第8話 曇った笑顔
レムやキキーモラたちが参入してから、ダンジョンの整備は急速に加速し始めた。
キキーモラたちは手先が器用で、カイトが籠の作り方や縄の編み方を教えると、すぐに理解してその小さな手でさくさくと量産し始める。
一方でレムは力仕事に専念してくれ、フィアが伐り倒した木々を運んでくれる。
また、ゴーレムは地面の中を移動できるらしく、自在に出入りできる分も魅力的だ。土木工事には最適な魔獣であり、レムを主軸とした要塞化が急速に進んでいた。
その一方でカイトは防衛に向けた準備をこつこつと進めていた。
「――よし……っと」
竹と竹を組み合わせ、縄で頑丈に固定する。しっかりと組み上がったのを確認していると、フィアがレムを連れて地下空洞に戻ってきた。
「戻りました。カイト様――それは一体?」
「ん、作業用の背負子だよ。レムには尚一層、頑張ってもらわないといけないし」
そう言いながら組み上がった構造物は箱型の背負子だ。防衛を意識して少し特殊な形状をしており、肩の上に足場板が載るような形状になっている。
「これを背負ってくれるか。レム」
レムに声をかけると、岩巨人は頷いてその背負子の傍にいき、背負い紐を腕に通して背負子を担ぎ上げる。サイズ感もぴったりであり、しっかりと背負えている。
「これで荷物も運搬できるな。まぁ、あの狭い出入り口だと運び出せないから、この地下空洞内での使用に限定されるけど」
そう言いながら背負子の上を見る。そこには天板がつけられており、肩に乗る足場板と繋がるようになっている――小柄な人なら、その上に載ることも可能だろう。
その確認を済ませると、よし、とカイトは頷いた。
「今は降ろしていいよ。レム。別の仕事でこれを使ってもらうから」
そう言って合図すると、レムは再び無言で背負子を降ろす。限りなく優しい手つきで丁寧に扱ってくれるのが分かる。それに目を細めると、レムに声を掛ける。
「レム、悪いけどまた再び外に行って河原から石を拾ってくれるか? これくらいの大きさをできるだけ多く」
足元にあった拳大の石を拾い上げてレムにお願いすると、レムは頷いてゆっくりと壁に向かって歩いていく。レムが壁に触れると、ぬるりとその腕から身体がめり込んでいき、地中にゆっくりと滑り込んでいった。
(地中ではゆっくりとした移動しかできないそうだけど……それでも便利な能力だな)
感心しながらフィアを見れば、彼女は所在なさげに立っていた。目が合うと、彼女は慌てて手に抱えた荷物を見せ、笑みを見せる。
「キキーモラたちが大分、縄を作ってくれました。これだけあれば十分でしょうか」
「うん、そうだな。よし、これでいろいろ罠や武器を作れそうだ」
「罠や武器、ですか」
「うん、小手先の罠や武器だけど、あの程度の侵入者なら効果があるはずだ。やり方は簡単だから、キキーモラに教えて量産してもらう」
基本は原始時代でよく用いられた狩猟道具だ。作り方を覚えれば誰でも簡単に作れる。手先が器用なキキーモラならたくさん作れるはずだ。
(これで戦力の底上げをして、防衛線に備える。あと必要なのは――)
カイトは思考を巡らせていると、ふとフィアの小さな声が耳に入った。
「……私だけでは、役不足、でしょうか……」
ん、とカイトは眉を寄せながら顔を上げると、フィアは何でもありません、と首を振り、小さく笑顔を浮かべて訊ねる。
「私もキキーモラたちの手伝いをしますか? それとも何か――」
「ああ……そうだな、フィアには穴掘りをお願いしたいんだが」
「穴掘りですか。分かりました。どこを?」
「この地下空洞の――この辺を掘って。土は石室に続く洞窟の前に置いて欲しい」
持っていたナイフで軽く地面に図を描く。それをフィアは見ると、はい、と力強く頷いて笑ってくれる。
「お任せください。これなら私の爪の方が掘りやすいですし」
「うん、頼む――フィアのことも、頼りにしているから」
「ありがとうございます。カイト様」
彼女は嬉しそうにはにかみ、その場から離れて地面を掘り始める。それを見守りながら、カイトは少しだけ頬を掻いた。
(――フィアのことを少し蔑ろにしていたかな……)
レムやキキーモラたちが来てからは、彼らに仕事を割り振り、共に仕事をしてきた。その一方で信頼できるフィアには別行動で、穴掘りや木の伐採などを一任できる仕事をお願いしてきた。
つまり、離れ離れで作業する時間が増えてきて、フィアと言葉を過ごす時間が減っているのだ。無論、食事などは共にしているのだが――。
(少し気に掛けるべき、か……)
繕った笑顔の合間に見せる、フィアの寂しげな表情が脳裏から離れなかった。
◇
「フィア、少しいいかな」
夜――夕食も水浴びも終わり、あとは寝るだけという時間。
カイトは石室で寝床を整えながら、戻ってきたフィアに声を掛けていた。フィアは水浴びで濡れた髪をぱたぱたと扇いで乾かしながら首を傾げる。
「はい、いいですけど――何か?」
「ん、寝る前に少し話を、と思ってな」
そう言いながらカイトは寝床に腰を下ろす。虫が寄りにくく柔らかい植物を敷き詰めた、草葉の寝床だ。フィアも隣の寝床に腰を下ろし、小さくはにかんで頷いた。
「はい、今日は割と早い時間ですし」
「うん、それに最近、フィアとはあまり時間を作れていなかったな、と思って」
「そう、ですか?」
「ほら、少し前までは作業しながら雑談していただろう?」
「……確かに、そうですね」
そう言われてみれば、とフィアは頷き、仕方なさそうに小さく笑った。
「まぁ、レムたちが新しく仲間になりましたし、やることが多いので仕方ないかと」
その口調は力なく、表情もどこか浮かない。カイトはフィアの目を見つめながら訊ねる。
「――大丈夫か? 少し元気がないぞ」
その声にフィアは少しだけ苦笑し、すみません、と軽く首を振った。
「何だか自分が役に立っていないような気がして、少し自信をなくしていたんです。レムもキキーモラたちも優秀なのに、自分は全然……って思って」
彼女はため息をこぼすと、寝床に上で膝を抱え込み、自嘲するように笑う。
「私、ダメダメですね。戦いでも、カイト様のお手伝いでも、役不足です」
「……そんなことない。フィアがいてくれて、充分助けられているんだ」
カイトは思わず慰めの言葉を口にするが、どうしても空々しく響いてしまう。フィアの心にも届いていないのか、少し寂しそうに笑うだけだ。
「ありがとうございます。お言葉だけでも嬉しいです」
「……言葉だけ、じゃないんだけどな……」
「すみません、カイト様」
また、詫びられてしまう。そのもどかしさにカイトは口を噤むと、フィアはカイトを見つめて小さく笑う。
「――カイト様のような人に、ローラも巡り合えていればいいのですが」
「……ローラ?」
「はい、私の妹のことです。少し悪戯好きで無邪気な子なんですよ」
そう言って微笑んだ彼女の笑顔は、とても優しそうに微笑んでいて――だけど、その目はわずかに憂いを含んでいる。
ここにはいない、誰かを心配するように。
「私はコアに導かれ、この地に舞い降りました。けど、まだ彼女は恐らく、この世界には来ていないでしょう。いずれ何らかの形で来ることになるとは思いますが――その際、あの子は良い主に巡り合えるでしょうか」
ぎゅっと自分の胸の前で手を握りしめ、拳を震わせるフィア。その様子が痛々しく感じられ――気が付けば、カイトは手を伸ばしていた。
そっとその頭に手を当て、気持ちを込めて柔らかく撫でる。
「――大丈夫だよ。フィア」
「……カイト、様……」
フィアが顔を上げる。その真紅の瞳は揺れており、縋るような眼差しでカイトを見つめる。それをカイトは受け止めながら、労わるような口調で告げる。
「無責任かもしれないけど――きっと大丈夫だ。何せ、僕が信頼する人の妹なんだ」
「……っ」
その言葉にフィアは微かに目を見開いた。やがて少し眉尻を下げ、どこか困ったような表情で小さく告げる。
「……買い被り過ぎです。カイト様」
「そうかな。僕はフィアのことをいつも頼りにしているよ。まだ会って一か月足らずだけど、いろいろ手伝ってくれて助かるし――それに、一緒にいて励まされる部分も多い」
そう言いながらカイトはこの一か月足らずのこと――この異世界に来てからのことを思い出す。その日々は正直、カイトにとっては過酷だった。
いろいろな知識を振り絞り、サバイバルしてきたものの、基本的にカイトは現代日本で暮らしてきて、その恩恵に預かってきた人間なのだ。持ち込めた道具はたまたま持っていたフィールドワーク用の軽装備のみ。
それだけで生きていくのは正直、心が折れそうだった。
だけど――傍にフィアがいてくれた。その笑顔があるだけで踏ん張れたのだ。
「フィアがいなければ、ここまで頑張れなかったな」
「そんなことないと思います……けど、嬉しい……」
フィアはそう言いながら、カイトの撫でる掌に頭を押し付けるようにして、そっと膝立ちですり寄ってくる。真紅の瞳は熱を帯び、頬を染めてカイトを見上げる。
気づけば二人の距離は縮まり、フィアは甘えるように彼の胸板に手を置いていた。
「不思議です……カイト様のお傍にいるだけで、心が落ち着いてきます――何とかなるような、気がしてくるんです」
「ん、それでいいんだ。いらないことで心配するよりも、今の最善を尽くす。それが、いつでも一番のことなんだから」
フィアはカイトの胸に寄りかかる。それを拒まず、カイトは背に手を回してゆっくりとその背をとん、とんとあやすように叩く。
「明日も朝から早く、ダンジョン開拓だ。今日はもう寝よう」
「ええ……なんとか、なりますよね……」
「うん、きっとなんとかなる」
だんだんと、フィアの声がか細くなっていく。それを感じながら、カイトはゆっくりと地面に寝そべる。
寝床は草でちくちくして寝心地は悪い。
だけど、懐にいる少女の感覚は柔らかくて、何より温かい。
(こんな平穏が長く続けばいい――穏やかで、優しくて……)
そう思いながら、カイトも優しい微睡みの中に吸い込まれていった。
だが――その思いは一週間後、歓迎しない訪問者によって破られることになる。




