第18話 敵はミストール商会
「ただいま戻りました。我が主」
屋敷にシズクが姿を現したのは、調査を命じて二週間後のこと。
早朝、キキーモラに案内されて現れた彼女は恭しく一礼する。それを出迎えたカイトは一つ頷き、椅子を手で勧める。
「よく戻ってきた。シズク。調査はどうだった?」
「つつがなく――ところで」
ちら、と視線を部屋中に向け、シズクは軽く眉を寄せる。
「フィアルマ殿とローラ殿は? どちらもお傍にいないのは珍しいかと」
「ちょっとした後始末だ。また侵入者が入り込んでいてな」
軽く肩を竦めながら小さく吐息をこぼす。
ここ数日、これまでの平穏とは打って変わって侵入者が増加していた。夜闇に情して曲者が入り込み、それを撃退するという流れを毎夜のように繰り返している。
今日も撃退を終え、生け捕りにした者をフィアが引き取り。
ローラは万が一の警戒のために、外周を警戒している。
「僕の護衛はエルフと、ドウェルグのシエラが務めている。それに、シズクが戻ってきていたことも感知していたからな」
「――左様でございますか」
その言葉に頭をまた下げるシズク。その表情が少しだけ緩んだのをカイトは見逃さなかった。だが、すぐに顔を上げた彼女は真剣な顔つきになっていた。
「調査の件ですが、奴隷商人についてある程度、情報を突き止めました」
「もう、か。今回も手早いというか」
「今回はリリスのお手柄でしょう。彼女とジェシカ殿が協力してくれました」
「そうか。二人が」
シズクはきちんと他の面々と協力し、情報収集してくれたのだろう。
(先走らなくてよかった――いや、もしかしたら二人が止めてくれたのかもな)
カイトはそう推測しながら、シズクの言葉に耳を傾ける。
「リースリングには闇市があり、そこに各商人が奴隷を持ち寄り、そこで捌いているようです。数はそれなりであり、全てを突き止めるには時間がかかりそうです。闇市の元締めもかなり用心深く、探るのには骨が折れそうですが――」
そこで言葉を切り、シズクは目を光らせて続ける。
「最近、市場に参入し、エルフを主に扱う商会を突き止めました」
「――大当たりだな」
「はい、ジェシカ殿には感謝せねば」
詳しく話を聞いたところ、わざわざジェシカとリリスが奴隷市場の顧客に偽装して、闇市に潜入してくれたらしい。そこで元締めと奴隷商人が近々接触する予定である、という情報を引き出したとのこと。
そこでシズクは密かに元締めの周辺を見張り、そこに接触する奴隷商人を確認。そのうちの一つが進行であり、エルフを取り扱っていることを確認したようだ。
「その商人が所属するのは、ミストール商会。迷いの森東部に位置する街に本社を構えているようですが、市場の拡張を目指しているようです」
「……なるほどな。恐らく、エルフの里を襲った者たちの元締め、か」
「でしょう。盗み聞きしたところ、エルフの出処は迷いの森、と明言していました」
ミストール商会にも潜入し、いろいろと情報を引き出したらしい。シズクは懐からいくつかの紙を取り出し、机の上に広げる。
「これらが忍び込んだ現場で手に入れた情報です。どれくらいの取引が行われているか、どの流通経路があるのか、等々――控えさせていただきました」
「これは……想像以上の成果だな。シズク」
シズクの手際の良さには驚かされる。彼女には密偵としての天賦の才があるのかもしれない。カイトは彼女の解説を聞きながら、そのメモを確認していく。
(現地の文字だが、彼女は意味を把握している――助かるな)
ミストール商会は奴隷の流通でかなり儲けを出している。捕えてきたエルフたちは街の周囲にある拠点にまとめて留め置き、注文が入るとそこから出荷するらしい。
リースリングの周りにも拠点はあるが、在庫数は少なそうだ。
それに比べて、迷いの森東部にある拠点は豊富――。
「リースリングの担当者は苛立っているようでした。原因は、入荷が上手くいっていないこと。つまり――」
「このダンジョンへの襲撃が、入荷そのものか」
もうすでに確信していたが、このダンジョンに侵入してきたのはミストール商会に雇われた連中なのだろう。元凶が割れたことにカイトは目を細めた。
(あとはどうやって、このミストール商会を叩くか、だが)
それも完膚なきまでに、ここへ手出しができないように。
できれば、このダンジョンを舞台にして、壊滅させるのが望ましいのだが――。
カイトは黙り込み、思考を巡らせていると、シズクが静かな口調で告げる。
「ちなみにこの状況に担当者は新規入荷を一旦見送り、在庫補充を優先することを決定したのをこの耳で聞きました」
「――新規入荷ではない、在庫補充。つまりは、輸送」
他の拠点から在庫を融通するつもりなのだろう。それにカイトは顔を上げると、シズクは目を細めながらメモの一枚を指さして告げる。
「輸送路も毎回、ここを使用している裏が取れています」
「……やるな。シズク」
カイトの思考を読んだような情報収集――否、実際、彼がどういう風に考えるかを予測し、必要な情報を集めたのだろう。
移動時間を加味すれば、十日も満たない、わずかな時間。
それを三人だけで成し遂げた。その事実にカイトは思わず吐息をこぼしてしまう。
「重ねて言うが――想像以上だ。シズク」
「……っ、ありがたきお言葉……っ」
顔を伏せ、歓喜に身を震わせるシズク。その様子にカイトは目を細めながら思う。
(――これはきちんと褒美を与えないとな)
フェイによる諜報計画はダメで元々――というか、街の情報を知れれば良い、程度の期待だった。だが、彼女たちはその期待を上回り、知りたい情報を集めてくれた。
おかげで、次の手が明確に打つことができる。
「シズク、輸送計画の正確な日程を確かめて欲しい」
「御意。分かれば、すぐに戻りますか?」
「ああ、その後にシズクにはダンジョンに留まってもらい、僕の傍で別の仕事をお願いすることになる。アリスティアとリリスにはその旨も伝えてくれ」
カイトの傍にいられる。そのことを悟り、シズクは目を輝かせた。重ねてカイトは微笑みながらシズクに言葉を続ける。
「それと、アリスティアとリリスに伝言――君たちの仕事には助けられた。その働きに褒美を与えたい。何を希望するか、考えるように、と」
「……っ、それはつまり……」
「もちろん、シズクにも、だ。考えておいて」
カイトが言葉を続ければ、シズクは顔を伏せることも忘れ、ぱっと表情を華やがせていた。笑み崩れる彼女を微笑ましく見守っていれば、シズクは我に返って顔を伏せさせる。
「す、すみません――お言葉が嬉しく、つい」
小麦色の肌でも分かるくらい、シズクの頬がいつの間にか朱に染まっている。
気にするな、とカイトは軽く手を振り、笑って告げる。
「思いついたら言って欲しい。それだけの働きをシズクたちはしてくれた」
「ぎょ、御意……っ、ではすぐに調べてきます……っ」
シズクはごまかすように早口に告げ、踵を返して足早に立ち去っていく。それでも部屋を出る際、改めてカイトに一礼することを忘れなかった。
彼女の姿を見送ってから、カイトは深く吐息をこぼし、輸送ルートが書かれたメモを見る。リースリングの南東――迷いの森の外周を使った輸送経路。
それを地図上にて指でなぞりながら、意を決する。
(やるしかないだろうな。ここで――輸送部隊、襲撃を)




