第二十九話:撲殺!一撃必殺は静かに!
完全破壊(キラッ⭐︎
ハルトマン邸、一階大広間。
かつては華やかな舞踏会が開かれたその場所は、今や瓦礫と焦げ跡、そして氷塊が散乱する戦場と化していた。
「ハァ……ハァ……ッ、くぅ……!」
母エリナが、壁際に追い詰められ、荒い息を吐いている。
彼女の周囲には、十数個の『魔封石』が不気味な陣を描いて配置され、彼女の膨大な魔力を根こそぎ封じ込めていた。杖は折れ、美しいドレスは煤と自身の血で汚れている。
「ククク……どうした、『氷炎の魔女』。かつての威光はどこへ行った?」
エリナを見下ろすのは、この襲撃部隊の首領だ。
全身に複数の魔法剣を帯び、その身のこなしは、ただの暗殺者ではなく手練れの魔法剣士であることを示していた。
「我が国の悲願のため、ハルトマンの血はここで絶やす。……まずは貴様からだ。その首を刎ねた後、上の階にいるガキどもも――」
首領が、嗜虐的な笑みを浮かべて剣を振り上げた、その時だった。
ギィィィィン……。
大広間の重厚な扉が、何の前触れもなく、嫌な音を立てて内側へと歪んだ。
風はない。魔力の波動もない。
ただ、扉の向こう側から、物理的で、圧倒的な『重圧』だけが滲み出していた。
「……誰だ!」
首領が警戒も露わに振り返る。
次の瞬間、扉は蝶番を引きちぎり、内側へと弾け飛んだ。
舞い上がる埃の向こうに、小さな影が立っていた。
ネグリジェ姿の、八歳の少女。
その手には、不釣り合いなほど長く、重そうな大理石の手すりの支柱――即席の『杖』が握られている。
「……リ、リリア!? 来てはダメ! 逃げなさい!!」
エリナが悲鳴を上げる。だが、俺は止まらない。
大理石の床を、裸足の足がペタペタと踏みしめる音だけが、静寂の大広間に響く。
「……なんだ、このガキは。……二階の部隊はどうした。まさか……」
首領の顔から、余裕が消えた。彼の本能が、目の前の少女の異常さを感知したのだ。
血の一滴も浴びていない。呼吸も乱れていない。
だが、その瞳は――深淵のように昏く、冷たく、そして燃えていた。
「……その、汚らわしい手を。……ママから、離して」
俺の声は、鈴を転がすように可憐で、そして氷点下の刃物のように鋭かった。
「……ッ! 化け物が。死ねぇぇぇっ!!」
首領が動いた。
流石は精鋭部隊の長。その踏み込みは音速に達し、彼が纏う風の魔力が刃となって俺に襲いかかる。常人なら反応すらできず、肉片へと変わる速度。
「……リリアっ!!」
ママの悲鳴聞こえる。
(……遅い)
だが、元剣聖の動体視力にとって、それは止まっているも同然だった。
俺は、ゆっくりと――彼らにとっては認識できない速度で――右足を一歩、前へ踏み出した。
(纏え……。俺の内に渦巻く全魔力を。八年間、練り上げ続けたこの『重み』を。……この石の杖の一点に、全て集約しろ)
俺の体内で、行き場を失っていた膨大なマナが、奔流となって右腕を駆け巡り、大理石の杖へと流れ込む。
杖が、臨界点を超えた魔力密度によって、微かに黒く発光し始めた。
空間が歪む。重力が悲鳴を上げる。
首領の剣が俺の首に届くより速く、俺は彼の懐へと滑り込んだ。
「――『極大圧縮・無音破壊』」
俺は、杖の先端を、首領の腹部、魔力核が存在する一点に、そっと「置いた」。
瞬間。
世界から、音が消えた。
――。
衝撃波は、後から遅れてやってきた。
ズドォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
轟音と共に、首領の背後の空間が炸裂した。
俺の杖から放たれた、指向性を持った超重圧のエネルギーは、首領の肉体を原子レベルで透過し、その運動エネルギーを全て後方へと吐き出したのだ。
首領の体は、悲鳴を上げる暇もなく、その場から「消失」した。血霧すら残らない。ただ、彼が存在した空間が抉り取られただけだ。
そして、その破壊の奔流は止まらない。
大広間の後方の壁、太い柱、さらにその向こうにある庭園の木々、そして屋敷の外壁までもが、一直線に貫かれ、粉砕され、蒸発していく。
ガラガラガラガラッ……ドォォォン!!
屋敷の北側半分が、俺の一撃の余波によって崩落し、瓦礫の山と化した。
天井が抜け、ぽっかりと空いた穴から、美しい星空が見下ろしている。
静寂が戻った。
俺は、役目を終えてヒビだらけになった大理石の杖を、カラン、と床に捨てた。
エリナは、腰を抜かしたまま、呆然と俺を見上げていた。
彼女の視線は、俺と、俺の後ろに広がる「半分消滅した我が家」を交互に行き来している。
「……リ、……リリア……? 今のは……あなたが……?」
(……ふぅ。流石に、八歳の体でこれはキツイな。全身の魔力回路が焼き切れそうだ)
俺は、内心で冷や汗をかきながら、ゆっくりとエリナの方へ振り返った。
そして、最高の「八歳の少女」の演技(一部本気)で、コテリと首を傾げた。
「……まま。……おわった、よ」
俺はそのまま、糸が切れた人形のように、エリナの胸の中へと倒れ込んだ。
「……ねむ、い。……おやすみ、……まま」
「えっ、ちょっ、リリア!? リリアちゃん!?」
エリナの慌てた声が、遠のいていく意識の中で心地よく響いた。
これでいい。
シオンは助かった。カイルも無事だ。ママも守りきった。
屋敷が半分なくなったが、まあ、ゼフなら笑って許すだろう。
元剣聖リリア・ハルトマン、八歳。
家族を守るための、初めての「本気」の戦いは、ハルトマン邸の半壊という物理的な伝説と共に、静かに幕を閉じたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。
次回お楽しみに。




