第23話 カイトの危惧
その日、ダンジョンの地上部分では盛んにエルフたちが行き交っていた。
いつになく真剣な表情で彼らは作業をし、檄を飛ばし合っている。
カイトはローラを連れ、その様子を視察しながら目を細める。
(皆、やる気に満ち溢れているな――)
それも当然だろう。人間の大軍が攻めてくる――その情報が舞い込んだのだから。
情報源は当然、シズクだ。輸送部隊襲撃を終えた彼女はすぐさま、リースリングに戻り、ミストール商会に潜入して動向を窺っていた。
そして、彼らの動きを確かめると、すぐに情報を持ってきてくれたのだ。
『次の襲撃では数がおよそ五百名になります。ご用心を』
攻め手の大半は闇ギルドに所属する者たちで、そのほとんどは冒険者崩れという。中にはそれなりに腕が立つ者もいるので注意が必要だ。
そして、誘拐などを得意とする商会の構成員も多く参入しているらしい。
その情報をエルフたちに共有すると、ソフィーティアはすぐに防衛陣地の構築を急がせた。すでに地上部分の開拓は進んでいるので、その総仕上げを行っているのである。
「お、カイト様、ローラ殿、視察に来てくれたのか」
第二区画――開拓の指揮所に足を運ぶと、ソフィーティアがすぐに顔を上げて表情を緩めた。傍にいるミレーヌも軽く頭を下げて挨拶してくれる。
「ああ、作業は順調かな」
「無論だ。これまでの開拓で大体の準備は整っている」
そう言いながらソフィーティアは手で周りを示し、カイトは視線で辺りを見る。
第二区画はエルフの棲む建物が並び、適度な間隔で木が植えられている。建物の高さは絶妙に異なり、本丸の方が高くなっている。
「木々は櫓として機能するように設計されている上に、建物も中心の方が高くなっている。万が一、敵に建物を抑えられても、中央から打ち崩せるようにな」
「そのようだね。となると、今やっている作業は――?」
「柵の強化と、空堀をもう少し深くしている。フィア殿やゴーレムたちがよく働いているよ」
そう言いながら、こっちだ、とソフィーティアは手招きし、作業している場所に案内してくれる。
第三区画の方に向かうと、そこには木の柵がずらりと並んでいる。その柵を強化するようにゴーレムたちがせっせと横木を入れている。その外側ではエルフたちに交じり、フィアが火竜の爪で豪快に土を掘っている。
その様子にローラも、おお、と目を丸くしている傍で、ソフィーティアが説明してくれる。
「第二区画、本丸を囲む柵はすでに完成しているが、念のため、強化をお願いした。空堀も深さを出し、侵入されるまでは掘り進めておこうと思う」
「ああ、それで大丈夫だと思う。見事な采配だな、ソフィーティア」
「なんの。カイト様と相談したことを進めているだけだとも」
「とはいえ、これだけの普請を進め切るとはな」
難民の受け入れや住民間トラブルなど、いろいろと問題があったはずだが、彼女はこの地上部分の開拓を押し進め切った。
もはや第二区画と本丸に限っては、防御拠点化がしっかり進んでいる。
ちょっとした城下町、あるいは城砦といっても過言ではないだろう。
本気で感心するカイトに対し、ソフィーティアはすまなそうに眉を寄せる。
「本来ならば、第三区画も防御陣地として機能するようにしたかったが、そこは力が及ばなかった。申し訳ない、カイト様」
「いや、足りなかったのは時間だ。限られた時間でよくここまでやってくれたよ」
カイトはソフィーティアを労うと、彼女は首を振って微笑んだ。
「貸してくれたこの地を守るためだとも。カイト様、心配しないでくれ。我々、エルフ衆はこのダンジョンをきちんと守り抜いてみせる」
その言葉は非常に頼もしい――だが、どこか重い覚悟を感じさせる。
まるで命を懸けるような雰囲気に、カイトは眉を寄せる。
「気持ちはありがたいが――あまり無茶はしてくれるなよ。最悪の場合は、洞窟内に逃げ込めばいい。中の土塁は健在だからな」
「無論、理解はしている。だが、我々が開拓した場所なのだ。ここが我らの森である以上、荒らされることは辛抱ならん」
「……ソフィーティア」
エルフたちは森――自分の居住する場所に対してのこだわりが強い。ダンジョンに愛着を持ってくれるのはありがたいが、それで犠牲が出たら本末転倒だ。
カイトが少し困っていると、ソフィーティアは励ますように笑みを見せる。
「カイト様が気にすることではない。これは我々の覚悟の問題だとも。もちろん、カイト様の気持ちも充分分かる。今回は無茶な白兵戦はさせないつもりだ」
「頼むぞ。ソフィーティア。これ以上の犠牲は、誰も望んでいない」
カイトが念押しすると、ソフィーティアは真剣な表情で頷いた。
「それはもちろん、私自身も同じ気持ちだ。犠牲はできるだけ出さずに、我々の森を守ってみせる」
(――できれば森よりも命を優先して欲しいんだが)
わずかに行き違いを感じるのがもどかしい。だが、エルフとしてもそこは譲れない一線なのだろう。カイトはわずかに逡巡してから、一つ頷いた。
「……ああ、頼んだよ。ソフィーティア」
「任せてくれ――ああ、フィア殿、もうそこは大丈夫だ。カイト様とローラ殿が来ているから、一緒に屋敷に戻るといい」
ソフィーティアがフィアに声をかけるのを見ながら、カイトは小さくため息をつくと、傍で控えていたローラは小声で告げる。
「エルフたち、少し気負い過ぎかもね。このままだと、犠牲は出るかも」
「ああ、何か対策を考えるべきか――」
この状況だときっと彼らはまた無茶をするはずだから。
彼らの命を守るための工夫が必要になってくる。少し考えていると、泥まみれになったフィアが駆け足でカイトの方に向かってきた。
「カイト様、視察に来られていたんですね」
「ああ、フィア、お疲れ様――相変わらず穴掘りで大活躍だな」
「こういう形でないと、私の力は充分に発揮できませんからね」
彼女はそう言いながら鱗に覆われた逞しい前腕を見せてくれる。土に汚れた竜の前脚は傷一つなく綺麗なものだ。
「さすが姉さま――私の鱗だと柔らかくて、傷つきやすいから羨ましいかも」
「ローラは翼竜ですからね。とはいえ、そちらも鱗が綺麗で羨ましいですよ」
(鱗、か)
彼女たちはそれで身を守っているが、エルフたちにはそれがない。
つまり必要になってくるのは――。
「装備、か」
カイトが思わず呟けば、フィアとローラはきょとんと首を傾げた。それを見つめ返し、彼は軽く声をかける。
「屋敷に戻ろうか――少し相談に乗って欲しい」




