第26話 密偵への褒美
シエラの工房では着々と準備が進み、鉄の武器や防具が急ピッチで作り上げられた。
それらはすぐにエルフたちに手渡され、彼らはそれで迎え撃つべく訓練を積む。ソフィーティは誰よりも真剣であり、有事の際の動き方を確認し続けた。
そして、普請は毎日続き、柵や空堀はさらに強化される。
そんな日々の中――ついにシズクが報告を持って現れた。
「商会が号令を発しました。今から一週間後に作戦を開始するようです」
屋敷の執務室。そこに現れたシズクの報告にカイトは一つ頷いて吐息をこぼす。
「ついに来るか。大分時間をかけているようだが」
「闇ギルドとの交渉が難航したようです。ですがやはり、人員は五百人が動員されるようです。その報酬額から他の街からも招集されたようでして」
「この一週間が準備期間になる、ということかな」
「恐らくは。襲撃は八日後になるでしょう」
シズクの言葉に頷き、カイトは労いの言葉をかけた。
「よくやってくれた。シズク――大分助かったよ。ありがとう」
彼女は動員数や時期など細かく調べ出してくれた。おかげで迅速な計画立てができた。彼女たちフェイ三人娘がいなければ、対応が後手に回っていただろう。
「ありがたきお言葉にございます。我が主」
「この言葉では伝えきれないくらい、感謝はしているけどね。と、そういえば」
ふとカイトは以前口にした言葉を思い出し、小さく笑いかける。
「褒美についてだけど、何か考えてきたか?」
「……っ、はい、アリスティアやリリスからも聞いてきました」
「それならそちらから聞こうか」
あの二人がどんな褒美を望んだか、少し気になるところだ。カイトが先を促すと、シズクは顔を上げて静かに言葉を続ける。
「アリスティアは保留にさせていただきたい、と。彼女は今、ギルド関連の酒場で働き、人間について深く考えているようです。今後の未来、自身の道が明らかになったときに、この願いを使わせて欲しい、と」
「――なるほど、承知した」
アリスティアは人々の営みの中で、いろいろと考えているらしい。もし独立を望むのなら、それを叶えてもいいかもしれない。
「リリスは行く行く先、ダンジョンに自分の家が欲しい、と」
「家?」
「正確には暮らす場所、でしょうか。彼女はジェシカ殿と仲良く、彼女と安心して暮らせる場所を求めているようです――まぁ、私たちもいつまでもリースリングにいられるとは限りませんから」
「なるほど――リリスの希望も聞き遂げた。もし何かあった場合は、ダンジョンできちんと暮らせる場所を用意する」
(しかし、ジェシカとそこまで仲が良いのか)
彼女は闇市の調査にも協力してくれたと聞く。そんな協力を引き出せるくらい、リリスはジェシカと仲を深めた、ということだろう。
「――ジェシカが望む限り、傍にいてあげるよう、リリスに伝えてくれるか」
それがきっと、彼女の仲間を奪ってしまったカイトにできる埋め合わせだ。
無論、彼らの替えは利かない。そんな心配りだけで罪滅ぼしになるとは思わないが。
シズクは意図を汲んでくれ、静かに頭を下げた。
「仰る通りに致します」
「頼んだ――それで、シズクは何か希望は?」
最後にシズクの希望を聞く。その言葉に彼女は微かに喉を動かし、視線を上げた。カイトのことを真っ直ぐに見つめると、おずおずと口を開いた。
「褒美の前に、一つ具申をよろしいでしょうか」
「ん? ああ、構わないけど」
予想外の言葉に少し眉を寄せながら先を促せば、彼女は言葉を続ける。
「諜報組織ですが、ここから拡充することを具申します」
「つまり、人員を増やす、と?」
「はい。リースリングは辺境都市とはいえ、かなり広く三人で網羅するには些か難しく思います。特に代官屋敷は警備が固く、商会のようにごまかしが利きません。故に、この撃退を終えた後に、拡充を具申いたします」
「まぁ――その具申は尤もだが」
ただ、本来はここまで高度な情報を収集する目的はなかった組織だ。街について基礎情報を知るために派遣した三人組であり、それ以上の情報が必要かと言われれば、首を傾げざるを得ない。
(ただ、やはり情報は必要――リースリング以外の情報はあまり持たないからな)
非常に悩みどころではある。カイトは考えを止め、シズクを見る。
「ちなみに具申する、ということは、シズクはそうした方がいいと考えているんだな」
「はい。考えたくはありませんが、万が一、三人の内、誰かが欠けたことを考えれば」
「――そういう考え方もあるか」
誰かが欠ける、ということは考えたくもないが。
ただ、昨今で犠牲者を出したことも考えれば、楽観視はできない。カイトは小さくため息をつくと、頷いてみせた。
「分かった。ただ、余剰魔力があるかどうかにも寄る。今回の襲撃を撃退してからまた追って考えるものとする」
「ご意見を容れていただき、ありがとうございます」
「その具申を聞いた上で――褒美を何を希望するのかな?」
改めてカイトが問いかければ、シズクは少しためらった後に、意を決して告げる。
「諜報組織が拡充できた暁には、私をこのダンジョンに置いていただければ。できる限り、我が主のお傍に侍る――これが私の希望ですので」
その言葉に思わず感心してしまった――よく考えたものだ。
(諜報組織の拡充の具申は、自分が抜けてもいいように、という私欲もあったんだな)
現状ではシズクが諜報の大きな部分を担っている。その状況ではカイトとしても、彼女を傍に置き続けることができない。
だが、組織を拡充してしまえば、彼女自身は本拠に居残り続けることができる。
それを狙って拡充を具申したのだろう。
シズクは少し恥ずかしそうに肩を狭め、上目遣いでカイトを窺ってくる。
「その私欲とは承知していますが――褒美、と聞きましたので」
「ああ――聞き遂げたよ。シズク」
カイトはシズクを安心づけるように頷き、少し考えてから言葉を続ける。
「分かった。諜報組織の拡充が完了次第、シズクはその組織の長として、このダンジョンで待機してもらうようにしよう。情報の統括は大変になると思うが――」
「その際は是非、拝命を……! 必ず、やり遂げて見せます……!」
シズクが食い気味に意欲を見せる。その姿にカイトは微笑んで頷いた。
「分かった。なら、そういう手筈で行こう。とはいえ、今は撃退に専念しなければならない――しばらくシズクはダンジョンに留まり、防御体制の構築を手伝ってくれ」
「仰せのままに。我が主……!」
彼女は深々と頭を下げる。恐らく尻尾があれば、ぶんぶん振っているに違いない。それを苦笑していると、不意に頭の中で声が響き渡った。
『カイト、今、暇?』
『――シエラか。どうした?』
『別に。ただ、時間があったら、たたら場に顔を出して欲しい』
『ん……ああ、分かった。今時間があるから行くよ』
シエラは雑談などを念話で送ったりしない。恐らく何かしら用はある。なんとなく感情も伝わってきたが、どことなく興奮しているように感じられたが。
「シズク、ちょっとたたら場まで行ってくる」
「では、お供します。我が主」
シズクは早速、傍にいてくれるようだ。それに笑いながら頷き、執務室から出る。
(さて、シエラは何の用かな)
またぬけぬけとたたら場の拡張や、人員の補充を要求してくるだろうか。
そんなことを想像しながら、たたら場に向かい――。
「――カイト、できた」
その場で見せられたものに、思わずカイトは言葉を失ってしまった。
「――おいおい、ここ三日で完成させたのか?」
再現して欲しいものを手渡したのは三日前。その際に、カイトは持ちうる知識を彼女に話していた。とはいえ、それで再現できるとは。
だが、シエラは不服そうにそれを指で叩き、首を振った。
「渡されたものは完全再現できなかった。なので、一部は妥協している」
「……使えるのか?」
「ゴーレムに頼んで、言われたものは用意している。テスト、する?」
「ああ、当然だ」
これが使い物になればとんでもない戦力になる。エルフたちの火力を補うには余りあるだろう。それを手に取りながら確認を進めると、静観していたシズクがおずおずと訊ねる。
「これは一体、何なのですか。我が主」
「そうだな。一言で言うと」
その鉄の塊の質感を確かめながら、カイトはにやりと笑って続けた。
「戦いの歴史を一変させる兵器、だよ」




