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ダンジョン暮らしは火竜少女と共に  作者: アレセイア
第五章

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第30話 戦いが終わった後で

 侵入者の瓦解は、呆気なかった。

 フィアとローラが火竜としての姿を現すと、統率が取れていた連中も腰を抜かしたように崩れた。我先にと逃げようとする連中をエルフたちは散々に打ち破り、フィアとローラはできるだけ逃がすまいと大暴れする。

 ただ、追撃して犠牲を出したら元も子もない。さらにはエルフたちは森を愛する種族――彼らの感情も配慮し、フィアとローラも森で暴れないように指示をしていた。

 結果、それなりの人数は森に逃げ込んでいた。


(――百人近くは、逃げたかな)


 カイトは侵入者の気配が完全に絶えたことを確認し、小さく吐息をこぼす。


『ソフィーティア、終戦だ。後片付けを頼む』

『ああ。死体は一か所にまとめていいんだな』

『その通り。ちなみに生きている奴がいれば――』

『いると思うか? カイト様』


 その言葉に苦笑をこぼす――愚問だった。


『好きにして構わない、と言おうとしたんだがね』

『気遣いに感謝する。ただ、お察しの通り、エルフの怒りはなかなかでね』

『だろうな。とにかく後片付けと並行して、警戒は怠らないように。ないとは思うが、また襲撃があったら困るから』

『分かっている。休息、片づけ、警戒をローテーションで回す。何かあったら連絡する』


 念話が途切れる。一息つくと、シズクがお茶を手にして姿を現した。


「お疲れ様です。我が主」

「ああ、シズクも傍にいてくれてありがとう」


 シズクはカイトの傍でずっと控えていた。ないとは思うものの、万が一、洞窟へ侵入者が現れた際の指揮担当である。

 案の定、侵入はされなかったので、彼女はずっとお茶を出すなどの小間使いをしてくれていた。シズクは苦笑をこぼし、軽く首を振る。


「いえ、あまりできることはありませんでしたが」

「いてくれることが大事だよ。今回はフィアもローラも前線に出したし」


 カイトは微笑みながらお茶を飲んで気分を落ち着ける。それからシズクを見て告げる。


「シズク、前線に行って、ソフィーティアの手伝いをしてくれるか。多分、彼女も疲れているし、助けてやって欲しい」

「仰せのままに。我が主」


 頭を垂れ、すぐに彼女はその場を離れる。それを見届けてから、カイトは椅子に深く背を預けて天を仰ぐ――さすがに、頭が重たい。


(マスターの権能をフル活用して、指示を出していたからな)


 正直、眠ってしまいたいところではあるが、瞼の裏には戦場の光景がこびりついていて落ち着かない。恐らくこのまま寝たら、悪夢にうなされるだろう。

 苦笑しながら空を見上げ、ぼんやりと思考を巡らせる。


(――ただ、勝ったか)


 初めて大人数を運用し、大規模な陣地を構築した防衛戦だった。

 数に負かせた平押しがこれほど苦しいものだとは思わなかったし、柵などもあっさり破られたことに動揺した。想定外が重なった割には、善戦しただろう。

 反省点は多いが、間違いなく大勝だ。少ない犠牲で、最大の戦果を出せた。


 ――犠牲を、出してしまったが。


(数は分からないが、確実にゴーレムが数体討たれた。エルフも数人)


 柵を突破された際、応急処置としてフィアやローラを当てていた。だが、同時多発的に柵が壊れた際は、ゴーレムを運用しなければならなかった。

 火竜に比べれば、ゴーレムははるかに実力が劣る存在だ。

 今まではその巨躯や陣地を活かすことで、一方的にその実力を発揮していたが、さすがに今回はそうもいかない。何体も、冒険者に葬られた。

 そして、エルフ――彼らには突出を厳に戒め、今回は軽率な動きはなかった。

 だが、運悪く魔法の直撃を受けた者が数名いた。数はまだ明確には分からないが、三人は確実に死んでいる。その事実が重く心に圧し掛かっていた。


(……やはり、これ以上に強固な陣地が必要だな)


 特に警戒すべきなのは魔術――まるで大砲のような一撃は柵も破壊され、人命を容易く奪う。ならば、それ以上に陣地を固くするしかない。

 そうしなければ、今後、これ以上に犠牲を出すことになるのだから。

 カイトはそれを思いながらため息をこぼすと、外から足音が響き渡った。視線をそちらに向ければ、フィアとローラが駆け足で部屋に入ってくるところだった。


「カイト様、ただいま戻りました」

「兄さま、ただいま――大丈夫? 疲れている?」

「ああ、少しだけ。でも、二人ほどじゃない」


 現に二人の顔を見たら少し元気が出てきた。背もたれから身体を起こすと、フィアとローラに微笑みかけて労いの言葉をかける。


「お疲れ様。ありがとう――無事でよかった」


 その言葉にフィアとローラは嬉しそうに笑う。その笑顔は姉妹らしくそっくりで、見ているだけで心が安らぐ。


「あとフィア、こっちに」

「はい、カイト様」


 カイトは手招きしてフィアを傍に寄らせると、その頬に触れる。白い肌は痛々しく抉られた傷がついていた。そこに魔力を流し込み、傷を塞いでいく。

 それをフィアは目を細めていたが、やがて困ったように首を傾げる。


「放っておけば治る傷ですよ。それなら魔力を溜めた方が――」

「ダメだよ。フィア――かわいい顔に傷跡が残る」


 その言葉に視線を泳がせるフィア。その様子におかしそうに笑うローラに視線を移し、カイトは声をかける。


「ローラ、怪我はないか?」

「ん、私は飛んで攻撃するのが主体だったから。飛んできた矢でも怪我するわけないし」

「頼もしいな。二人には大分、助けられたよ」


 そう言いながら手を伸ばすと、ローラは少し照れ臭そうに笑って甘えるように寄って来た。フィアとローラの頭に手を置き、丁寧にその頭を撫でる。

 しばらく撫でてから、カイトは一つ頷いて告げる。


「じゃあ、二人ともお風呂に入っておいで。さすがに身体を流した方がいいだろう」

「一応、軽くは拭いてきましたが――臭いますかね?」

「いや、特には。ただ、さっぱりした方がいいんじゃないか?」


 カイトの言葉にフィアは頷きつつも、じっと彼の目を見ている。ローラもカイトの顔を見ていたが、やがてフィアと視線を合わせた。


「じゃあ姉さま、先にお風呂に入ってきて」

「分かりました。しばらく任せます。ローラ」


 姉妹は頷き合い、フィアはカイトに一礼するとすぐに部屋から出ていく。カイトは思わず目を瞬かせていると、ローラはカイトの傍に来て隣の椅子に座った。

 それから小さく穏やかな口調で告げる。


「――しんどいよね。兄さま」

「……分かっちゃうか」

「そりゃあね。もう結構長いよ。姉さまには及ばないけどね」


 ローラは苦笑しながら軽くカイトの肩に寄りかかる。その小さな重みと温もりがありがたい。ちら、と彼女はカイトの方を窺って訊ねる。


「お茶でも煎れようか?」

「後で。今はこのままで」

「――ん」


 手を伸ばしてローラの肩を抱く。彼女は大人しくそれに身を任せ、彼の肩口に額を擦り付ける。だが、すぐに自分の身体を気にするように匂いを嗅いだ。


「でも、やっぱり血とか汗の匂い、しない?」

「んー、ローラのいい匂いしかしないけど」

「え、私って体臭ある?」

「ない方が珍しいと思うけどな。僕も少しはするんじゃない?」

「するけど、あんまり気にならないし――私は好きだよ?」

「それと同じことだよ。ローラ」


 他愛もないやり取りをしているだけで、強張った心が解けていく。ローラもカイトの傍でゆっくりと吐息をこぼし、ほんの少しだけ瞼を閉じる。


「――疲れたか?」

「ん、そりゃあねぇ……飛ぶのって意外と背中の筋肉使うんだよ?」

「なら、今度マッサージでもするか」

「いいの? 兄さま」

「ローラのためならな」


 そんな会話をのんびりとしているうちに、また足音が響き渡る。視線を上げると、フィアが部屋に戻ってくるところだった。

 ほかほかと湯気を立てる彼女を見て、ん、とローラはカイトからゆっくり離れた。


「じゃあ、姉さま――」

「はい、交代ですね」

「大分、兄さま、お疲れみたいだから」

「了解しました。ありがとうございます」


 ローラは手を振って部屋から出ていく。入れ替わりに入って来たフィアにカイトは軽く苦笑をこぼす。


「もう少しゆっくり浸かっても良かったんだぞ?」

「カイト様を放っておけるはずないじゃないですか。分かっていますよ」


 フィアは仕方なさそうに笑って告げ、手を伸ばしてカイトの手を取る。

 カイトは手を繋ぎ、指を絡めながら苦笑する。どんなに平気な顔をしても、彼女たちは見通してしまうのだろう。仲間たちの死が彼の心に圧し掛かっていることを。

 そして、どういう風に紛らわし、癒せばいいかも。


「今日はもうお休みしましょう。お疲れですよね」

「――ああ、そうしようか」


 カイトは手を引かれるまま、フィアに誘われて寝室に移る。カイトがベッドに寝転がると、フィアはその頭の方に移動し、よいしょ、とカイトの頭を持ち上げる。

 気づけば、ふわりと柔らかく温かいものに頭が包まれていた。


(――膝枕……)


 優しい温もりに思わず目を細めると、フィアは真上から慈愛を込めた眼差しで見つめ、ゆっくりと頭を撫でてくれる。


「大丈夫です。今日はお傍でずっといますので、ゆっくり休んでください」

「ありがとう。フィア――」


 それに肩の力が抜けると、次第に眠気が満ちてくる。彼女の優しい手つきに誘われるように、彼の意識は沈んでいく――。

 悪夢にうなされることは、なさそうだ。

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