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ダンジョン暮らしは火竜少女と共に  作者: アレセイア
第五章

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第21話 成果と犠牲

 その日のダンジョン内は活気に満ち溢れていた。

 エルフたちの歓談の声に入り混じり、子供たちの笑い声が響き渡っている。今日は雪辱を一部晴らしたということもあり、エルフたちは宴を開いていた。

 第二区画の建築途中の広場を活かし、エルフたちは和気あいあいとした時間を過ごしている。そこにカイトはフィアと共に何気なく足を運んでいた。


「――いいものですね。みんなが笑ってくれる、というのは」

「ああ、本当に」


 これは戦略の副次的効果に過ぎない。だが、それでも彼らの笑顔を見ていると、危険を冒した甲斐があったとも思える。

 助け出せたのは、百人以上のエルフたち。当然、すでに避難していたエルフたちの知り合いも多く、救出に成功すると彼らは歓喜に咽び泣いていた。解放したエルフたちはすぐにカイトに忠誠を誓い、人口はさらに増えつつある。


(相変わらず女子供は多いけど――まぁ、ダンジョン内では運動戦にならないからな)


 戦略的なことを考えながら、カイトはエルフたちの宴を見守っていると、ふと数人のエルフがこちらに気づいて駆け寄ってくる。


「これはカイト様……! わざわざ足を運んでいただいて……!」

「どうぞ宴に加わっていってください。ぜひ感謝の気持ちを伝えたく……!」

「いや、気遣いなく」


 カイトは笑って手を振りながら、エルフの面々を見渡す。

 そこに交じっているのはカークス、ベルディ、アルクといった、ソフィーティアに反抗していたエルフたちもいる。だが、彼らはそれを忘れたかのように、カイトに対して熱い視線を向け、感謝を示すように深々と頭を下げている。

 それを見ながら、カイトは穏やかな口調で言葉を続ける。


「僕が加わると、折角救い出した子たちが怖がってしまうかもしれないだろう?」

「い、いえ、そのようなことは……っ」


 エルフの一人が慌てて言うが、数人は思い当たる節があったのか、視線を彷徨わせる。

 無理もない話だ。今回、解放されたエルフたちは人間たちからひどい仕打ちを受けた記憶が真新しい。その人間とは違うとはいえ、カイトの外観は同じ人間なのだ。

 それを思い出し、ぎこちなくなってしまう恐れがあった。


「今日はエルフたちで楽しんでくれ。それでもし余裕ができたときは、その際は誘って欲しい。ぜひ参加させてもらおう」

「かしこまりました。カイト様」


 答えたのはカークスだ。それから彼はためらいがちに言葉を続ける。


「――それと今までの非礼をお詫びします。カイト様。貴方の恩情がここまでとは知らず、無礼を働いてしまいました」


 その言葉に数人のエルフがばつの悪そうな顔を見せる。カイトは気にするな、と手を振ろうとしたが、彼は跪きながらさらに言葉を続ける。


「我らムール族――改めて貴方に忠誠を誓います。もし危険な任務であっても、どうかお申し付けください。行く先がどんな地獄であれど、貴方にお供します」

「わ、我らミッシュ族も同じく……っ」

「アーデ族も一層の忠誠を誓います!」


 そのカークスの言葉に刺激されたように、次々とエルフたちが忠誠を誓う。その姿にカイトは少しまごついていると、フィアが咳払いをして前に進み出た。


「皆さん、気持ちは嬉しいですが、カイト様が少し困っていますよ」


 フィアの言葉に慌ててエルフはかしこまる。彼女は苦笑すると、カイトに視線を向けて確認するように首を傾げる。任せる、とフィアに頷けば、彼女はエルフたちに視線を戻して微笑みを見せた。


「カイト様はエルフの皆さんの働きにいたく感謝しています。今後とも協力し、ダンジョンを繁栄させていきたいと考えています。皆さんの働きに今後とも期待しています」

「はっ、かしこまりました……!」


 エルフたちがまた平身低頭といった様子で忠誠を誓う。その様子にフィアは満足げに頷き、カイトに目配せする。彼は頷き返すと、彼らに言葉をかけた。


「何かあればソフィーティアか、フィア、ローラを通じてお願いすると思う。そのときは是非よろしく頼む。それじゃあ、楽しんで」

「ははっ!」


 エルフはさらに頭を低くする。気が付けば、頭が地面についてしまいそうだ。それに一つ苦笑しながらカイトはフィアと共に彼らの傍から離れる。


「随分と忠誠を勝ち得ましたね……これも、カイト様の狙い通り、でしょうか?」

「正直、これについては想定以上だけどね」


 一つ苦笑をこぼす――当然ながら、いつも想定通りに行くとは限らない。

 今回もまたいくつかの想定外は起きている。


(一応、この事態は覚悟していたけど……)


 小さくため息を一つ。それでカイトの考えを感じたのだろう、フィアは気遣うように視線を向け、手を握ってくる。励ます彼女の意を汲み、小さく笑った。


「ありがとう、フィア」

「いえ……では、行きますか?」

「ああ、あそこに」


 足を第三区画に向ける。まだ開発途上の区画は建築物もまばらだ。またエルフ以外の種族もそこで暮らし、せっせと働いてくれている。

 その仲間たちに軽く手を挙げて挨拶しながら、第三区画の一角。三本の木が生えている場所に向かう。そこではすでに先客がいた。

 銀髪のエルフが跪き、祈りを捧げている。

 そこから距離を置き、少し見守っていると、彼女はゆっくりと立ち上がって振り返った。


「――カイト様、フィア殿。来てくれたのか」

「……ああ、当然だよ」


 ソフィーティアに言葉を返し、ゆっくりとその木に近づく。真新しい三本の木を見つめながら、静かに訊ねる。


「ここに、彼らが?」

「ああ、眠っている。森に還ろうとしているよ」


 ソフィーティアの言葉にカイトは無言で頷き、黙とうを捧げるべく目を閉じた。


(――すまない、三人とも)


 ここには三人のエルフが眠っている。今回の作戦の、犠牲者だ。

 当然、作戦に瑕疵はない。だが、カイトやシズクが想定していなかったことのツケを、彼らの命で払うことになってしまった。


「奇襲は完璧だった。釣り野伏、だったか。あれも完璧に決まった。だが、敵の練度はかなり高かった。すぐに体勢を立て直し、抗戦してきた」


(――ああ、知っているさ)


 その光景はソフィーティアの視界を通じ、マスターの権能で見ていた。

 降り注いだ矢に対して動揺したのはほんのわずか。しかも討ち取れたのも数人だけだった。彼らは鉄の装備に身を包んでおり、矢が致命打にならなかったのだ。

 それにエルフを追った人数も多かった。それは釣り野伏の部隊の負担を大きくした。

 これが、カイトの誤算の一つ。

 そして、もう一つは――。


「――エルフたちの士気の高さを、見誤っていたな」


 彼らが人間を激しく憎んでいたこと。それが裏目に出た。

 結果、彼らは矢で倒れない人間たちに業を煮やし、槍や剣を持って白兵戦を挑んでしまった。犠牲になった彼らは先頭を切って駆け出したという。


(いや、釣り野伏の指揮をシズクに任せたのも良くなかったか)


 そのとき、檻車の襲撃を担当していたソフィーティアがあの場にいれば、彼らを抑えることができたはず――。

 そう考え始めれば、要因はいくらでも思いついてしまい、あれこれ考えてしまう。


「……それは、私の責任だよ。もう少し自制させるべきだった」


 ソフィーティアも反省の色を滲ませ、深くため息をこぼしている。


「釣り野伏部隊にはシズク殿に従うように何度も言い聞かせてはいた。だが、怨敵を前にすれば、それなど容易く吹き飛んでしまったようだ」

「それを、考慮すべきだったな」

「いいや、カイト様の責任じゃない。これは彼らの無謀さのツケだ」


 振り返った彼女はきっぱりと告げ、真っ直ぐにカイトの目を見つめる。


「貴方が責任を背負い込むことは一切ない――むしろ、大局を見れば、三人の犠牲だけで押さえ、最大限の戦果を挙げたんだ。それをまずは喜ぶべきだ」


 そのソフィーティアの言葉を後押しするように、エルフたちの笑い声が遠くから聞こえてくる。どこか仲間を失った悲しさを振り払うかのようで――。

 それが余計に胸を締め付けてくる。カイトはソフィーティアを見つめ返し、頷いた。


「ありがとう。ただ、三人の犠牲は忘れない」

「――その言葉だけで彼らも報われる」


 ソフィーティアはそう言いながら踵を返し、カイトにすれ違いざまに肩を軽く手を載せた。そして去り際にフィアに声をかける。


「フィア殿――言うまでもないと思うが」

「はい、カイト様のことはお任せを」

「すまない。感謝する」


 彼女が去る気配を感じながら、カイトは今一度黙とうを捧げる。


(――キミたちの犠牲は、無駄にはしない)


 救い出したエルフたちはしっかり守り抜こう。それを心に刻み込んでからカイトは踵を返した。フィアはその傍に無言で並び、手を取ってくれる。


「カイト様――今日は落ち着いていますし、屋敷でゆっくりしませんか?」

「……正直な気分を言えば、何か動いていたい気分だけど」

「でしたら、私に付き合っていただけると。最近はあまり構っていただいていません」


 そう言いながらフィアはさりげなく身を寄せ、指を絡めてくる。甘えてくるような彼女の仕草には恐らく、半分気遣いが交じっている。


(――まぁ、でも、たまには悪くはないか)


 カイトは短く吐息をこぼすと、彼女の手をしっかりと握り返す。


「行こうか。フィア――二人っきりでゆっくりしよう」

「あ……はいっ」


 フィアは頬を染めつつも嬉しそうにはにかみ、そっとカイトに寄り添う。その柔らかな感触と温もりに目を細め、暗い気持ちに蓋をする。


 今日は、フィアの優しさに溺れたかった。

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