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かつての剣聖、死んだら宿敵の娘に転生してしまった 〜パパが世界最強の親バカすぎて復讐どころか修行もままなりません〜  作者: ぱすた屋さん
第一章:「最強の家族」と「秘密の修行」

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第十六話:特訓!兄上の構えは隙だらけ!


 朝の空気は、武人の魂を研ぎ澄ます。

 ハルトマン邸の広大な訓練場。そこには、木剣を振るう五歳の少年と、それを見守る最強の騎士、そして――縁側で日向ぼっこを装いながら、鋭い観察眼を光らせる二歳の幼女がいた。


(……フン。シオンの奴、気合だけは認めてやる。だが、あの振り下ろし……致命的だな)


 俺ことリリア・ハルトマンは、二歳になってようやく安定した移動能力を手に入れていた。今日の目的は、長男シオンの稽古の見学。……という名の、戦技指導(添削)である。


 シオンは、父ゼフの指導の下、『ハルトマン流防衛剣術』の基礎である『不動の構え』を繰り返していた。

 大きな木盾(子供用とはいえ重い)を前に出し、重心を低く保つ。そこから一歩踏み込み、盾の影から剣を突き出す。ゼフの教えは極めて忠実に守られていた。


「よし、シオン! 今の突きは重かったぞ! その調子だ、守りと攻めを一体化させるんだ!」


 ゼフが満足げに頷く。親バカ補正を除いても、五歳でこれだけの重心移動ができるのは驚異的だ。普通の親なら、ここで涙を流して喜ぶところだろう。


(……だが、甘い。甘すぎる。あの構え、右膝が僅かに外側に開いている。そこを突かれれば、一瞬で体勢が崩れるぞ。盾の重さに振り回されている証拠だ)


 俺は内心で毒づいた。

 俺が剣聖アルスとして生きていた頃、あんな隙を見せる弟子がいれば、その場で尻を蹴り飛ばして三日間は逆立ちで生活させていたところだ。

 だが、今の俺は言葉も満足に喋れない、二歳の可憐な少女。


(……黙って見ていろというのか。この俺に。……いや、無理だ。剣士の矜持が、あの欠陥を放置することを拒絶している!)


 俺はヨチヨチと立ち上がり、訓練場の中央へと歩を進めた。


「おや、リリア。どうしたんだい? お兄ちゃんの応援かな?」


 ゼフが目を細めて俺を迎える。

 シオンも、額の汗を拭いながら嬉しそうに駆け寄ってきた。


「リリア! 見ててくれた? 僕、もっと強くなって、リリアを守れるようになるからね!」


(……守るのは俺の役目だ、若造。貴様はまず、自分の足元を守れるようになれ)


 俺はシオンの前に立ち、ジロリと彼の足元を睨みつけた。

 そして、俺は魔力を練った。放出はできないが、俺の肉体を支える『バネ』としての機能は完璧だ。


「あ、あうー。……あー、こー、めっ」


 俺はシオンの右膝を、小さな指でツンツンと突いた。

 もちろん、ただ突いただけではない。微かな魔力振動を送り込み、彼の筋肉の強張りを解きほぐしつつ、正しい位置へと誘導する。


「え? 僕の足がどうしたの?」


 シオンが困惑する。俺は構わず、彼の腰をグイッと(魔力強化した腕力で)押し下げた。


(重心をあと三寸下げろ。膝は内側に締めろ。大地から吸い上げた力を、背骨を通じて剣先へ伝えろ……!)


 俺は言葉にならない言葉を吐き出しながら、シオンの体勢を強引に矯正していく。

 見た目は、妹が兄にじゃれついている微笑ましい光景だ。だが、シオンにとっては違った。


「……えっ? ……あれ? なんだか、急に足が地面に吸い付くみたいだ……」


 シオンの瞳が、驚愕に見開かれる。

 彼は無意識のうちに、俺が誘導した『真の不動の構え』へと移行していた。

 盾の重さが消え、全身が一本の鋼鉄の杭になったかのような感覚。


「シ、シオン……!? その構え……!」


 横で見ていたゼフが、椅子から立ち上がった。

 流石は騎士団長。娘の「じゃれつき」の結果、息子の構えが完成の域に達したことに即座に気づいた。


(よし。形はできた。あとは、ここからの『一撃』だ)


 俺はシオンの背中を、ポムンと叩いた。

 ――今だ。突け。


「……やぁぁぁぁぁぁっ!!」


 シオンが、本能的に突きを放った。

 その瞬間、訓練場の空気が爆ぜた。

 ただの突きではない。全身の質量が、一点に収束された『重一撃』。

 

 ドォォォォォォン!!


 シオンが突いた練習用の木人が、轟音と共に根元からへし折れ、後方の壁まで吹き飛んだ。

 五歳の子供が放ったとは到底思えない、破壊の旋風。


「…………え?」


 放った本人が、自分の手を見つめて呆然としている。

 

 静寂。

 やがて、ゼフが震える声で呟いた。


「……奇跡だ。……ハルトマン流の極意、その一端を、シオンが今……。いや、違う。リリア、お前が……お前が導いたのか……?」


(……フン。当然だ。俺のアドバイスを受けて、木人一つ壊せないようでは困る)


 俺は満足げに鼻を鳴らし、再び縁側へ戻ろうとした。

 だが、ハルトマン家の反応は、俺の予想の斜め上を行くのが常だった。


「リリアーーーーーッ!! お前は、お前はなんて高潔な妹なんだ!!」


 ゼフが滝のような涙を流しながら、俺を抱き上げた。


「お兄ちゃんの才能を見抜き、その迷いを一瞬で晴らす聖女の導き! ああ、なんという慈愛! リリア、お前は神の使いか!? それとも、勝利の女神なのか!?」


(……いや、だから剣聖だと言っているだろう。女神とか聖女とか、勝手にジョブチェンジさせるな)


 シオンも、目をキラキラさせて俺の前に跪いた。


「リリア……! 分かったよ! リリアは、僕が正しく強くなるのを応援してくれてるんだね! 今の感覚、忘れないよ! ありがとう、リリア!」


(……そうだ。忘れるなよ。その重心移動こそが、死線を分かつ鍵だ)


 シオンは興奮冷めやらぬ様子で、折れた木人の残骸を片付け始めた。

 その姿は、先ほどまでの「やらされている稽古」ではなく、自らの意志で高みを目指す真の剣士のそれへと変わっていた。


「……ふむ。やっぱりリリアは、僕たちが気づかない『真実』が見えているみたいだね」


 いつの間にか現れていた次男カイルが、眼鏡をクイッと上げながら俺を観察していた。


「シオンの筋肉の僅かな強張り。それをリリアは、遊びの中で解きほぐした。……単なる偶然にしては、あまりに効果的すぎる。……リリア、君、本当は……」


(……ギクリ。相変わらず次男坊は鋭い。……ここは逃げるに限る!)


 俺はゼフの胸の中で、「あうー、おねむー」と目を擦り、全力で幼児のふりをした。


「おお、リリアが疲れてしまったみたいだ! シオンに『神の啓示』を授けるために、精神力を使ったんだね! よし、今日はもうおしまいにしよう! リリアをゆっくり休ませてあげなきゃ!」


 ゼフは俺を宝物のように抱え、屋敷の中へと引き上げていった。

 ……ふぅ。なんとか誤魔化せたか。


 俺はパパの肩越しに、再び木剣を構え直すシオンの姿を見た。

 彼の構えには、もう先ほどの隙はない。

 

(……いい面構えになったな、若造。……これなら、俺の『部下』として、いずれ戦場に立たせても恥ずかしくはない)


 元剣聖の厳しい(という名の熱い)指導は、こうして家族に「聖女の導き」として誤認されながら、着実にハルトマン家の武力を底上げしていくのだった。


「だぁー、ばぶ!(次は次男坊の、その歪んだ魔力運用を叩き直してやるからな!)」


「ははは! リリアがまた何か格好いいことを言っているぞ! パパも頑張っちゃうぞぉ〜!」


 ハルトマン家の平穏な朝は、リリアという名の「最強の教育者」によって、今日もまた一つ、伝説への階段を上っていくのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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