第二十五話:凶報!迫り来る影の群れ!
8歳です。
短めですがキリいいので…!
八歳。その年齢は、子供がようやく世界を広げ、無邪気に庭を駆け回る季節だ。
だが、今宵のハルトマン邸に流れる空気は、これまでにないほど冷たく、肌を刺すような鋭利な殺気を孕んでいた。
(……チッ、最悪のタイミングだな。よりによって、この『穴』を狙ってくるとは)
俺ことリリア・ハルトマンは、月明かりの届かない寝室の窓辺で、静かに外の景色を凝視していた。
父ゼフ・ハルトマンは、昨日、王都での緊急軍事会議のため、急ぎ馬を走らせて屋敷を後にした。期間は三日。王国最強の盾が不在――この屋敷の防衛力が、物理的にも精神的にも最も低下する瞬間を、連中は寸分の狂いもなく突いてきた。
俺の脳内にある『感知網』が、庭園の暗がりに潜む異物たちを次々とロックオンしていく。
俺が二歳から欠かさず続けてきた『纏う魔力』の鍛錬は、単なる肉体強化に留まらない。体内の魔力循環を外部のマナと微細に同調させることで、半径数百メートルの気配を掌の上にあるかのように把握できる。
(……東の生垣に十二、西の通用門付近に十五、北の森で機を伺っているのが二十三か。合計五十。足音は消され、魔力も極限まで抑えられている。装備から漏れる微かな油の匂いと、独特の呼吸法。ただの賊ではないな。隣国の間者が送り込んだ、対魔術師・対騎士に特化した暗殺部隊だ)
前世で数多の戦場を渡り歩いてきた俺の勘が、警告を鳴らしている。
奴らは訓練されている。一斉に飛び込むのではなく、確実に退路を断ち、通信魔法の妨害工作を終えてから動く。プロの仕事だ。
「……リリア。まだ起きていたの?」
背後から、静かな、だが凍りつくような緊張感を伴った声がした。
母エリナだ。彼女が部屋に入ってきた瞬間、室温が数度下がったような錯覚に陥る。
振り向いた母の瞳には、いつも俺を抱き上げる時の慈愛はなく、かつて『氷炎の魔女』と恐れられた戦場の魔術師としての、冷徹な光が宿っていた。
「……まま。……お外、……へん。……いっぱい、……いる」
俺は八歳の少女として、僅かに肩を震わせながら、だが確かな情報を伝えた。
エリナは一瞬、驚いたように目を見開いた。魔術師である彼女でも、結界を抜けて屋敷の至近距離まで迫った敵の正確な数までは、まだ把握できていなかったのだろう。だが、彼女はすぐに俺の前に跪き、俺の小さな手を両手で包んだ。
「ええ、分かっているわ。……リリア、よく気づいてくれたわね。大丈夫よ、パパがいない間、この家はママが守る。リリアはシオンとカイルの部屋へ行きなさい。あの子たちと一緒に、地下の避難庫へ隠れるのよ。いいわね?」
(……無理だな。ママ一人の魔力で、この数は捌ききれん。敵は間違いなく『魔力相殺の呪具』を装備している。純粋な魔術師であるママにとっては、最悪の相性だ)
エリナが立ち上がり、空中に指を走らせると、淡い光の防壁が寝室の扉を覆った。
彼女は俺を安心させるように一度だけ微笑むと、そのまま翻り、敵の正面となる一階の大広間へと向かった。
俺はエリナの背中を見送りながら、一歩、部屋の隅にあるクローゼットへと歩み出した。
指示された地下避難庫へ向かうつもりはない。
シオンとカイル。守るべき二人の兄たちがいる。
そして、この八年間、おじさんの魂を癒やしてくれた、この騒がしくも温かい場所がある。
それを、どこの誰とも知れぬ刺客たちに踏み荒らされ、壊されるなど、剣聖のプライドが――いや、リリア・ハルトマンとしての心が、断固として拒絶していた。
(……やれやれ。パパにバレたら、今度こそ『一ヶ月おやつ抜き』どころじゃ済まんだろうな。……だが、今日ばかりは、俺の『趣味』に付き合ってもらうぞ、間者ども)
俺は寝巻きの裾をまくり、動きやすいよう魔力で即席の「縛り」を入れる。
そして、近くの飾り棚に置かれていた、何の変哲もない「ただの木の杖」を一本手に取った。
なまくらの真剣よりも、密度を極限まで高めた魔力を流し込むには、こうした柔軟な木材の方が『重み』に耐えられる。
ハルトマン邸の長い夜が、今、静かに幕を開けようとしていた。
影の群れが扉を蹴破り、絶望を振りまこうとするその瞬間を、俺は死神のような冷徹さで待ち構えていた。
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次回お楽しみに。




