第12話 住民トラブル
「止めるんだ、お前たち――」
「何を止めるっていうんだ。俺たちは礼儀ってものを教えているだけだぜ」
第三区画――そこに向かうと、ソフィーティアがエルフの一団が言い争っている姿が目に入った。必死に宥めようとする彼女に対し、向かうエルフたちは怒りを押し殺したような表情で詰め寄っている。
その先頭に立つエルフの男は苛立ちを露にし、一歩踏み出した。
「それとも、ソフィーティア殿――いや、ナハト族は我々エルフ族ではなく、他の種族を守ることを優先されるのか」
「それは語弊がある言い方だぞ。何もそこまでは言っていない……!」
「ならば、そこを退き給え。その小娘は我々のことを見て鼻で笑いおったのだ」
「そうだ。もしや、エルフに害をなす者かも知れんぞ」
「…………っ、落ち着け、ムール族の者たち。誤解があるかもしれない」
ソフィーティアは奥歯を食いしばり、だが一歩も退かずに粘り強く交渉しようとしている。だが、それに対してエルフたちの男の目が据わり始めていた。
(――このままだと、まずいな)
カイトは吐息をこぼすと、前に進み出ながら低い声で告げる。
「やまかしいな。何があった」
「……っ、カイト様」
ソフィーティアは弾かれたように振り返ると、慌ててその場に跪いた。一方でエルフの男たちは目に見えてまごつき、跪くのも遅れている。
彼女は押し殺した声で静かに説明する。
「申し訳ありません。住民間のトラブルがあったようです。私が責任を以て収めますので」
「――ふむ」
ソフィーティアが敢えて敬語を使い、畏怖をこちらに示しているのは、カイトの権威をエルフたちに印象付けるためだろう。
(ここで僕から宥めて不満を抑えるのも良いが――)
それだと事態の先延ばしにしかならないだろう。カイトは小さく吐息をこぼすと、視線をエルフの男たちに向けて低い声を発し、極めて威圧的に告げる。
「見る限り、そちらの方々がひどく騒いでいたようだが。確か名前はカークス、ベルディ、アルク、だったか?」
「は、はは……っ、実はその小娘がひどく我々に失礼な態度を――」
「失礼な態度をしているのは、そちらだと思うけど」
澄んだ声が、ソフィーティアの背後から響き渡った。視線を向ければ、そこには小柄な色黒の少女がいる。その額には二本の角が生えている。
確か、ドワーフの亜種にあたる、ドウェルグ、だったか。
彼女は無表情で淡々と声を紡ぐ。
「ここは貴方たちの土地ではないにも関わらず、我が物顔でこの地を歩き、気に食わない者がいれば憂さ晴らしに暴力を振るうくせに」
「き、貴様……っ」
「それは本当か。カークス」
食ってかかろうとしたエルフに先んじて、カイトは低い声で訊ねると、彼はぐっと言葉を詰まらせた。視線を泳がせる彼に傍らのフィアが静かに進み出て告げる。
「カイト様はこのダンジョンで起こること全てを観測することができます。嘘は、通用しないと思ってください」
「……っ、誤解です、カイト様……! 我々はここに来た先輩として、この地での常識を伝えようと――」
「その結果が侮蔑と暴力か。聞いていた以上だな――ローラ」
「はいはいっ」
ローラはちょこちょこと前に進み出た。すでに意図を察しているのか、すでに前腕を火竜化させている。無邪気ににこりと笑い、軽く振ってみせる。
それにエルフたちは顔面を蒼白にし、後ずさりを始める。
ローラはそれに冷たい眼差しを向けながら、あくまで明るい口調で訊ねた。
「どうする? 見せしめに何人か間引く?」
「そうだな。このような面倒をする以上、何人か――」
そう言いかけた瞬間、ソフィーティアが慌ててエルフの男たちとカイトの間に割って入った。両手を挙げ、その場で平伏しながら激しい口調で告げる。
「ど、どうか平にご容赦ください……っ、カイト様……っ! 我らが同胞をこのようなつまらないことで失いたくはありません……!」
「だが、無用な混乱を招いた罪は重いぞ。ソフィーティア。そもそもソフィーティアが責任を以てエルフたちを統率すると宣言したから、エルフたちを引き受けたというに」
「この者たちにはきつく叱責します。二度とないようにしますので――っ!」
「……ソフィーティアがそこまで言うのであれば、仕方あるまい。ローラ」
「はーい、残念だなぁ」
ローラはぼそりと言いながら腕の火竜化を解く。カイトはローラに下がるように手で合図しながら、冷たい視線をエルフの男たちに注ぐ。
「今回はソフィーティアに免じて赦す。だが、同じことがあれば二度はない。追放など生ぬるいことはせず、見せしめで処断する――それを覚悟するように」
「は、はは――っ!」
エルフの男たちは頭を地面に擦りつけ、平身低頭の恭順を示す。それにソフィーティアは一瞬だけ呆れたような顔を見せ、それからカイトに視線を向けて軽く拝む。
彼女はカイトが威圧的な姿勢を取った意味を理解していたようだ。
(こうすれば、カイトの怒りを収めたソフィーティアの価値が急上昇するからな)
ナハト族だけでなく、他のエルフたちだけにもソフィーティアの影響力が拡大する。これによってより彼女はエルフを統制しやすくなったはずだ。
それでもいずれはまた似たようなことが起こる可能性はあるが。
小さく吐息をこぼしなが、視線を一人ぽつんと立つドウェルグに向ける。
彼女をよく見れば泥で汚れ、傷も負っているように見える。
(確か――名前はシエラ、だったか)
無口であまり情報を引き出せなかったが、このダンジョンで唯一のドウェルグだ。同胞とはぐれてたまたまここに落ち延びたと言っていた気がする。
その記憶を手繰りながら、そのドウェルグのシエラに声を掛けた。
「シエラ、こちらに来なさい。どのようなことがあったか具体的に聞きたい」
「――ん」
シエラはこくりと頷くと、無言でカイトの方に歩み寄ってくる。それを確認すると、カイトはエルフたちに目をくれず、その場を後にした。




