派手に『転んじゃった』のよ」
「……転んだ?」
「そう。リリアちゃんが、えいっ、て転んで、持っていた木の枝を床に突いた瞬間……。……気づいたら、屋敷が半分なくなっていて、悪い人たちも一人残らず、消えていたの」
……沈黙。
冬の朝の風が、瓦礫の間を吹き抜ける。
ゼフは、エリナの言葉を理解しようと、数秒間、口を半開きにして固まっていた。
「……転んで……屋敷が……半分……?」
ゼフは、エリナの腕の中にいる、俺の小さな、白く柔らかな手を取った。
傷一つない、可憐な少女の手。
だが、戦士としてのゼフの五感は、その手の奥底に眠る、かつての宿敵――剣聖アルスすらも凌駕しかねない、圧倒的な『力の残滓』を、はっきりと感じ取っていた。
ゼフは、破壊の跡をもう一度見た。
一点に集中され、一切の無駄なく放たれた重圧。それは魔法ではない。極限まで練り上げられた武の極意。
ゼフはゆっくりと、俺の瞳を覗き込んだ。
俺は、逃げも隠れもしない。ただ、穏やかな微笑みで父を見つめ返した。
――気づいているんだろう、ゼフ。
――貴様の娘は、貴様が守るべきひ弱な雛ではない。
数瞬の、火花が散るような視線の交錯。
やがて、ゼフは深々と溜息を吐き、そして――これまでで一番、だらしない親バカの顔を崩した。
「……そうか! あははは! さすがは僕の娘だ! 転び方まで世界一パワフルなんだね!」
(……おい。信じるのか、その話を)
「よし、決めた! リリアが転んで壊したなら仕方ない! パパ、もっともっと頑丈な屋敷を建て直すよ! 今度はリリアが三回転んでも、いや、十回全力で転んでもびくともしない、最強の城をね!」
ゼフは俺を高く抱き上げ、青空に向かって笑い声を上げた。
その目には、涙が浮かんでいた。
それは、家族が無事であったことへの安堵と、愛する娘が自分の想像を遥かに超える「特別な存在」であることへの、深い覚悟の涙だった。
「……シオン、カイル。お前たちもよく頑張った。……リリアを守ろうとしたその傷は、騎士の誇りだ」
ゼフは、傷ついた息子たちの頭を大きな手で撫でた。
シオンとカイルも、何かを言いたげに俺を見ていたが、やがて力強く頷いた。
彼らもまた、昨夜見た「伝説」を、自分たちだけの秘密にする決意を固めたようだった。
こうして、ハルトマン邸の襲撃事件は、公的には「原因不明の魔力暴走による自滅」として処理された。
だが、王国の裏社会、そして隣国の諜報機関には、一つの恐るべき噂が駆け巡ることになる。
――ハルトマン家には、決して触れてはならない『守護聖女』がいる。
――彼女が一度「転べば」、国の一つや二つ、地図から消え去るだろう。
瓦礫の山の上で、朝日を浴びるハルトマン家。
半分壊れた家の中で、家族の絆はより一層、強固なものへと変わっていた。
(……やれやれ。これでしばらくは、静かになるだろうな)
俺は父の肩越しに、遠い空を見つめた。
八歳。元剣聖の再起計画は、期せずして「ハルトマンの伝説」として幕を開けた。
これから始まる、さらなる激動の日々。
だが、この騒がしくて重すぎる愛情に満ちた家族がいれば、二度目の人生もそう悪くはない。
「……ぱ、……ぱぱ。……お、……なか。……すいた」
「おおう! パパが最高のご飯を作ってあげるよぉ〜、リリアァァッ!!」
ハルトマン邸の第一章。
それは、一振りの杖と、一人の少女の「転倒」から始まった、最強の神話の序章であった。
【第一章・完】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
これで1章が完結です。
まとめて投稿させていただきましたが、少し時間置いて少しずつ2章も投稿していきます。
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次回お楽しみに。




