第30話 戦いが終わった後で
侵入者の瓦解は、呆気なかった。
フィアとローラが火竜としての姿を現すと、統率が取れていた連中も腰を抜かしたように崩れた。我先にと逃げようとする連中をエルフたちは散々に打ち破り、フィアとローラはできるだけ逃がすまいと大暴れする。
ただ、追撃して犠牲を出したら元も子もない。さらにはエルフたちは森を愛する種族――彼らの感情も配慮し、フィアとローラも森で暴れないように指示をしていた。
結果、それなりの人数は森に逃げ込んでいた。
(――百人近くは、逃げたかな)
カイトは侵入者の気配が完全に絶えたことを確認し、小さく吐息をこぼす。
『ソフィーティア、終戦だ。後片付けを頼む』
『ああ。死体は一か所にまとめていいんだな』
『その通り。ちなみに生きている奴がいれば――』
『いると思うか? カイト様』
その言葉に苦笑をこぼす――愚問だった。
『好きにして構わない、と言おうとしたんだがね』
『気遣いに感謝する。ただ、お察しの通り、エルフの怒りはなかなかでね』
『だろうな。とにかく後片付けと並行して、警戒は怠らないように。ないとは思うが、また襲撃があったら困るから』
『分かっている。休息、片づけ、警戒をローテーションで回す。何かあったら連絡する』
念話が途切れる。一息つくと、シズクがお茶を手にして姿を現した。
「お疲れ様です。我が主」
「ああ、シズクも傍にいてくれてありがとう」
シズクはカイトの傍でずっと控えていた。ないとは思うものの、万が一、洞窟へ侵入者が現れた際の指揮担当である。
案の定、侵入はされなかったので、彼女はずっとお茶を出すなどの小間使いをしてくれていた。シズクは苦笑をこぼし、軽く首を振る。
「いえ、あまりできることはありませんでしたが」
「いてくれることが大事だよ。今回はフィアもローラも前線に出したし」
カイトは微笑みながらお茶を飲んで気分を落ち着ける。それからシズクを見て告げる。
「シズク、前線に行って、ソフィーティアの手伝いをしてくれるか。多分、彼女も疲れているし、助けてやって欲しい」
「仰せのままに。我が主」
頭を垂れ、すぐに彼女はその場を離れる。それを見届けてから、カイトは椅子に深く背を預けて天を仰ぐ――さすがに、頭が重たい。
(マスターの権能をフル活用して、指示を出していたからな)
正直、眠ってしまいたいところではあるが、瞼の裏には戦場の光景がこびりついていて落ち着かない。恐らくこのまま寝たら、悪夢にうなされるだろう。
苦笑しながら空を見上げ、ぼんやりと思考を巡らせる。
(――ただ、勝ったか)
初めて大人数を運用し、大規模な陣地を構築した防衛戦だった。
数に負かせた平押しがこれほど苦しいものだとは思わなかったし、柵などもあっさり破られたことに動揺した。想定外が重なった割には、善戦しただろう。
反省点は多いが、間違いなく大勝だ。少ない犠牲で、最大の戦果を出せた。
――犠牲を、出してしまったが。
(数は分からないが、確実にゴーレムが数体討たれた。エルフも数人)
柵を突破された際、応急処置としてフィアやローラを当てていた。だが、同時多発的に柵が壊れた際は、ゴーレムを運用しなければならなかった。
火竜に比べれば、ゴーレムははるかに実力が劣る存在だ。
今まではその巨躯や陣地を活かすことで、一方的にその実力を発揮していたが、さすがに今回はそうもいかない。何体も、冒険者に葬られた。
そして、エルフ――彼らには突出を厳に戒め、今回は軽率な動きはなかった。
だが、運悪く魔法の直撃を受けた者が数名いた。数はまだ明確には分からないが、三人は確実に死んでいる。その事実が重く心に圧し掛かっていた。
(……やはり、これ以上に強固な陣地が必要だな)
特に警戒すべきなのは魔術――まるで大砲のような一撃は柵も破壊され、人命を容易く奪う。ならば、それ以上に陣地を固くするしかない。
そうしなければ、今後、これ以上に犠牲を出すことになるのだから。
カイトはそれを思いながらため息をこぼすと、外から足音が響き渡った。視線をそちらに向ければ、フィアとローラが駆け足で部屋に入ってくるところだった。
「カイト様、ただいま戻りました」
「兄さま、ただいま――大丈夫? 疲れている?」
「ああ、少しだけ。でも、二人ほどじゃない」
現に二人の顔を見たら少し元気が出てきた。背もたれから身体を起こすと、フィアとローラに微笑みかけて労いの言葉をかける。
「お疲れ様。ありがとう――無事でよかった」
その言葉にフィアとローラは嬉しそうに笑う。その笑顔は姉妹らしくそっくりで、見ているだけで心が安らぐ。
「あとフィア、こっちに」
「はい、カイト様」
カイトは手招きしてフィアを傍に寄らせると、その頬に触れる。白い肌は痛々しく抉られた傷がついていた。そこに魔力を流し込み、傷を塞いでいく。
それをフィアは目を細めていたが、やがて困ったように首を傾げる。
「放っておけば治る傷ですよ。それなら魔力を溜めた方が――」
「ダメだよ。フィア――かわいい顔に傷跡が残る」
その言葉に視線を泳がせるフィア。その様子におかしそうに笑うローラに視線を移し、カイトは声をかける。
「ローラ、怪我はないか?」
「ん、私は飛んで攻撃するのが主体だったから。飛んできた矢でも怪我するわけないし」
「頼もしいな。二人には大分、助けられたよ」
そう言いながら手を伸ばすと、ローラは少し照れ臭そうに笑って甘えるように寄って来た。フィアとローラの頭に手を置き、丁寧にその頭を撫でる。
しばらく撫でてから、カイトは一つ頷いて告げる。
「じゃあ、二人ともお風呂に入っておいで。さすがに身体を流した方がいいだろう」
「一応、軽くは拭いてきましたが――臭いますかね?」
「いや、特には。ただ、さっぱりした方がいいんじゃないか?」
カイトの言葉にフィアは頷きつつも、じっと彼の目を見ている。ローラもカイトの顔を見ていたが、やがてフィアと視線を合わせた。
「じゃあ姉さま、先にお風呂に入ってきて」
「分かりました。しばらく任せます。ローラ」
姉妹は頷き合い、フィアはカイトに一礼するとすぐに部屋から出ていく。カイトは思わず目を瞬かせていると、ローラはカイトの傍に来て隣の椅子に座った。
それから小さく穏やかな口調で告げる。
「――しんどいよね。兄さま」
「……分かっちゃうか」
「そりゃあね。もう結構長いよ。姉さまには及ばないけどね」
ローラは苦笑しながら軽くカイトの肩に寄りかかる。その小さな重みと温もりがありがたい。ちら、と彼女はカイトの方を窺って訊ねる。
「お茶でも煎れようか?」
「後で。今はこのままで」
「――ん」
手を伸ばしてローラの肩を抱く。彼女は大人しくそれに身を任せ、彼の肩口に額を擦り付ける。だが、すぐに自分の身体を気にするように匂いを嗅いだ。
「でも、やっぱり血とか汗の匂い、しない?」
「んー、ローラのいい匂いしかしないけど」
「え、私って体臭ある?」
「ない方が珍しいと思うけどな。僕も少しはするんじゃない?」
「するけど、あんまり気にならないし――私は好きだよ?」
「それと同じことだよ。ローラ」
他愛もないやり取りをしているだけで、強張った心が解けていく。ローラもカイトの傍でゆっくりと吐息をこぼし、ほんの少しだけ瞼を閉じる。
「――疲れたか?」
「ん、そりゃあねぇ……飛ぶのって意外と背中の筋肉使うんだよ?」
「なら、今度マッサージでもするか」
「いいの? 兄さま」
「ローラのためならな」
そんな会話をのんびりとしているうちに、また足音が響き渡る。視線を上げると、フィアが部屋に戻ってくるところだった。
ほかほかと湯気を立てる彼女を見て、ん、とローラはカイトからゆっくり離れた。
「じゃあ、姉さま――」
「はい、交代ですね」
「大分、兄さま、お疲れみたいだから」
「了解しました。ありがとうございます」
ローラは手を振って部屋から出ていく。入れ替わりに入って来たフィアにカイトは軽く苦笑をこぼす。
「もう少しゆっくり浸かっても良かったんだぞ?」
「カイト様を放っておけるはずないじゃないですか。分かっていますよ」
フィアは仕方なさそうに笑って告げ、手を伸ばしてカイトの手を取る。
カイトは手を繋ぎ、指を絡めながら苦笑する。どんなに平気な顔をしても、彼女たちは見通してしまうのだろう。仲間たちの死が彼の心に圧し掛かっていることを。
そして、どういう風に紛らわし、癒せばいいかも。
「今日はもうお休みしましょう。お疲れですよね」
「――ああ、そうしようか」
カイトは手を引かれるまま、フィアに誘われて寝室に移る。カイトがベッドに寝転がると、フィアはその頭の方に移動し、よいしょ、とカイトの頭を持ち上げる。
気づけば、ふわりと柔らかく温かいものに頭が包まれていた。
(――膝枕……)
優しい温もりに思わず目を細めると、フィアは真上から慈愛を込めた眼差しで見つめ、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
「大丈夫です。今日はお傍でずっといますので、ゆっくり休んでください」
「ありがとう。フィア――」
それに肩の力が抜けると、次第に眠気が満ちてくる。彼女の優しい手つきに誘われるように、彼の意識は沈んでいく――。
悪夢にうなされることは、なさそうだ。




