第二十一話:震撼!元同僚たちの魔力鑑定!?
二歳児の社交界というのは、親の自慢話と、それを受け流す子供の忍耐によって成り立っている。
今日、ハルトマン邸のサンルームには、母エリナの元同僚である『王宮魔導師団』の精鋭たちが招かれていた。
(……ふん。パパの部下(脳筋)たちの次は、ママの仲間(魔術馬鹿)か。……どいつもこいつも、魔力の揺らぎが隠しきれていないぞ。流石は王国の最高戦力というわけか)
俺、リリア・ハルトマンは、特製のハイチェアーに座らされ、イチゴが乗った小さなタルトを前に、不機嫌(に見えない笑顔)を維持していた。
目の前には、派手なローブを纏った二人の魔導師。一人は、氷のような冷徹な魔力を漂わせる美女、セレーネ。もう一人は、爆発しそうな火の魔力を抑え込んでいる大男、バルナバスだ。
「……信じられないわ、エリナ。あの『氷炎の魔女』が、こんなに愛らしい天使のママになっているなんて」
セレーネが冷たい瞳を僅かに和らげ、俺をじっと見つめる。その瞳の奥には、魔術師特有の『真理鑑定』の術式が浮かんでいた。
「あら、セレーネ。リリアはただ可愛いだけじゃないわよ? この子、もう魔法の本質を理解している節があるの」
(……余計なことを言うな、エリナ。俺はただ、静かにタルトを食いたいだけなんだ)
バルナバスが豪快に笑い、テーブルを叩いた。
「ガハハ! エリナの娘なら、魔力量も規格外だろう! どれ、おじさんが少しだけ『魔力測定』をしてやろうか? リリアちゃん、ちょっと失礼するぞ」
バルナバスが、俺の頭上に大きな手をかざした。
彼が放ったのは、対象の魔力密度を測るための無害な波動。……だが、それは俺にとって、最大の危機だった。
(……マズい! 俺の『纏う魔力』は、放出できないエネルギーを内側に限界まで圧縮している。まともに鑑定されれば、俺の体が『超高密度の魔力の塊』であることがバレてしまう!)
俺は咄嗟に動いた。
体内の魔力循環を、これまでの『硬化』ではなく、カイルから学んだ『吸収・中和』の理論へと切り替える。
バルナバスから放たれた鑑定の波動を、俺の皮膚の表面で霧散させ、内部の『核』に触れさせない。
「……む? おかしな。……手応えがない。リリアちゃん、魔力が『ゼロ』なのか? いや、そんなはずは……」
バルナバスが首を傾げる。
セレーネが身を乗り出し、俺の瞳を覗き込んできた。
「……いいえ。違うわ。私の鑑定眼には、彼女の周囲のマナが、まるですべて彼女に『服従』しているように見える。……エリナ、この子、ひょっとして……」
「あら、気づいちゃった? リリアはね、マナを外に出さないの。全部、自分の内側に閉じ込めてしまうのよ」
(……ママ、自慢げに解説するな! それは単なる放出不全という欠陥なんだ!)
セレーネの瞳に、知的な狂気の光が宿った。
「面白い……。放出しない魔力……。それはつまり、無限の『自己完結型結界』ということかしら。……バルナバス、少しだけ『浮遊魔法』をかけてみて。どれだけの抵抗があるか知りたいわ」
「おいおい、セレーネ。赤ん坊に浮遊魔法は酔うぞ?」
「リリアちゃんなら大丈夫よ。ねえ、リリアちゃん?」
(……ふざけるな。俺を実験台にする気か。……だが、ここで普通に浮いてしまえば、俺の『重み(魔力加重)』を隠しきれなくなる)
俺は決意した。
浮かせようとする力に対して、等しい重力(下向きの魔力圧力)を発生させ、あたかも「何も起きていない」かのように振る舞ってやる。
「よし。リリアちゃん、少しだけ宙に浮いてみようか! 『ウィンド・リフト』!」
バルナバスが指を鳴らす。
俺の体の下に、数人がかりでも持ち上げられるほどの強力な上昇気流が発生した。
ガタッ。
俺が座っているハイチェアーが、風圧で僅かに揺れる。
だが、俺の体は、一ミリたりとも椅子から離れなかった。
(……纏え。俺の意志を、大地への楔に。……一歳児の体重を、見かけ上の千倍に固定しろ!)
俺は魔力を足裏と臀部に集中させ、椅子を介して床へとその『重み』を叩きつけた。
「……な、なんだって!? 浮かない!? 俺の魔法が、赤ん坊一人を持ち上げられないだと!?」
バルナバスが驚愕し、さらに魔力を注ぎ込む。
ゴォォォォォッ!!
サンルームに烈風が吹き荒れ、テーブルの上のカップがカタカタと鳴る。だが、俺は優雅に(内心は必死で)タルトを口に運び続けていた。
「……っ、……お、……い、……ち(美味しい)」
「…………バカな。……僕の最大出力の十分の一を使っているんだぞ。……なのに、彼女は微動だにしない……。まるで、山を相手にしているような重圧だ……」
バルナバスの額に汗が流れる。
セレーネは、もはや言葉を失い、震える手で俺の肩に触れようとした。
「……触れられない。……彼女の周囲の空間が、彼女の意志によって完全に『遮断』されている……。これは魔法じゃない。……『理』を書き換えているわ」
(……違う、ただ踏ん張っているだけだ!)
俺は、あまりの気合の入れすぎに、ついに椅子が悲鳴を上げていることに気づいた。
バキッ、と嫌な音が響く。
(……マズい! これ以上やると、また床が抜ける!)
俺は一瞬で魔力を抜き、通常の赤ん坊の重さに戻した。
フワッ!!
反動で、俺の体は一気に天井付近まで打ち上げられた。
「あ、あぶ、……ぶぅぅぅぅぅっ!!(うわああああああああっ!!)」
「リリアちゃん!?」
エリナが叫び、魔法で俺を受け止めようとする。
だがその前に、俺は空中で体勢を整えた。
天井の梁を足で蹴り、魔力による衝撃吸収を完璧に行いながら、再びハイチェアーの上に静かに着地した。
――トサッ。
羽毛が落ちるような、優雅な着地。
手には、しっかりと半分食べかけのタルトが握られたままだ。
「…………し、……しつ、……れい(失礼)」
俺は、たどたどしい言葉と共に、軽く頭を下げた。
……沈黙。
サンルームには、かつてないほどの静寂が訪れた。
バルナバスとセレーネは、腰を抜かして椅子から転げ落ちていた。
エリナだけが、頬を赤らめ、感涙に咽んでいる。
「……あ、……ああ! 見た!? 見たわよね、二人とも! リリア、今の着地! まるで空の妖精が舞い降りたみたいだわ! それに『しつれい』だなんて……。なんて教育の行き届いた子なのぉぉっ!!」
(……ママ。注目すべきはそこじゃないだろう。元同僚たちが泡を吹いているぞ)
バルナバスが、震える指で俺を指差した。
「……エリナ……。君は……とんでもない怪物を産んだな……。今の空中機動……騎士団のベテランでも不可能だぞ……」
「……ええ。……彼女は魔法を『使う』のではない。……魔法そのものが、彼女の存在を『肯定』しているのよ。……恐ろしいわ。……ハルトマン家は、世界のバランスを壊す気?」
二人の魔術師は、戦慄しながら俺を見つめていた。
だが、エリナは全く気に留めていない様子で、俺を抱きしめた。
「もう! リリアちゃんったら、みんなを驚かせるのが上手なんだから! パパに今の話を聞かせたら、きっと腰を抜かして喜ぶわよ!」
(……パパには言うな。あいつはもっと話が大きくなるからな)
俺はエリナの胸の中で、残りのタルトを口に放り込んだ。
元同僚たちの襲来。
それは、俺の『纏う魔力』が世界最高峰の魔術師たちすら戦慄させる力であることを、意図せず証明する結果となった。
俺は、震える二人の魔術師に「あうー、……ばい、……ばい」と手を振りながら、自らの力の制御が、いよいよ赤ん坊の器を超えつつあることを実感していた。
(……フン。これからはもっと力を抑えねばならん。……だが、あのバルナバスとかいう奴の浮遊魔法、……少しだけ、面白かったな)
俺は、再びハイチェアーで静かに座りながら、次なる修行のインスピレーションを練り始めた。
ハルトマン家の聖女伝説は、魔術師団の口コミによって、知らぬ間に王都の深部へと広まり始めていくのだった。
「(次は、あの女の氷魔法をパクって、酒を冷やすのに使ってやるからな!)」
俺の邪悪な野望は、誰にも気づかれることなく、甘いタルトの香りと共にサンルームに溶けていった。
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次回お楽しみに。




