第十三話:困惑!美少女への英才教育!?
一歳半を過ぎ、俺の二足歩行は安定期に入っていた。
ヨチヨチ歩きではあるが、庭の端から端まで転ばずに移動できる機動力は、俺の「情報収集活動(という名の徘徊)」の範囲を飛躍的に広げていた。
だが、行動範囲が広がるということは、それだけ新たな脅威に遭遇する確率も上がるということだ。
「さあ、リリア。今日から少しずつ、ママと『お勉強』を始めましょうね」
ある晴れた日の午後。俺はサンルームの柔らかな日差しの中で、ハルトマン家の真の支配者――元宮廷魔術師エリナ・ハルトマンと対峙していた。
エリナは天使のような微笑みを浮かべているが、俺の「剣聖の眼」は誤魔化せない。彼女の周囲には常に、大気中のマナが渦を巻いて傅いている。怒らせれば、この屋敷くらい軽く更地にできるであろう魔女が、俺の目の前に座っているのだ。
(……勉強だと? まだ二歳にもなっていない乳児にか? 英才教育にも程があるだろう)
俺は警戒レベルを最大に引き上げ、テーブルの上にちょこんと座った(座らされた)。
エリナは俺の前に、一枚の真っ白な鳥の羽根を置いた。
「リリア。あなたの中には、とっても大きな力が眠っているの。ママには分かるわ。今日はその力の『出し方』を練習してみましょう」
(……出ん。言っておくが、出んぞ)
俺は心の中で即答した。
俺の魔力は放出不全だ。外に出そうとすればするほど、内側で圧縮され、俺の肉体を鋼鉄化させる燃料にしかならない。それはこれまでの修行で嫌というほど確認済みだ。
「難しく考えなくていいのよ。体の中にある温かいものを、フッと息を吐くように、この羽根に向かって飛ばしてごらん。ほんの少し、この羽根が揺れるくらいでいいの」
エリナがお手本を見せる。彼女が人差し指を羽根に向けると、何の予備動作もなく微風が巻き起こり、羽根がフワリと舞い上がった。
(……相変わらずデタラメな技術だ。詠唱破棄、動作短縮。呼吸をするように魔法を使うとはこのことか)
だが、俺にはそれができない。
エリナの期待に満ちた眼差しが痛い。このまま何もできなければ、「才能なし」の烙印を押されるかもしれない。それはそれで、将来的に面倒な宮廷勤めなどを回避できるので悪くはないが……剣聖のプライドが、それを許さない。
(……ええい、ままよ! やるだけやってみるか!)
俺は意識を集中した。丹田に眠る膨大な魔力の海から、一滴の雫を汲み上げるイメージ。それを腕の魔力回路に乗せ、指先へと誘導する。
「そう、上手よリリア。その調子。力を一点に集めて……はい、外へ!」
(……ぬぐぅぅぅぅっ!!)
出ない。
分かっていたことだが、全く出ない。
指先まで到達した魔力は、皮膚の直下で渋滞を起こし、逃げ場を失って渦を巻き始めた。
熱い。指先が焼けるように熱い。
俺の人差し指は今、魔力によって極限まで強化され、もはや人間の肉体を超越した超高密度の物質と化している。
(くそっ、このままでは指が破裂する! ええい、放出できないなら、物理的にぶつけるしかあるまい!)
俺は破裂寸前のエネルギーを逃がすため、魔力を纏ったままの人差し指を、目の前の羽根に向かって突き出した。
――シュッ。
それは魔法の放出ではない。
ただの物理的な「指突き(フィンガー・ジャブ)」だ。
だが、その指は神代のアーティファクト並みの硬度と質量を帯びていた。
パァンッ!!
乾いた破裂音がサンルームに響いた。
俺の指先が触れた瞬間、鳥の羽根は粉微塵に砕け散り、霧散した。
それだけではない。余剰な衝撃波がテーブルを叩き、俺の指先が触れた一点を中心に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
(……しまった。やりすぎた!)
俺は慌てて指を引っ込め、魔力の集中を解いた。
冷や汗が背中を伝う。
魔法を見せろと言われて、物理で破壊してしまった。これは完全に「失敗」だ。エリナに叱られる。最悪、危険分子として拘束されるかもしれない。
恐る恐る、エリナの顔を見上げる。
彼女は、目を見開いたまま、固まっていた。
視線は、粉々になった羽根の残骸と、ひび割れたテーブルに釘付けになっている。
(……怒るか? それとも、呆れたか?)
沈黙が痛い。俺が言い訳をしようと口を開きかけた、その時。
「…………すごい」
エリナの口から漏れたのは、震えるような感嘆の声だった。
「えっ? ええっ!? リリア、あなた今、何をしたの!? 詠唱も、魔方陣の展開もなく……いきなり『極大圧縮魔弾』の無詠唱発動!? しかも、それを指先一点に収束させて、対象を消滅させるなんて……!」
(……はい?)
エリナが俺を抱き上げ、興奮気味に俺の顔を覗き込む。その瞳は、研究者としての熱狂的な光を帯びていた。
「信じられない……。普通の放出系魔法じゃないわ。体内で魔力を限界まで練り上げ、それを外に出さずに『接触点』で爆発させる……。これ、全く新しい術式理論よ! 物理干渉系魔法の、究極系だわ!」
(……いや、あの。ただ突き指しただけなんだが……)
俺の単純な物理攻撃は、元宮廷魔術師の高度すぎる知識によって、「未知の超高等魔法」へと勝手に解釈されてしまった。
「ああ、どうしましょう! うちの子、剣の才能だけじゃなく、魔法の才能まで規格外だったなんて! これじゃあ将来、宮廷魔術師団と騎士団で奪い合いになっちゃうわ!」
エリナは俺を強く抱きしめ、頬ずりをする。彼女の周囲で、歓喜のマナが乱舞している。
……どうやら、怒られてはいないらしい。むしろ、めちゃくちゃ褒められている。
(……まあ、いいか。魔力が放出できないという致命的な欠陥がバレるよりは、勘違いされている方が都合がいい)
俺はエリナの胸の中で、安堵の溜息をついた。
「エリナ! どうしたんだい!? 凄い音がしたけれど!」
そこへ、騒ぎを聞きつけたゼフが、訓練用の木剣を持ったまま飛び込んできた。
「見て、あなた! リリアが! リリアが初めて魔法を使ったのよ! しかも、こんなに凄い威力の!」
エリナがひび割れたテーブルを指差す。
ゼフは目を丸くして、テーブルの惨状と、俺の小さな指を見比べた。
「こ、これをリリアが? 魔法で? ……すごいじゃないか! 流石はエリナの娘だ! 将来はママみたいな美人魔術師だね!」
「ええ、そうね! でも、この術式は騎士の剣技にも応用できるかもしれないわ。魔力を纏って打撃力を高める、魔法剣士の資質もあるかもしれない!」
両親が盛り上がっている。
俺は、二人の間で交わされる高度な(そして完全に的外れな)将来の展望を聞き流しながら、自分の人差し指を見つめた。
(……極大圧縮魔弾、か。フン、悪くない名前だ)
俺はニヤリと笑った。
魔法が使えないコンプレックスは、今日で卒業だ。
俺の物理攻撃は、今日から『魔法』ということになった。そう定義されれば、堂々と使えるというものだ。
(見ていろ、ゼフ。貴様の盾をブチ抜く俺の一撃は……今日から『魔法』だと言い張ってやるからな!)
英才教育初日。
俺は意図せずして、「物理で殴る魔法使い(物理)」としての第一歩を踏み出した。
ハルトマン家の勘違い教育は、ますます加速していく。
「だぁー! きゃっきゃ!(次はテーブルごと粉砕してやる!)」
「おや、リリアが喜んでいる! パパも嬉しいぞぉ〜!」
俺の邪悪な笑い声は、今日も平和なハルトマン家に、無邪気な天使の笑い声として響き渡るのだった。
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次回お楽しみに。




