第一話:覚醒!宿敵はパパだった!?
新作です。
溜まってきたので投稿します。
よろしくお願いします。
死ぬ間際、俺が思い出したのは、最愛の女の顔でも、故郷の景色でもなかった。
それは、たった一人の男。俺の『一撃』を、その人生で唯一、完膚なきまでに防ぎきった宿敵の名だ。
「……ゼフ、・ハルトマン……」
その名を呟いたのを最後に、俺――剣聖アルスの意識は、深い闇へと沈んでいった。
享年五十。剣に生き、剣に死んだ、孤独だが悔いなき一生。
はずだった。
はずだったんだが。
「……あぶ、……あぶ……?」
――なんだ、この締まりのない声は。
闇の底から浮上した俺を待っていたのは、眩しすぎる光と、全身を包む妙な倦怠感、そして異様なまでの『小ささ』だった。
視界がぼやける。焦点が合わない。
俺は布団に寝かされているようだが、その布団がやけに巨大に見える。いや、違う。俺の体が、あまりに小さいのだ。
自由の利かない手足を動かそうと悶える。すると、俺の視界に、天を突く巨神のような影が割り込んできた。
「おお……リリア。起きたのかい? パパだよー、パパですよー」
耳を突き破るような大音響。だが、その声には聞き覚えがあった。
低く、重厚で、戦場では数千の兵を震え上がらせる鉄の響き。
しかし今、その声は……デレデレに、とろけきっている。
視力がようやく追いついてきた。
俺の目の前にあったのは、かつて死線を越えて何度も剣を交えた男の顔だった。
王国最強の盾。鉄壁の騎士団長。そして、俺の喉元に唯一その切っ先を届けた男。
ゼフ・ハルトマン。
「ぶ、ぶふぉっ!?(なっ、ゼフだと!?)」
驚愕のあまり叫ぼうとしたが、口から出たのは泡混じりの情けない音だけだ。
ゼフは俺の反応に、さらに顔を近づけてきた。
戦場で見せた冷酷な双眸はどこへやら、今の彼は鼻の下を伸ばし、頬を赤らめている。
「見てくれ、エリナ! リリアが僕を見て笑ったよ! ああ、なんて愛らしいんだ……! 世界で一番可愛いよ、僕のリリア!」
「あらあら、あなた。リリアちゃんが困っているわよ? 少し顔が近すぎるわ」
横から現れたのは、これまた絶世の美女だった。
白磁のような肌に、流れるような金髪。穏やかな微笑みを湛えているが、その身に纏う魔力は尋常ではない。かつて『氷炎の魔女』と恐れられた宮廷魔術師、エリナではないか。
待て。パパ、と言ったか。
リリア、と言ったか。
(俺は……死んで、あいつの娘に転生したというのか!?)
戦慄した。
かつての剣聖アルスとして培った冷静さが、音を立てて崩れていく。
宿敵の娘。よりによって、あの堅物で知られるゼフの家に。
しかも、どうやら俺は女だ。リリア。その名が示す通り、ひらひらのレースに包まれた、無力な赤ん坊。
「ふぎゃあああああああ!(ふざけるなあああああ!)」
俺の咆哮(泣き声)が部屋に響き渡る。
ゼフは慌てふためき、俺を不器用な手つきで抱き上げた。
「リリア!? どうしたんだい? お腹が空いたのかな? それとも、オムツかい?」
「あら、私が代わりましょうか? あなたは力加減を間違えて、すぐリリアちゃんを痛がらせるんだから」
エリナが苦笑しながら、俺をゼフの手から受け取る。
……正直、助かった。ゼフの腕は、丸太のように太くて硬い。あの腕に抱かれるのは、アイアンメイデンに閉じ込められるような圧迫感だった。
だが、安堵も束の間。
(オムツ、だと……?)
俺は、五十歳の剣聖だぞ。
戦場では一騎当千、王国の王ですら敬意を払ったこの俺が。
宿敵の妻に、股間を丸出しにして……。
(殺せ……! いっそ殺してくれ……!)
だが、赤ん坊の抵抗など知れたものだ。
エリナの手つきは驚くほど優しく、そして手早かった。屈辱に悶える俺の心とは裏腹に、下半身は驚くほどさっぱりとしてしまった。
くそ、負けた。完全な敗北だ。
ひとしきり泣き疲れた俺を、今度は二人の少年が覗き込んできた。
「父上、リリアは泣き止みましたか?」
「リリア、僕だよ。お兄ちゃんだよ」
2人幼子が入室してきた。
長男のシオンと、次男のカイル。
シオンは、ゼフ譲りのガッシリとした体格をしているが、その目は真っ直ぐで、剣への情熱が隠しきれていない。将来は間違いなく騎士になるだろう。
次&カイルは、エリナ似の知的な顔立ちだ。手には分厚い魔導書を抱え、俺を見る目はどこか観察者のようでもある。
「シオン、カイル。リリアはまだ小さいんだから、あんまり騒いじゃダメだよ。……ああ、でも見てごらん。このつぶらな瞳……。まさに天使だと思わないかい?」
ゼフがまた割り込んできて、俺の頬を指でつついてくる。
やめろ。指が太いんだよ。
(この男……かつての鉄面皮はどこへ行った。俺が知っているゼフ・ハルトマンは、もっとこう、岩のように動じない男だったはずだぞ)
変わり果てたライバルの姿に、俺は深い溜息をついた。
だが、嘆いてばかりもいられない。
俺は今、生きている。剣聖としての記憶を、そのまま持って。
まずは状況を確認しなければ。
俺は目を閉じ、意識を内側へと向けた。
剣士の基本は、己の肉体を知ることだ。
(……軽い。あまりにも軽すぎる)
赤ん坊の体だ、当然ではあるが、筋力は皆無に近い。
だが、驚いたのはその内側に眠るエネルギーだった。
(魔力……? これが、俺の魔力か?)
前世の俺には、魔力など欠片もなかった。
純粋な身体能力と、磨き上げた剣技。それだけで頂点まで登り詰めた。
だが、このリリアという体には、海のように広大な魔力が眠っている。
エリナの血だろうか。
俺は、その魔力を外へ放出しようと試みた。
前世で魔法使いの戦い方は嫌というほど見てきた。魔力を練り、イメージと共に体外へ解き放つ――。
(……ぬっ!?)
出ない。
どれだけ意識を集中しても、魔力が体から一歩も外に出ようとしないのだ。
まるで、肌の内側が強固な壁になっているかのように、魔力は俺の肉体の中に留まり続ける。
(放出できないのか? これだけの量がありながら……。いや、待てよ)
放出できない魔力は、行き場を失って俺の筋肉や神経、骨の隙間へと染み込んでいく。
それは、魔力を外に放つ「魔法」ではなく、魔力を内に留める「肉体強化」の極致のような感覚だった。
(纏う、魔力……。放出できないのではない。この体は、魔力を内側に閉じ込める『器』として特化しているのか)
もし、この魔力を使って、前世の「一撃」を放つことができれば。
あるいは、かつては辿り着けなかった剣の深淵に触れられるかもしれない。
俺の心に、小さな火が灯った。
女になった。宿敵の娘になった。オムツも替えられた。
屈辱は山ほどある。だが、この「二度目の人生」は、俺に新しい可能性を提示している。
「よし、決めた」
もちろん、声にはならない。
だが、俺の中で剣聖としての魂が静かに覚醒した。
(ゼフ・ハルトマン。貴様に負け越したまま終わるのは、俺のプライドが許さん。……今は娘として甘んじてやろう。だが、いずれ貴様のその『盾』を、俺の『剣』で叩き割ってやる)
宿敵の娘として、宿敵の技術を盗み、前世を超える最強の剣士になる。
それが、リリアとして転生した俺の、新たな戦いだった。
「リリアちゃん、また笑ったわ! やっぱりこの子、何かを分かっているみたいね」
「ははは! 将来は女騎士かな? いや、やっぱり僕がずっと守ってあげなきゃダメだ。悪い虫がつかないように、屋敷から一歩も出さないようにしないと……」
「あなた、それは気が早すぎるわよ」
ゼフの親バカ発言を聞き流しながら、俺は再び目を閉じた。
まずは、この自由の利かない首を座らせるところからだ。
修行の道は、果てしなく遠い。
「ふあぁ……(まずは、一眠りだ)」
赤ん坊の猛烈な眠気に襲われ、俺は決意を胸に抱いたまま、意識を手放した。
宿敵の家庭という、最高に居心地が悪くて、そして妙に騒がしい場所で。
剣聖アルスの、リリアとしての第一日が、こうして始まった。
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次回お楽しみに。




