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かつての剣聖、死んだら宿敵の娘に転生してしまった 〜パパが世界最強の親バカすぎて復讐どころか修行もままなりません〜  作者: ぱすた屋さん
第一章:「最強の家族」と「秘密の修行」

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第二十七話:窮地!シオン、血に染まる!?

覚⭐︎醒


 ハルトマン邸の居住区へと続く長い廊下は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

 一階の大広間から聞こえていた爆音や怒号は、厚い壁と扉、そしてカイルが必死に展開している遮音結界によって遠ざけられている。だが、その静寂こそが、死神がすぐ傍まで近づいていることを雄弁に物語っていた。


「……カイル。絶対に、僕の背中から離れるなよ」


 九歳の長男シオンが、震える両手で練習用の真剣を構えていた。

 元々は父ゼフの許可を得て、将来のためにと鍛錬に使っていたものだ。子供用に短く詰められているとはいえ、本物の鋼の重みが、シオンの小さな肩に重くのしかかる。

 その背後では、八歳の次男カイルが蒼白な顔で杖を掲げ、廊下を埋め尽くすほどの防御障壁を幾重にも展開していた。


「……シオン兄上、無茶はやめてください! 敵はプロの暗殺者なんです。僕たちが戦うなんて……」

「わかってる! でも、父上はいないし、母上は下で戦ってるんだ。僕たちがリリアを守らなくて、誰が守るんだよ!」


 シオンの叫びは、自分自身に言い聞かせるためのものだった。

 俺ことリリア・ハルトマンは、二人の兄の背中を、廊下の陰から静かに見つめていた。

 シオンの背中は、この数年の鍛錬で確かに逞しくなっている。だが、今、その肩は恐怖で小さく波打っていた。カイルの指先も、過剰な魔力行使と極限の緊張で、細かく震え続けている。


(……シオン。カイル。……お前たちの勇気は本物だ。だが、相手が悪い)


 俺の『感知網』が捉えた影は、全部で五つ。

 正面から突破を試みる二名と、天井裏から回り込もうとする三名。

 彼らは一階でエリナと対峙していた雑兵とは格が違う。ハルトマンの血筋を確実に絶やすために送り込まれた、本物の『処刑人』たちだ。


 パリンッ、と乾いた音が響いた。

 カイルが張っていた第一障壁が、何の前触れもなく霧散した。


「……えっ!? うそ、解呪ディスペルもなしに……!?」

「ほう。この程度の年齢でこれだけの多層結界を張るとは。……ハルトマンの子は、今のうちに摘んでおくのが正解のようだな」


 影の中から、音もなく二人の男が姿を現した。

 彼らが手にしているのは、ただの短剣ではない。刀身に不気味な文様が刻まれた、魔力を強制的に散衰させる『吸魔の刃』。カイルの障壁は、魔法として機能する前に、その刃によって「物理的に切り裂かれた」のだ。


「……させるかぁぁぁっ!!」


 シオンが、弾かれたように飛び出した。

 彼が放ったのは、俺が六歳の頃からアドバイスを与え続けてきた、重心のすべてを乗せた『重一撃』。

 十一歳の子供が放ったとは思えないほど鋭く、重い一閃が、先頭の男の喉笛を狙う。


 ガギィィィン!!


「……なっ!?」


 シオンの必殺の一撃は、男が片手で掲げた短剣によって、易々と受け止められていた。

 男の足元の床が、衝撃でわずかに軋む。だが、男の表情には、驚きすら浮かんでいなかった。


「悪くない。……だが、体重が軽すぎる。ハルトマン流を名乗るには、百年早い」


 男が短剣をわずかに捻る。

 それだけでシオンの体勢は無残に崩され、がら空きになった脇腹に、もう一人の男が容赦のない蹴りを叩き込んだ。


「が、はっ……!?」


 シオンの体が紙屑のように吹き飛び、背後の壁に激突する。

 その隙を逃さず、天井裏から三人の影がカイルの頭上へと舞い降りた。


「カイルお兄様!!」


 俺の声が響くのと同時に、カイルは咄嗟に魔力を爆発させ、自身の周囲に全方位の衝撃波を放った。

 だが、暗殺者たちは空中で身を翻し、猫のような着地でカイルを包囲した。彼らの手には、魔力を吸い取り光を失わせる『魔封石』が握られている。


「……あ、あぁ……。魔力が、出ない……」


 カイルの杖から、魔力の光が消えた。

 十歳の天才魔導師にとって、世界からマナが奪われる恐怖は、死そのものに等しい。


「終わりだ。……まずは、一番大きな芽から潰すとしよう」


 リーダー格の男が、倒れ伏しているシオンへと歩み寄る。

 その手にある『吸魔の刃』が、月光を浴びて紫色の毒々しい輝きを放った。


「……やめろ……! 僕を殺すなら好きにしろ! でも、カイルと……リリアには、指一本触れさせないぞ!!」


 シオンが、口の端から鮮血を垂らしながら、再び立ち上がろうとした。

 折れかけた膝を魔力で強引に固定し、震える手で真剣を構え直す。

 その姿は、あまりに無謀で、そして――この上なく尊かった。


「……いい目だ。……だが、死ね」


 男の腕が、目にも止まらぬ速さで閃いた。

 シオンは回避しようとしたが、先ほどの蹴りで肋骨を折られたのか、動きが一瞬遅れる。


 ドシュッ!!


 肉を裂く、嫌な音が廊下に響き渡った。


「…………ぁ、……が、……っ」


 シオンの脇腹から、噴水のように鮮血が舞い上がった。

 暗殺者の刃が、彼の小さな体を深く、容赦なく切り裂いたのだ。

 シオンは、カイルと俺の方を見つめたまま、ゆっくりと膝をつき、床に倒れ伏した。

 彼が握っていた真剣が、カラン、と虚しい音を立てて床を転がる。


「シオン兄上ぇぇぇぇぇっ!!」


 カイルの絶叫が、夜の静寂を切り裂いた。

 カイルはシオンの元へ駆け寄ろうとしたが、周囲を取り囲む暗殺者たちがそれを許さない。


「………………」


 俺の視界が、一瞬で真っ赤に染まった。

 足元の床を濡らしていく、シオンの血。

 さっきまで俺を守ろうとしていた、温かい背中。

 俺におやつを譲ってくれ、一緒に馬鹿な話をして笑い、俺を「自慢の妹だ」と抱きしめてくれた……あの優しい兄の血だ。


(………………あぁ。……そうか。……そういうことか)


 俺の中で、何かが静かに、だが決定的に音を立てて壊れた。

 いや、壊れたのではない。

 八年間の平穏な生活という『殻』が、内側から溢れ出す圧倒的な衝動によって、粉々に砕け散ったのだ。


 俺は、カイルの横を通り抜け、静かに一歩、前へ出た。


「……リリア? だめだ、逃げて……! お願いだから、リリアだけは……!」


 カイルが俺の裾を掴もうとするが、その手は空を切った。

 俺から発せられた『何か』が、周囲の空気を物理的に押し広げ、カイルの手を拒絶したのだ。


 暗殺者たちが、一斉に俺を見た。

 先ほどまで「殺すべき標的の一つ」としてしか見ていなかったはずの彼らの瞳に、初めて明確な戸惑いと――本能的な『恐怖』が宿る。


(……貴様ら。……死にたいんだな? それも、ただの死ではない……地獄すら生温いほどの、永遠の絶望と苦痛を味わいたいというわけだ)


 俺の内に眠っていた『剣聖アルス』の魂が、氷のような冷徹さと、太陽の表面よりも熱い怒りを伴って、完全に覚醒した。

 八歳の少女という矮小な器から溢れ出したのは、魔力などという甘っちょろいものではない。

 前世で数万の命を刈り取り、魔王軍の軍勢を一人で灰にした、純粋な『死の意志』――殺気の奔流だ。


 ドォォォォォォォォン……。


 比喩ではなく、ハルトマン邸全体が、俺の殺気に共鳴して微かに震え始めた。

 廊下の壁に飾られていた絵画が次々と落下し、窓ガラスには一斉に亀裂が走る。


「……な、なんだ、このプレッシャーは……!? ただの子供のはずだぞ……!?」


 リーダー格の男が、顔を引きつらせて後ずさった。

 彼らの手にある魔封石が、俺の殺気の圧力に耐えきれず、パキパキと音を立てて粉砕されていく。


「……お兄様を、傷つけたわね」


 俺の声は、低く、そして驚くほど静かに響いた。

 だが、その一言は、死神が宣告する最後通牒そのものだった。


「……殺せ!! 今すぐこのガキを殺せ!! こいつは人間じゃない、化け物だ!!」


 恐怖に耐えきれなくなったリーダーが叫ぶ。

 四人の暗殺者が、半狂乱になりながら俺に向かって一斉に飛びかかった。


 だが、俺には彼らの動きが、止まっているも同然に見えていた。


(……纏え。……俺の怒りを。……俺の剣聖としての矜持を。……全てを、この一本の『杖』に集約しろ)


 俺は近くの飾り棚に立てかけてあった、何の変哲もない、一本の古い木の杖を手にした。

 剣などいらない。

 今の俺の怒りを叩き込むには、この、ただの木片で十分だった。


 俺の瞳が、黄金色の剣聖の輝きを取り戻す。

 

 一歩。

 俺が踏み出した瞬間、廊下の床が同心円状に砕け散った。


 ハルトマン邸の地獄は、ここからが本当の本番だった。

 そしてその地獄の主は、シオンの血で真っ赤に染まった床の上に立つ、八歳の少女だったのである。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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