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ダンジョン暮らしは火竜少女と共に  作者: アレセイア
第五章

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第14話 人さらいの侵入

 夜の森は不気味な闇に包まれていた。

 生き物が寝静まった森では大きな物音がせず、微かな風で揺れる葉擦れの音がやたらと大きく聞こえる。時折、唸り声のように響き渡るのは夜行性の動物の鳴き声か。

 星明りは全て天蓋を覆うような葉で遮られ、ほとんど光が入らない。


 だが、その中を迷いなく静かに進む一団があった。

 黒ずくめの装束に身を包み、布で口と足を覆った集団。布は足音や息遣いの音も殺し、彼らは滑るように木々をすり抜けていく。

 熟練の動きを見せる彼らに、寝静まった動物たちも起きる気配はない。


 そのまま、彼らは森を抜け、拓けた位置に到達する。

 建物や木々が立ち並ぶ、ちょっとした村のような風景。そこもまた寝静まっており、物音が響かない。それに侵入した黒ずくめの男たちは素早く荷物の準備を始めた。

 そこから出てくるのは縄や麻袋――明らかに拉致を前提にした荷物。

 それを手にして、彼らは人知れず邪悪な笑みをこぼす。


 侵入には全く気付かれていない。

 このまま、エルフたちを捕まえて大金を――。


(そんなことを思っているだろうが――甘かったな)


 遠く離れた屋敷の執務室。そこで視界を飛ばし、観察していたカイトは静かに念話で指示を出す。


『カークス、やれ。思う存分、鬱憤を晴らせ』


 瞬間、空を切る音が村中に響き渡った。放たれたのは矢や石礫――それらが一気に侵入者たちに降り注ぎ、鈍い音と悲鳴を上げている。

 それを見て、近くの建物の屋根に伏せていたエルフの男たちが姿を現し、怒号と共に侵入者たちに向かっていく。それに算を乱した侵入者たちは森へ逃げていく。


(ま、無理もないな)


 見た限り、連中は人さらい。装備は冒険者にも劣る――戦闘装備どころか、戦う心構えもきっとしていなかっただろう。

 動けない仲間は捨て置き、彼らは散り散りに森へ駆けて行った。


『カークス、逃げ遅れた奴は好きにしろ。追撃は無用』

『――逃がして良いので?』


 不服そうなエルフの男の声に、カイトは苦笑をこぼしながら告げる。


『他のエルフたちに分け前をやらないといけないだろう?』


 なるほど、と彼から理解の気配が伝わってくる。カイトは彼に後を任せると、素早く念話を切り替えながら、ダンジョン内に視界を飛ばして逃げた敵の動きを把握する。

 敵はやはり森に慣れているのだろう。離脱も早い――だが。


(すでに、包囲網は完成している)

『ベルディ、そこに五人逃げている。しっかりと仕留めろ』

『そこの罠に三人向かっている。アルク、そちらは頼む』

『ソフィーティア、そっちの七人は任せる。ただ、何人かは生け捕りしてくれると助かる』

『了解――!』


 カイトの指示で予め森の中に伏せていたエルフたちは速やかに動き出した。逃げ惑う男たちは生き延びようと耳を澄ませ、神経を研ぎ澄ませる。

 その姿には思わず感心する――音も気配も殺し、森を巧みに利用している。

 これが普通のエルフたちの集落であれば、気づかずに接近を許してしまっただろう。


 だが、ここはダンジョン。

 足を踏み入れた以上、ダンジョンマスターの知覚からは逃れられない。


『よし――あとはミレーヌが補足している三人だけだ。動きがないから、逆に返り討ちにしようとしている魂胆だと思う。油断せずに、殲滅しろ』

『はっ、仰せのままに――!』


 エルフ衆が気炎を上げるのに表情を緩め、念話を別の相手に繋いだ。


『フィア、打ち漏らしは多分ないが、万が一あればシャドウウルフと連携して仕留めるようにしてくれるか』

『了解しました。しかしさすがのご采配です』

『こんなの采配の内に入らないよ。フィア』


 何せ、敵の位置がはっきりと露呈している。それを元にカイトは適切に指示を出したに過ぎない――これで犠牲を出したとしたら、とんだ無能だ。


(夜闇に乗じた奇襲のつもりだっただろうが、相手が悪かったな)


 カイトは小さく吐息をこぼし、ダンジョン内を確認する。

 侵入者は一人残らずエルフの手に掛かり、捕らわれていた。そこで繰り広げられている凄惨な光景に思わず視線を逸らし、掌を外した。


『フィア、全員囚われている。適当に引き上げてくれ』

『――よろしいのですか?』


 フィアの含みのある言葉。カイトはその意図を的確に汲んで応じた。


『ああ、もちろん。好きにさせてやればいい』

『了解しました』


 念話を終えて深呼吸。思わず苦笑を浮かべると、傍にずっと控えてくれたローラがお茶を差し出しながらおずおずと訊ねる。


「上手く行った?」

「ああ、殲滅は成功だ――侵入者には少しだけ同情するが」

「え、何かあったの?」

「考えてみろ。エルフたちは人間に怒り心頭なんだ」


 その言葉にローラは、あー、と納得の声をこぼして頷いた。


「もしかして、絶賛私刑中?」

「そういうことだ。あまり教育にはよろしくない光景でね」


 瞬間、どこからか断末魔の声が屋敷にも響き渡ってきた。


「――止めなくて、いいの?」

「好きにさせてやればいい。鬱憤も溜まっているだろうし」


 フィアと同じ返答をローラにも返し、ため息を小さくこぼした。


(本当はこういう嬲り殺しは好みじゃないんだが)


 だが、ここでエルフたちを抑圧する方が今後のデメリットになりかねない。飴と鞭というわけではないが、ここで適度に飴を与えるべきだ。


「いずれにせよ、ほとんど殺すことは確定しているんだ。その死は無駄にしない」


 そう言いながらも今、目を逸らしている間に人間が痛めつけられ、殺されようとしている。その事実は変わりない。

 また、空を劈く断末魔が響き渡った。それにカイトは視線を逸らすと、その頭がふと柔らかい何かに包み込まれた。気づけばローラが傍にいて優しくカイトの頭を抱き寄せ、胸の中で包み込んでいる。


「大丈夫だよ。兄さま――私が傍にいるから」

「……ああ、ありがとう。ローラ」


 彼女の小さな手がそっと耳を覆い隠し、豊かな胸が温もりをくれる。


 耳に入るのは、彼女の優しい鼓動だけだった。

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