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かつての剣聖、死んだら宿敵の娘に転生してしまった 〜パパが世界最強の親バカすぎて復讐どころか修行もままなりません〜  作者: ぱすた屋さん
第一章:「最強の家族」と「秘密の修行」

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第二十話:湯煙!パパの涙と男の背中!

お風呂回です!(遠い目


 武人にとって、戦いの後の垢を落とす時間は格別なものだ。

 かつての俺――剣聖アルスにとっても、血と泥にまみれた体を湯に沈める瞬間は、唯一心が休まるひとときだった。だが、今の俺にとって「入浴」は、別の意味での戦場と化している。


(……よせ、ゼフ。その、不格好なアヒルのおもちゃを俺の目の前で泳がせるのをやめろ。俺は二歳だが、中身は貴様と死線を越えた宿敵なんだぞ)


 ハルトマン邸が誇る、大理石造りの大浴場。

 もうもうと立ち込める湯気の中で、俺はパパことゼフ・ハルトマンの、岩のように強固な膝の上に鎮座していた。


「ほーら、リリア。アヒルさんが『こんにちは』してるよぉ〜。可愛いねぇ、ぷかぷか浮いてるねぇ」


(……死ぬほど恥ずかしい。誰か俺を斬ってくれ。……いや、今はその時期ではない。耐えるんだ、俺の魂よ)


 ゼフは鼻歌を歌いながら、俺の小さな体を優しく、それはもう壊れ物を扱うかのような手つきで洗っていく。

 王国最強の騎士団長。数多の魔物を屠り、敵国の将軍を絶望させてきたその剛腕が、今は俺の脇の下を「こちょこちょ」とくすぐり、泡だらけにしている。


「あ、あうー。……ぱぱ、……そこ、……くすぐ、……たい」


「おっと、ごめんよリリア! パパ、お前の肌がマシュマロみたいに柔らかいから、つい夢中になっちゃったよ。よし、次は背中を流そうね」


 ゼフが俺を抱き上げ、大きな木桶に溜めた湯を掛けた。

 俺はふぅ、と一息つき、ゼフの背後へと回り込む形になった。

 そこで、俺の目は釘付けになった。


(…………これは)


 湯気に濡れた、ゼフの広大な背中。

 そこには、騎士としての誇り……いや、彼が潜り抜けてきた地獄の数々が、無数の傷跡となって刻まれていた。

 巨大な爪痕、火傷の跡、そして無数の斬創。

 その中でも、左の肩甲骨から腰にかけて斜めに走る、一際深く、鮮明な一本の傷跡が、俺の意識を強く引き寄せた。


(……間違いない。あの傷、……俺がつけたものだ)


 前世。

 『絶壁の守護』を誇ったゼフの防御を、俺が唯一、紙一重で食い破った際の一撃。

 俺の第四型『雲耀うんよう』。音を置き去りにしたあの一閃が、ゼフの鎧を断ち、その肉を裂いた瞬間の手応えを、俺は今でも鮮明に覚えている。


「……どうしたんだい、リリア? そんなにパパの背中をじっと見て」


 ゼフが少し寂しげに、だが温かい声で笑った。

 彼は俺の手をそっと取り、その大きな傷跡に触れさせた。


「怖いかな? パパの背中は傷だらけだからね。……これはね、パパが昔、とっても強くて、格好いい男と戦った時にもらった『勲章』なんだよ」


(…………勲章、だと?)


「そいつはね、僕の人生で唯一のライバルだった。……剣聖、アルス。そいつの一撃は、僕がどれだけ盾を構えても、どれだけ体を鍛えても、防ぎきることができなかった。……あいつに斬られたこの傷は、僕が騎士として、一人の男として、必死に生きた証なんだ」


 ゼフの声が、湯気の中に静かに響く。

 戦場での覇気はなく、ただ過去を懐かしむような、穏やかなトーン。


「僕はね、あいつのことが……嫌いじゃなかったんだ。……あいつと剣を交えている時だけは、自分という人間が何者なのか、はっきりと分かった気がした。……皮肉なものだね。命を奪い合っていた相手が、世界で一番の理解者だったなんて」


(…………ゼフ。貴様、そんな風に思っていたのか)


 俺は、ゼフの傷跡を小さな指でなぞった。

 俺にとっても、あの日々は特別だった。孤独な頂点にいた俺に、唯一『全力』を出すことを強いた男。

 もし俺たちが別の形で出会っていれば。あるいは――。


「……でもね、リリア。パパは今、そのライバルに感謝しているんだ」


「……え、……かん、……しゃ?」


「そうさ。あいつが僕の全力を引き出してくれたからこそ、僕は生き延びることができた。……そして、こうしてエリナと出会い、シオンとカイル、そしてお前という宝物を手に入れることができた。……あいつと戦った日々があったから、今の僕の幸せがある。……だから、この傷は僕の宝物なんだ」


 ゼフがゆっくりと振り返った。

 その目には、いつもの親バカな光ではなく、一人の父親としての、深く、熱い涙が溜まっていた。


「……ううっ、リリアぁ! パパ、お前と一緒にこうしてお風呂に入れるだけで、もう死んでもいいくらい幸せだよぉぉぉっ!!」


(……出た。結局、そこに行き着くのか、貴様は)


 ゼフは俺を抱きしめ、またしても号泣し始めた。

 湯気と、おじさんの涙と、石鹸の香りが混ざり合う、なんとも言えないカオスな空間。


「リリア! パパの背中、流してくれるのかい!? パパのこの薄汚れた魂を、お前の天使の力で浄化してくれるのかい!?」


「……ぱ、……ぱぱ。……な、……なきすぎ。……あ、……あつい」


「ひゃぁぁぁっ! リリアに怒られた! パパの涙が熱いって! あああ! なんて、なんて心の優しい子なんだ! パパの体温まで心配してくれるなんてぇぇぇっ!!」


(……違う、純粋に物理的な湯温と貴様の鼻息が熱いと言っているんだ)


 俺は、感動の極致にいるゼフの頭に、手元にあったアヒルのおもちゃを「ぺちっ」と叩きつけた。


「あ、……あび。……ざ、……ざぶん」


「おおお! リリアがパパの頭をアヒルで清めてくれた! これはもう、ハルトマン家の家宝にするしかないね! 明日からこのアヒルは神棚に飾るよ!!」


(……やめろ、それでお前は明日から何で遊ぶつもりだ)


 俺は呆れ果てながら、再びゼフの背中を見た。

 無数の傷跡。その一つ一つが、この平和な日常を支えるための土台となっている。

 俺がつけたあの傷は、確かにゼフを苦しめたかもしれない。だが、彼はそれを「宝物」と呼び、今、俺を慈しんでいる。


(……ゼフ。貴様の背中、……前よりも少しだけ、大きく見えるな)


 俺は小さな掌で、ゼフの広い背中をペタペタと叩いた。

 それは「洗い流す」というよりは、かつての戦友への「労い」だった。


「だぁー、ばぶ!(よし、ゼフ。……その勲章、汚さないように俺が守ってやるからな)」


「ははは! リリア、パパの背中を叩いて応援してくれてるんだね! パパ、明日からもお仕事頑張っちゃうぞぉ〜! リリアのために、世界で一番強くて優しいパパでいるからね!」


 湯気の中に響く、幸せな親子の笑い声。

 かつての宿敵は、今や一人の「親バカな父親」として、背中の傷跡と共に新たな人生を歩んでいる。


 俺は温かい湯船に浸かりながら、ゼフの広くて、少しだけ不格好な「男の背中」を見つめ続けた。

 元剣聖の魂も、この時ばかりは少しだけ、温かな湯気の中に溶けていくような気がしたのだった。


「……あ、……あひ、……ぷかぷか」


「うわあああ! リリアがアヒルさんとお喋りしてる! 動画! 動画撮らなきゃ! エリナ、カメラ持ってきてぇぇぇっ!!」


 ハルトマン家のバスタイムは、最後まで騒がしく、そして呆れるほどに愛に満ちていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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