第二十三話:破壊!六歳の剣聖は重圧を纏う!?
6歳になりました
月日が流れるのは、矢の如しという。
俺ことリリア・ハルトマンが、この「ハルトマン邸」という名の魔境に生を受けてから、早くも六年が経過していた。
(……フン。六歳か。前世なら、そろそろ真剣を握って道場破りを始めていた頃だな)
鏡の中に映る自分を見る。
燃えるような赤髪を揺らし、雪のように白い肌を持つ、天使のような少女。大きな瞳には、六歳児にはあるまじき「深淵を見つめるような冷徹な光」が宿っている。
体格は小柄だが、その薄い肌の下には、四年にわたる地獄の……いや、愛という名の過激な英才教育によって鍛え上げられた、鋼のような肉体と魔力回路が隠されていた。
この四年間、俺を取り巻く環境はさらに激化した。
父ゼフは「リリアを王国最強の騎士にする」と息巻き、毎日夜明け前から俺を訓練場へ引きずり出した。
母エリナは「リリアを魔導の王にする」と宣言し、夜は夜で俺の脳内に禁忌に近い高等魔導理論を叩き込み続けた。
結果として、俺の中に眠る「放出不全の魔力」は、とんでもない方向へと進化したのである。
「――さあ、リリア! 今日もパパの盾を叩き割るつもりで、全力で来い!」
訓練場。朝日を背に、王国最強の盾ゼフ・ハルトマンが、巨大な鉄盾を構えて立っていた。
彼の周囲には、もはや物理的な質量を感じさせるほどの凄まじい闘気が渦巻いている。六歳の娘相手に、この男、一歩も引くつもりがない。
「……ぱ、……ぱぱ。……いく、……よ」
俺は、手にした一本の木刀を低く構えた。
何の変哲もない、ただの木製の剣だ。だが、俺がその柄を握った瞬間、訓練場の空気がピリリと凍りついた。
(纏え……。俺の魔力のすべてを、この一本の木片に『充填』しろ)
俺は、体内で生成される膨大な魔力を、あえて体外に逃がさず、木刀の内部へと強引に流し込んだ。
放出できない魔力は、木刀という器の中で行き場を失い、超高密度に圧縮されていく。
見た目は変わらない。光りもしない。だが、その木刀が持つ『存在の重み』は、今や数トンを越える鉄塊に匹敵していた。
「……ほう。また密度を上げたな、リリア。だが、パパの盾は揺るがないぞ!」
「……ふふ。……いく、……よ。……『極小圧縮・重圧・一閃』」
ドンッ!!
俺の踏み込みと同時に、訓練場の石畳が粉々に砕け散った。
俺の体は、音を置き去りにしてゼフの懐へと潜り込む。
振り下ろされる木刀。
それはもはや剣の動きではない。巨大な山が、その全ての質量を一点に集約して落下してくるような、理不尽なまでの『重圧』。
ガギィィィィィィィィィン!!
訓練場全体が、地震のような轟音と共に激しく揺れた。
ゼフの巨大な鉄盾と、俺の木刀が激突する。
一瞬の静止。
次の瞬間、ゼフの足元の地面が、巨大な円形に陥没した。
「……ぐ、ぉっ!? ……重い、重すぎるぞリリア! これが、魔法を纏わせた剣の威力か!」
ゼフの剛腕が、ミシミシと悲鳴を上げる。
俺の木刀は、ゼフの盾を「斬って」はいない。ただ、その圧倒的な重みで、盾ごとゼフを大地へと「埋め込んで」いたのだ。
(……まだだ。……加速しろ、魔力の循環!)
俺は木刀を通じて、さらに自身の魔力を流し込む。
木刀の密度が限界を超え、周囲の空間が微かに歪み始める。
「あらあら、あなた。そんなところで負けてちゃダメよ? リリアちゃんの魔法は、もっと鋭いのよ!」
訓練場の隅で、エリナが優雅に杖を振るった。
彼女が放ったのは、三層に重なる極大の魔導障壁。俺とゼフを包み込むように展開される。
「さあ、リリアちゃん! パパの盾を壊すついでに、ママの壁もぶち抜いてごらんなさい!」
(……この親たち、本当に容赦がないな)
俺は内心で毒づきながら、全魔力を木刀の切っ先に集中させた。
物理的な重さと、魔力による破壊エネルギーの融合。
前世の俺にはなかった、最強の『一撃』。
「……は、……ぁぁぁぁぁっ!!」
俺がさらに力を込めた瞬間。
パキィィィィィィィン!!
ゼフの鉄盾が、中心から十字に裂けた。
それだけではない。衝撃波はエリナの三重障壁をも紙屑のように引き裂き、訓練場の壁を突き破って、後方の森まで一直線に突き抜けた。
静寂。
舞い上がる土煙の中、ゼフは盾の破片を手に呆然と立ち尽くし、エリナは口元を押さえて目を見開いていた。
「…………な……」
ゼフが、掠れた声で漏らした。
「……盾が。……僕の、本気の魔力強化を施した鉄盾が……。木刀一本に、粉砕された……?」
「……凄いわ。……術式の構築なしに、純粋な魔力の重圧だけで障壁を中和し、物理的に破壊するなんて。……リリア、あなた……やっぱり、ただの天才じゃないわね」
エリナが震える足取りで俺に近寄ってくる。
その瞳は、もはや娘を愛でる母親のものではなく、未知の事象に戦慄する魔術師のそれだった。
「……あ、……あう。……ぱ、……ぱぱ。……ごめ、……ん」
俺は、魔力切れでふらつく体を支えながら、申し訳なさそうに(という演技をしながら)首を傾げた。
……ふぅ。六歳児の体でこれを行うのは、まだ負荷が強すぎる。全身の筋肉が熱い。
「……リリアァァァァァァッ!!」
絶句していたゼフが、突然、俺に突進してきた。
また怒られるのか、と思いきや、彼は俺を抱き上げ、これまでにないほど激しく号泣し始めた。
「すごい! すごいよリリア! パパの盾を壊すなんて! お前はもう、パパを超えてしまったんだね! ああああ! なんて誇らしいんだ! 今日はお赤飯だ! ハルトマン家の家宝が、盾を壊した記念日だぁぁっ!!」
(……いや、壊したのは貴様の盾だろう。なぜそんなに嬉しいんだ)
「リリアちゃん、お見事よ! 今の術式……いいえ、『重圧魔法』と名付けましょうか。ママが明日から、もっと効率的な魔力の圧縮方法を教えてあげるわね!」
(……勘弁してくれ。これ以上重くなったら、俺の足が地面に埋まって動けなくなる)
俺は、興奮状態の両親に挟まれ、もみくちゃにされながら、遠くでこの惨状を見つめていた兄たちの姿を認めた。
長男シオンは、折れた木刀の跡を指差してガタガタと震えており、次男カイルは、猛烈な勢いで「リリアの破壊力と魔力密度の相関図」をノートに書き込んでいた。
(…………ハルトマン家。……やはり、ここを攻略しきるのは、前世の魔王軍を倒すより難易度が高そうだぞ)
俺は、幸せそうに泣き笑う家族たちの熱量を浴びながら、自らの『重すぎる才能』と、それを受け入れる『さらに重すぎる愛情』に、少しだけ、本当に少しだけ、心地よい疲れを感じていた。
六歳のリリア。
その一振りは、すでに王国の常識を塗り替え、伝説の序章を確実に刻み始めていた。
元剣聖の再起計画は、今や「家族総出の怪物育成計画」へと変貌し、誰にも止められない速度で加速していくのだった。
「ふぅ…!(よし、次は……もっと軽い剣で、もっと重い一撃を放てるようにしてやるからな!)」
俺の小さな誓いは、親バカたちの歓喜の声にかき消され、今日も青い空へと溶けていった。
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次回お楽しみに。




