第22話 ミストール商会の対応
ミストール商会視点
辺境都市、リースリング。
小綺麗な建物が立ち並ぶ中央区の一角には、一つの商店が存在する。昨今、店舗を買い取ってリースリングに軒を連ねたミストール商会だ。
彼らは新興ながら、前任の代官に上手く取り入り、便宜を図ってもらうことで勢力を拡大。表向きは化粧品を売って儲けを出している――ように見せつつ、闇市ではエルフや獣人など珍しい奴隷を売り捌いていた。
しかし、この街の担当者、クロスはその日、苛立ちを隠そうとしていなかった。
飛び込んできた凶報は、それだけのインパクトがあったのだ。
「くそっ、耳長共が……っ、ふざけやがって……っ!」
店舗の執務室――そこでクロスは声を荒げながら書類をまくり、ペンを走らせる。その姿には部下たちも何も言えず、ただ黙々と作業を進める。
雰囲気を悪くしていることに、クロスは少し悪く思うものの、苛立ちは収まらない。
(俺たちの商品を盗みやがって……っ!)
知らせが来たのはつい先ほど。慌てふためいた商会の構成員が知らせた。
今日、運び込まれるはずの商品――それがエルフたちに襲撃され、盗み出されてしまったのだ。護衛もほとんどが討たれ、生き延びたのはわずか三人だけ。
そのうちの二人も矢傷がひどく、息絶えるのも時間の問題のようだ。
(ふざけやがって……っ)
差し当たって大きな問題としては、在庫がもはやないこと。
今後、予定していた商談は流れることになる。それに本部から融通してもらった在庫が盗まれたとあれば、大目玉を食らうことは間違いない。
それをリカバーするべく、クロスはひたすら書類を確認し、予定を修正していた。
「ボス、闇市の元締めにアポ取れました。明日の朝なら問題ないそうです」
入って来た部下の声に我に返り、クロスは深呼吸を一つして平静を取り戻す。
「――ああ、分かった。詫びの品も何か用意してくれ」
「了解しました」
「あと誰か、予算を見てくれるか」
「それは私が。それと、ボス、こちらが今回の赤字の試算額です」
「貸せ」
クロスはおずおずと部下が差し出した書類を奪い取り、目を通していく。
(……ちっ、バカにならねえな……)
大体、想定通りの赤字――ただ、担当者から降ろされる失態になる赤字だ。
これを補填できなければ、確実に数日中にクロスはこの席から降ろされる。下手をすれば、責任を取らされてクビにされることもあり得る。
(クビで済めばいいがな――)
クロスは冷や汗を滲ませながら書類を机を置き、煙草に手を伸ばした。部下が気を利かせて魔石ライターで火をつけてくれる。
それで一服つけてから、視線を上げて部屋にいる部下を見渡し。
そのうちの交渉に長けた男を見つける。
「おい、お前――闇ギルドの担当者にアポを取れ」
「またエルフ狩りの依頼ですか。あちらはこの依頼を嫌がっているようですが」
(――だろうな)
闇ギルドは後ろ暗い仕事を請け負う組合であり、ミストール商会がよく仕事を発注していた。依頼はもちろん、商品の確保だ。
だが、依頼に向かった者たちは全て返り討ちに遭ったらしい。情報によればダンジョンにエルフたちが住んでおり、捕えるのは困難だということだ。
それだけに依頼料も吊り上げられ、依頼を引き受けるのも渋られる始末だ。
だが、クロスは語気を強くして促した。
「それでも、だ。大口の発注だと言ってもいい」
「――と、申しますと、エルフ狩り、ですかな」
「もちろんだ」
クロスはそう告げると、小切手を取り出してペンを走らせる。そうして切った小切手を男の方に押しやった。男はクロスの机に歩み寄り、その小切手を取り、目を見開いた。
「これは――思い切りましたね」
「当たり前だ。ここで成果が出せねえと、俺たちのクビも怪しいからな」
その額は今までの依頼額の十倍以上だ。クロスは煙草を吸い、たっぷりと肺に紫煙を蓄えてから吐き出す。
「依頼内容は、百人のエルフの納品。成功報酬でさらに出す、と言ってやれ」
「了解しました。できるだけ闇ギルドには人員を揃えるようにさせますわ」
男はにやりと笑ってすぐに部屋から出ていく。クロスは視線を残った部下たちに注ぎ、低い声で続けた。
「それと商会の構成員も注ぎ込む。お前たち、暇している連中がいれば、かき集めろ」
素っ気ないクロスの物言いだが、部下たちの表情は引き締まる。
クロスは商会の担当者として優秀だ。予算をかけるときは規模を見切り、適切な予算を出す。そんな彼が金や人材に糸目をつけていない。
つまり、手段を選んでいる時間は、もはやないのだ。
(構成員は――まぁ、多分、二百人は集まるだろうな)
さらに大金も叩いた。これで闇ギルドも金に目が眩んだ連中を三百人くらい集めてくれるはずだ。これで総勢、五百人ほどになる見込みだ。
これで闇ギルドの連中に戦わせ、構成員が漁夫の利を攫う形でエルフを得る。
そういう形になれば、闇ギルドへの出費を抑えられるはずだ。
(いくらダンジョンとはいえ、五百人から攻められれば苦しいはずだ)
そして、商会の目的はダンジョンの陥落ではない。エルフを一人でも多く捕まえればいいだけのこと――無理攻めする必要はないのだ。
クロスは深く紫煙交じりの吐息をこぼし、手を振って指示を出す。
それを合図に、部下たちは慌ただしく動き始めた。
そして、その動きを屋根裏から密かに見ている少女がいた。
(――戦力は闇ギルドと、商会の構成員)
彼女は見聞きした内容を全て記憶にとどめ、静かに這うように移動する。彼女の動きに一切無駄はなく、音も立てない。
屋根裏から商会の倉庫に降り立つと、素早く衣装を改め、構成員と同じ服装に変装。何食わぬ顔で廊下に出ていく。その堂々とした姿に誰も見とがめることができない。
(まぁ、見つかったところで、実力行使で出るだけなのですが)
魔物である彼女は普通の人間には負けない程度の力はある。
そのまま、彼女――シズクは屋敷から出て、辺りに気を配りながらその場を立ち去る。
(早くこの情報を我が主に届けなくては――)
密偵は今日もリースリングを暗躍し、ダンジョンに有益な情報をもたらしていた。




